第7話 成人の儀と人間の寿命

実際のところ私は「花嫁」と聞いて、内心ワクワクとしていた。それが存外だった。自分が創り上げた世界の人間に恋をすることなどあり得ないし、端っからそんな関係は不毛と心得ていたからだ。


だから当然、私がいま衝撃的にミリフィアにたいし恋に落ちたというわけでもないし、これから彼女に何かをしようというつもりもない。神は人間に恋をしない。ただし、悪魔と化していたなら、話は別なのかもしれない。


ガンゾーイとソニンは私から離れたところで何やら言い争いをしていた。話の内容はおおよそ見当がつく。なので私は、私と目を合わせたくないためか突っ立ったままそっぽを向いているミリフィアのところに歩を進める。


「君はいいの? 嫌じゃないのかな? これから花嫁になるために売られるんだ。まるで物や家畜みたいに。」


私の声を聞いてようやくミリフィアは私に顔を向けるも、私の真意がわからないといったようすでキョトンとしていた。


「自分がないのか……。——あ、いや、そうか。じゃ、いま、どんな気持ち?」


「…………。気持ちと言われても……。とくに何も。もしそう決まったのなら、あなたのところに行くってことになるだけですよね? あなたはこの国の貴族なのですか?」


「いや、ま、それは教えられないが、——あ、そうだ、もし僕が貴族じゃないとしたら、どうする? どんな気持ちになる?」


「私自身がもう王族ではありませんので……。王国が魔族に攻められて、たぶん滅びましたから。」


「そっか……。——けど、王族の血を引く者であることには変わらない。なぜ王族や貴族が高い地位にあるのかわかる?」


「平民より圧倒的に魔力を使いこなせるから。我々は神に選ばれし存在。ソニンがよく言ってました。」


「なら——」


「——そういうの関係ないんです。私の魔力は最弱でしたから。だから私は一度も戦闘にも参加できず、ここまで逃げてきました。けど兄や姉たちは……」


あ、そういうことか。と、私は即座に理解する。度重なる魔族との抗戦において、ミリフィアを逃す時のために、みんなして幼い頃からミリフィアに「おまえの魔力は最弱」と思い込ませていたと。が、実態は、彼女はとんでもなく強い魔力の持ち主だ。


そのうちにソニンがうつむいたガンゾーイを従えるようにやって来る。


「ミリフィア。ガンゾーイも納得した。」


ソニンがそう言うとミリフィアは返事もせずに、ただうなずいた。


「ああ、ところでアトマ。貴殿の年齢は? もう成人の儀は済ませてあるのだろう?」ソニンがやっと私の存在に気づいたていで聞く。


「25。成人の儀は済ませたばかりだ。」


「ほう、ずいぶんと幼く、いや若く見えるな。」ソニンは私を見てそう言っていたが、そのときどこか心あらずだった。「しかし成人の儀が25歳とは——。この国の人間の寿命は120歳か……」


「それは本当か?」ガンゾーイが話に飛びつく。「いや、待て待て。ならば、そうだな、適齢期は48歳までか。私は37だが、それならまだあと11年ある。」


この世界では魔力で病気を治癒できるため、人間の寿命が長くなる。その寿命を基準として5つに区分して、下から、少年期、青年期、中年期、高年期、老年期、となる。成人の儀は青年期の始まりの年に行われるため、その一年前が一つの期間の長さになる。つまり成人の儀が25歳だと、一つの区切りは24年となり、その5倍が寿命だ。


「ミリフィアの国では成人の儀はいつだった?」私はミリフィアに聞く。


ミリフィは視線を返しただけで、代わりにガンゾーイがやや興奮気味に答える。


「——19だ。人の寿命は90だった。適齢期は36歳までとされていた。」


「その適齢期というのは、青年期のことかな?」


「ああ、そうだ。通常はそれまでに相手を見つけて婚姻をしなければならない。この国では違うのか?」


「まあ、義務ではないが、肉体的に望ましい期間ではあるだろうね。子供をつくるためには。」


「ガンゾーイ。おまえが48歳になる頃にはミリフィアは25歳になる。ちょうどこの土地の成人の儀をする年齢だ。猶予はその時の1年。おまえがミリフィアに自分の子供を産ませるのは土台無理な話だ。」ソニンが冷笑する。


「なにを馬鹿なことを言ってるんだ!」大男のガンゾーイが顔を真っ赤にして叫ぶ。


「馬鹿なことではない。先ほどの話と同じだ。かりに適齢期が伸びたとて、おまえがいつまでもミリフィアの面倒を見るという訳にもいかないのだよ。ミリフィアにはおまえより強い男、それもおまえより若い男に任せたほうのがよい。」


私はすべてを察した。ソニンの歳は31。故国にいたらミリフィアが成人の儀を迎える5年後には青年期の終わりの年齢となる。自分が冷笑した今のガンゾーイと同じように。不可能ではないが、それはミリフィアを得るには、体裁的に不都合ではある。とくにプライドの高いソニンにとっては。ようするにソニンは知っていたのだ。大陸を超えたところには長寿の国があると。だからここまでやってきたのだ。

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