第2章 王都までの道のり
第10話 人生を演じる
夜空を見上げると綺麗な月が浮かんでいた。ミリフィアに合わせて私もフード付きのマントを着ていた。私はミリフィアを呼び、大木の下で腰を下ろす。大木を背もたれにした、今夜のねぐらだ。
ミリフィアが黙って私の横に座ると私は立ち上がり、結界石を取り出して彼女に触らせてから、それを四方に置き、結界を張る。この結界は、結界石が認識していない魔力や魔物などを弾く。
それはまた逆に、内部からの音や気配といったものを遮断し、外部に漏らさない。内緒話をするなら念話でもよかったが、私はなんとなくミリフィアとは言葉を声にしてしゃべりたかった。
やや離れた位置に、ガンゾーイやソニンが、それぞれ樹木を背にして腰を下ろしている。彼らは結界を張っていなかった。この辺りは魔物も少ないし、むしろ結界を張ることで感知や探知が鈍るので張っていないようだ。
が、そもそも彼らは強固な魔力をまとっている。だからよっぽど危険なところでもないかぎり結界など必要ない。また攻撃防御以外にも、魔力をまとうことで体温調節もできるし、体も汚れにくい。何より樹陰にあっても虫に刺されたりすることがない。まさしく魔力万能の世だ。
この〈虫〉はまた、悪い虫にも当てはまる。私がミリフィアと二人きりになったとて、ミリフィアが拒みさえすれば操を守ることができる。ソニンやガンゾーイはそう考えている。もちろんミリフィア自身も。魔力をまとってさえいれば、非力な女性であっても強引に何かをされる心配がないというのが通念であった。
「アトマ様は、戦ったことがないのですか?」唐突にミリフィアがつぶやく。内気なぶっきら棒な物言いだが、すぐ隣にいたので声がクリアに聞こえる。
「どういうこと?」
「ソニンが言ってました。魔力を見ればまだ誰とも戦ったことがないと。」
ミリフィアの心理を先回りすると、どうやらミリフィアは私に関心をもったのではなく、なぜ自分の拘束魔法が見破られたのかが知りたいらしい。それに答えてやるべきか迷っていると、
「アトマ様?」
「え? ああ、君はどう思う?」
「わかりません。ただ、——あ、いえ、もしかしたら、無敵の人、というものですか?」
「いや、無敵の人というのは、そうだね、強固な魔力の中に引きこもっている人のことだよ。世界から隔絶して戦わないし、積極的に生きようともしていない。で、敵もいないから無敵ってことかな。までも、それは、自分を求めているからなんだ。」
「自分?」
「自分というか、自我。ようするに、自分って何者?ってことなんだけどね。」
「そういえば、私に自分がないのかって、言ってましたよね? あれはどういうことですか?」
「自分で考えたら?」
「え?」
「つまり、そういうことだよ。他人の頭を使って答えを得るのではなく、自分の頭で考えて答えを出す。少なくともそこには自分というものがあるんだ。」
「私には、自分がない……。じゃあアトマは? アトマには自分があるの?」
思わず、——おい、「様」が抜けてるよ、とツッコミを入れそうになったが、自制した。それでふと真面目になって考察してみる。私がミリフィアを選んだのには、たしかに、理由があった。私の記憶の中の人とミリフィアは似ているのだ。——しかし、ただ、それだけだ。
私はなんだか気恥ずかしくなって、話を元に戻す。
「そんなことより、君は、きっと王女役を演じているだけだろ? 自分を意識すると自分が何者かを演じていることにも気づけるようになる。たとえば、そうだね、ここへ来てから君は、アトマ様と呼んだ。それはどうして? どうしてそう呼ぶべきだと思った?」
「え、あ、……そういうものと……。」
「そう、人は他人との関係性のなかで、自らはほとんど意識することもなく、何らかの役柄を演じているんだ。大きいところでいえば、貴族は貴族として、平民は平民として。」
「私は、役を、演じているつもりはありません。私は実際に王女でしたから。これは嘘ではありません。」
「うん。でもそういうことじゃないんだ。」
「じゃあガンゾーイやソニンもそうなんですか? 自分がなくて役を演じているんですか?」
「そうだね。ガンゾーイは王国の騎士として最後に君を逃す任にあたってここまで行動してきている。ミリフィアのことを愛おしいと思う気持ちを否定しそれを自覚せずにね。ソニンは魔導師として自分こそがトップレベルの人間だと思っている。ミリフィアの潜在的な魔力にも気づいていて、そのため婚姻し自分の子を産ませたいと思っている。超一流の魔導師の家系をつくりたいんだろうね。」
ミリフィアはうつむいて聞いていたが顔を上げ、
「それって、自分がないってことなんですか?」
私はちょっとしゃべりすぎたなと後悔しはじめてきた。
神物語 つまり、私が本当の神様になった世界でのお話。 大歳士人 @daisaishito
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