第6話 この世界の理
——魔法では死にはしない。そう、魔力を扱える者は〈魔力をまとう〉ことによって、つまり自身の地膚から放出される魔力でその全身を包み込むことによって、ほとんどの攻撃魔法に耐性をもち、戦士や冒険者ならばその攻撃だけで事尽きてしまうことはない。
もちろん魔力の強い魔法の使い手は、攻撃対象に著しい衝撃を与え、その体力を削り、戦意喪失などの精神的なダメージをもってして、相手を屈することができる。そして究極的には、相手の意識を飛ばし、戦闘不能にすることもできる。が、それだけだ。
人間にしろ、魔物にしろ、魔力をまとっている相手を死に至らしめるには、そのまとった魔力を打ち消すほどの魔力を帯びた剣が必要となってくる。すなわち、剣によって命を断つ——。これがこの世界〈魔法と剣の世界〉の
ミリフィアは自分の拘束魔法がバレたことにも驚いていた。経験は数えるほどだったがいままで一度たりとも気づかれたことはなかった。本気でやった場合、魔法の師でもあるソニンにすら見抜かれることはなかったのだ。——それが、どうしてバレたのだろう? やっぱり自分は、使えない人間なんだ、と自己嫌悪に陥る。
(なにをコソコソとやっている!)
ソニンが強引に二人の念話の中に入ってくる。二人が自分を外して念話をしていたことに気づき腹を立てていた。すかさずガンゾーイが、
(——俺がミリフィアに絶対に戦うなと注意した。ソニン、おまえが戦おうとしたら私たち二人が全力で止めることになる。)
(余計なことを……。)声のトーンからどこか嫉妬染みた感情が読み取れた。ソニンはどうやら戦いを止められたことよりも、自分がのけ者にされたことに、いたく傷ついていたようだ。そして小さく、
「……俺がミリフィアに……か……」声にしてつぶやく。先ほどのガンゾーイのセリフだった。
(なんだ?)
ガンゾーイがそう聞いたその刹那、ソニンの脳裏には一つの奸計が閃いた。それですぐさま、
(ガンゾーイ。——それほどまでに、奴が恐い、いや、強いと?)厳しい口調で問いただした。
(あ、ああ。絶対に戦いたくない。なんなら死を覚悟しなければならないほどだ。)
(この私でもか?)
(ああ、そうだ。彼は強い。)
(っはは……)
ソニンはあまりにも自信たっぷりにいうガンゾーイに、場の緊張感もあって、急に笑いが込み上げてくる。
(おい、ガンゾーイ。確認のためにもう一度聞く。誓え、嘘はつくな。——奴は、おまえよりも強いのか?)
(そうだ。彼は私よりも強い。誓う。何度でも誓ってやるぞ。)ガンゾーイは自身の胸に手をやる。
それにうなずいたあと、ソニンの態度は、打って変わって恭しく、剣を振り終わった私のもとへと歩み寄ってくると、頭を下げた。
「申し訳なかった。国宝級のミスリルの大剣を、そうもいとも容易く扱えるとは。いやはやお見それした。貴殿もどこぞの貴族なのではないのか? ならば、ここにいる、我らが仕えていた王国の姫、王女ミリフィアを進上しよう。貴殿の花嫁として迎え入れてはくれまいか。」
「おい、ソニン! なにを馬鹿なことを言っている! おまえ! 気でも狂ったか!」ガンゾーイはがなり立てて狼狽する。
が、それにはお構いなしにソニンは私に、
「もちろん花嫁といってもすぐにではない。ミリフィアは14歳のまだ子供だ。成人の儀まで婚姻は待ってほしい。」慇懃ではあるが、黒眼鏡の奥でソニンの目が笑っている。
「待て待て。勝手なことはさせないぞ。ソニン! ほんとうにおまえ、自分が何を言っているのかわかっているのか!」
ガンゾーイを完全に無視して、ソニンは私の返答を待っているようなので私はしかたなく、
「まあ、いいけど、王女ミリフィアの気持ちはどうでもいいのかな?」
が、私はそう言ってからすぐに察した。彼らにはまだ個人の恋愛感情といった価値観はないのかもしれないと。とくに王族にいたっては、王家や王族の血脈を維持するのが最優先である。そこには魔力に長けた一族の強固な繋がりがあるだけだ。
「ハッハ、そこまでの心遣い、痛み入る。しかしガンゾーイによると、貴殿には何かしらのやむにやまれぬ事情があって、韜晦しておられるだけとのこと。ならば安心してミリフィアを任せられる。そうだろう? ガンゾーイ。」
「な、何を……。」
いや、たしかに、自分はソニンにそう告げていたと、ガンゾーイは思い出す。戦闘を止めたい一心ではあったが、あやつは凡庸な平民ではなく正体を隠している、と。が、はっとして、
「いや、——そうか、ソニン! これは意趣返しか! 俺に当てつけているのだろう!」
なんのことだ?と言わんばかりにソニンはわざとらしく肩をすくめる。
ガンゾーイにはソニンの行為が自分を恨んでのことだと思われた。断りもなく勝手にミスリルの剣を相手に手渡し、その恐怖に陥れた仕返しに、今度はソニンが勝手にミリフィアを相手に授けると言っているのだと。
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