第8話 上級戦士とは
言うまでもなく、場所を移したからといってすぐに寿命が伸びるわけではない。その土地の環境で長いこと生活をし、慢性的なストレスを緩和していくことによって、徐々に変化が訪れる。そして、それに伴っての年齢にたいする意識の変革がいちばんの肝となる。
また、成人の儀より婚姻や出産が許されるという法や年齢制限といったものがあるわけでもなく、寿命が伸びてくると人々の意識も変わりしぜんとそういう傾向、そういう価値観になるというだけの話にすぎない。
「それでは、あの林の付近まで行ってはくれないか。」とガンゾーイが皆を誘導する。
なぜかガンゾーイが剣技を見せることとなり、私はガンゾーイの後について歩く。この茶番の原因は、ミリフィアを私に任せることへのガンゾーイの不安の解消、というより、ようは彼自身の力の誇示だった。一縷の望みであったが、自分の力を見せることで、私の気の変わることを期待している。
「あの辺りまで行ってくれ。」ガンゾーイは立ち止まると私に先に行くよう促す。
私は10メートルほど歩き振り返った。すると腰を低く落としガンゾーイが今まさに剣を真横から振らんとして、ミスリルの大剣を後ろに引いた構えで、全身に並々ならぬ魔力をたぎらせている。
魔力の見えるソニンならその尋常ではない威圧に気づくのであろうと見ると、彼はのんきに餞別の品をミリフィアに手渡している最中だった。首飾りのような物であろうか。ガンゾーイの後方、やや離れた位置にいたので視覚では捉えきれなかったが、まあそれが何であったにしろ、ソニンやミリフィアにとってガンゾーイのこの魔力のお披露目は珍しいものでもないらしい。
「ゆくぞ!」
——と、ガンゾーイが私に向かって剣を振る。一瞬にして大気が乱れ、風が吹く。風圧だけでも足腰の弱い者なら転がりそうだ。私の髪や衣服が風になびき終わる頃に、私の後方で木々の倒れる大きな音、地響きがした。
どうだ、と言わんばかりにガンゾーイが歩み寄ってくる。私が、驚いて見せるか、それとも偽りなく平然としているものか、と迷っていると、
「これさえあれば魔法なんか必要ないだろ。」とガンゾーイが白い歯を見せ破顔する。
この男、意外と単純で、自分がなぜ剣技を披露したのかも忘れて得意になっている。
「殺傷力はあるのかい? 後ろの倒れた木は魔力をまとってないけど。」
「ああ、鋭利な魔力の刃が両断したんだ。——あ、いや、むろん魔力をまとった者の体を切断するのは難しいが、深く切り込んだ衝撃波は骨にまで届く。それでほとんどが戦闘不能だ。」
「一振りで薙ぎ倒したように見えたけど、攻撃対象を選べるのかな?」私は知っていて問う。
「ああ、そうだ。私が上級戦士だからできる。まず剣によって魔力を飛ばすことは、訓練をすれば誰にでもできることかもしれないが、その威力は距離によって異なる。魔力は距離があればあるほどその力は格段に弱まるからな。」
数十メートル先の木々を倒した彼の魔力は相当なものということらしい。
「そして、攻撃対象を選べるのは、スキルによる。まあ半分はこのミスリルの剣のおかげでもあるのだが、狙ったところ、もしくは外したいところを除いて、魔力の刃を飛ばせる。それも一振りのうちにだ。」
いきなりガンゾーイがまた私にミスリルの大剣を放り投げてきた。笑みをこぼしながら。
私にもやって見せろということだろうが、この人間関係の距離の詰め方に乗ってしまうと、神としてはあとが面倒くさい気がした。ガンゾーイは情誼に厚い。ミリフィアにたいする思いも恋心といったものからくるものではなく純粋な愛情からだろう。元騎士団長として紳士的で礼儀正しい面もあるが、根はガサツで、友情といったものがたいへん好きそうだ。
「この辺りでは上級戦士とは呼ばず、まあ稀にだけど、上級冒険者という言い方をするんだよ。魔族に襲われるといったこともないからだろうけどね。でもま、上級は上級で同じ意味かな。」私は言いながらどうすべきか考える。
「そうか。そういや冒険者には、冒険者のランク付けがあると聞く。私のランクはどんなものだ?」
「冒険者のランクなんてせいぜい中級レベルでの話だよ。冒険者ギルドにもよるけど、だいたいがAからFまでかな。上級は、そうだな、特別にSランクなんて呼ばれているものと同じか。想定外だから。つまり、明らかなのは、中級は上級には勝てない。理由はガンゾーイが上級ならわかるはず。手を出して。」——やるべきことは決まった。
私はガンゾーイから受け取ったミスリルの大剣の剣先を下げて持ち、手を差し出したガンゾーイに近寄ると、
「いい?」
ガンゾーイはハッとして私の剣を持つ手を凝視する。
私は、剣の中心を軸に剣が回転するよう下から上へと手を素早く挙げる。プロペラのように回転した剣は一瞬消える。いや、その場で、空中に軸を残して、消えたように見える。空気を切り裂く音だけが周囲に広がり緊張感を高める。
ガンゾーイが手のひらのすぐ横で高速回転している剣を受け取るには、剣先に手を斬り飛ばされぬよう、剣の柄が来るタイミングで手を横にずらさなければならない。
上級戦士および上級冒険者ならば、刹那に意識を高めることによって、緩やかに流れる時間の中へと入り込める。すなわち時間が止まった世界に身を置くことができる。そこは意識のみが入り込める世界で、自己の体を動かすこともままならない。が、魔力の強い者ならばそれが可能となる。
ガンゾーイは、完全に時を止めることはできないが、その世界でゆっくりと回転している剣を見極め、手のひらをずらす。剣の柄はパンッという大きな音を立てて、ガンゾーイの右手に衝撃を与え、収まった。
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