第9話 王国の貨幣経済

「ミリフィアのことは心配しなくていいよ。悪いようにはしないし、どうしても取り返したくなったら取り返しに来るといい。たぶんソニンは最初っからそのつもりだったんだろ。」


剣を受け取った衝撃で腰を落としまだ下を向いていたガンゾーイに私は声を投げかけた。


「いや、ソニンは王国が滅んだのだから、もうミリフィアを解放してやれと……。そればっかりだ。」ガンゾーイは手の痺れを気にしながら答える。「しかし、あの領域で体を動かそうとするとごっそり魔力が奪われ体力が削られるんだが、アトマはどうなんだ?」


「——あ、ま、そうだね……。」へんに肩入しても、と私は返答に窮する。「けどまあ、ガンゾーイは、魔力の扱いに、まだ無駄があるんじゃないのかな? たしか王都には顔に覆いをして生活している者たちがいる。視覚に頼らず魔力によって空間認識をしていて、ふだんから効率的な魔力の使い方を覚えようとしているんだろうね。」


「なるほど。——いや、まえに一度、ソニンが話していたんだが、あの領域は目で見ているのではなく、魔力で見ていると言っていたんだ。視野がぼやけてたり、物が二重に見えたり、全体に、やや赤っぽかったりするは、視覚の悪影響ということらしい。」


「私が魔力で何を見ているって?」


ソニンとミリフィアがやってくる。


「——ああ、ちょうどよかった。」私は研究熱心なソニンにさらに魔力について聞かれでもしたらまた厄介だから、先手を打って話題を逸らした。「ミリフィアを嫁にもらう対価だが、いくらを希望する? 言い値を払うよ。」


ガンゾーイは一瞬驚いた顔をしたがすぐに諦めたようにソニンの顔を見た。


「そのまえに、ここではこの王国のカネは使えるか?」ソニンは親指で金貨を弾く。


弧を描いたそれを私はキャッチするも、見ずに同じように指で弾き返す。


「使えないよ。知っているとは思うけど、硬貨のたぐいにはその王国の刻印と偽造防止に王家の魔力が込められている。近隣で商業取引があったなら換金できただろうけど、さすがにここは遠すぎる。というか、王国、滅びたんだろ?」


「だからもう価値はないと?」


「そうだね。そのままの金属として引き取ってもらえるだろうけど、ずいぶんと値が落ちる。」


「ここの物価はどうなんだ?」横からガンゾーイが聞く。


「ああ、それはあまり変わりないんじゃないかな? 言語同様、離れていても統制が取れているはずだから。」


「そんなことが可能なのか?」ソニンが聞く。


「そっちの大陸でも使っていたのは、おもに、金貨、銀貨、銅貨、だろ? だいたい銀貨1枚で1食分の食事が取れる。これが基準なはず。で、冒険者が利用する安宿なら1泊銀貨2枚から5枚、かな。高級な宿になってくると銀貨10枚つまり金貨1枚。どう?」


「たしかに、そんな感じだったろうな。私は冒険者ではないからそういった場所は一度も利用したことはなかったが。」ソニンは答える。


「ああ、なら、金貨を払うときは気をつけて。貴族は釣りを受け取らないのが常識だから。あと、冒険者の銀貨もそうだね、彼らは金貨と銀貨をよく使うけど気前のいい奴らは銅貨を持たない。平民や貧しい人たちが銅貨やその下の小銅貨までを細かく使う。」


「それくらい知っている。」ソニンは小馬鹿にされたと思い気色ばむ。


「白金貨はどうなんだ? 数字は刻印されているのか?」ガンゾーイが質問する。


「そうだね。10、100、1000……、10000まであったかな。その数字が金貨の枚数を表している。市井ではあまり流通していないけど。たぶんそれも同じだろう?」


「ガンゾーイ。おまえがこれまでため込んできた白金貨はすべてがパーだ。刻印が1000だろうが10000だろうがな。」ソニンが失笑する。


「で、どうする?」私は顎でしゃくってミリフィアの値段を聞く。


「ならば、そうだな。金貨1000枚、でどうだ?」ソニンが言う。


「——安すぎる! 一国の姫がわずか1000枚だと? ソニン、いったいどういう了見だ!」


ソニンはガンゾーイをいったん睨み付けてから、


「ガンゾーイ。ミリフィアはここでは王族ではないのだよ。またそれゆえにミリフィアにとって金貨1000枚はむしろ高すぎるくらいの大金だ。」


「なにが言いたい?」


「ミリフィア自身が自由になるための金額なんだよ。」私が鈍いガンゾーイに教えてやる。「たとえばガンゾーイが代わりに金貨1000枚を持ってくれば、その時のミリフィアの意志にも依るけど、無条件で解放するよ。」


それを聞いてソニンは小さく舌打ちした。ガンゾーイに聞かせたくなかった話なのだろう。そしてまたそれを誤魔化すかのように、


「誰彼なしにその値段でミリフィアを売り渡すのか?」と感情を荒げる。


「いやいや、そんなことは絶対にしない。」私は目を伏せ右手を胸に当てる仕草をする。この世界では一般の、誓いのポーズだ。

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