第5話 縮地と無詠唱
ガンゾーイが私に大剣を放り投げた瞬間、ソニンは心臓が止まってしまうと思えるほどに驚愕した。そして私が剣を振っているあいだ、彼らは激しい念話のやり取りをしていた。
(どうだ、驚いたか!)とガンゾーイ。(しかし、あいつ、こうもやすやすと俺の大剣を使いこなすとは。凡庸な平民には無理だろう? ——やはりな、彼はな、正体を隠しているんだよ。)
(まぬけがっ! 驚いたのは貴様が奴にミスリルの剣を渡したことだ! もしあの刃がこちらに向かってきたら我々は大怪我じゃ済まないんだぞ!)
ソニンはそう言いながら、前のめりで剣を振り回している私の動きを凝視している。魔眼で私の魔力の流れを見逃さないよう必死になっているのだ。
(いやまさにおまえが彼に戦いを挑むということは、そういうことなんだよ。魔眼がなくともわかる。彼の動きはいたずらに〈身体強化〉に頼ったものではないはずだ。なにより彼は剣に、彼自身の魔力を込めて振っているわけでもない。そんなことをしたら、私の魔力を帯びた剣に弾かれるからな。)
(なにをおめでたいことを!)ソニンはやや口惜しそうに、(こっちは能天気なおまえのせいで——。)
(そんなに心配する必要はない。ミリフィアが最初に探知した通り、彼には悪意や悪感情といったものがない。それに、あの剣がなくても彼は強いんだよ。私たちより確実に。)
(ふざけるな!)
(いや、ふざけていない。最初は、脅すつもりでミスリルを出したが、先ほど彼に向けて剣を構えたとき、俺自身がぞっとした。彼からは、殺気すら感じられないのに、だ。それで確信したんだ。なんとしても戦闘を避けるべきと。)
ミリフィアは、ガンゾーイより、狼狽したままのソニンの横顔を覗き見た。そして何かを察してか、口を挟む。
(——殴り飛ばされましたが、痛みは残ってません。私はそんなに強いとは思えません。)
(そうだ。)ソニンは答え、すぐに(ガンゾーイの買い被りだ。)と鼻で笑い、背筋を伸ばした。晴れやかな気分になる。そのときソニンは、大剣を振る私の脚がわずかにふらついたのを見てとったのだ。
ソニンは考える——。奴は拳闘士というやつか……? 武器を持ってないと言っていたし、剣に魔力を込めることすらできていない……。ガンゾーイの言うとおりミスリルの剣に弾かれていないからそれは間違いないだろう。しかしまあ、わからぬが、さしずめ魔力で器用に身体強化した武闘家のたぐいか。あやつらの戦闘スタイルは、体の内側に魔力を溜め、それを殴打とともに放つタイプだ。恐るるに足りん。
——見たところ、魔力もとくだん強くはない。並程度。必死で隠していたのだろうが、先ほどから目に見えて足元がふらつきだした。まあミリフィアにも、奴の殴打は効いていないしな。しかし、ではなぜ、ガンゾーイはそれほどまでに奴を恐れる? 剣術使いならば奴みたいなのが戦士としてはいちばん非力なことくらいわかりそうなものだろ。
ガンゾーイはソニンへの念話を外しミリフィアだけに語りかけていた。
(痛みは残ってないと言ったが、彼に腹を殴られたのか? もしかしたら殴られたのではなく、風魔法じゃなかったか?)
(——えっ、そういえば……、いえ、わかりません。)しかし自分の体を見て、(そういえばたしかに殴られたような衝撃は、なかったです。)
ミリフィアもはっとする。風魔法なら痛みがなくて当然だ。さらにガンゾーイが、
(もし風魔法だったら、連続して魔法を使っていることになる。あの〈縮地〉は、魔力による身体強化というより、転移魔法じゃないか? 私には彼の移動の軌跡が見えなかった。もし魔法ならミリフィアにはできるか?)
ミリフィアは考え込む。「縮地」とは一瞬にして相手との距離を縮める行為だ。縮め方にはふた通りある。魔力によって自己の筋力を寸時に限界まで高めての高速移動。そしてもう一つは、魔法による瞬間移動、つまり転移の魔法。
(転移魔法というのなら、無理です。私には連続魔法は使えません。いえ、まだ覚えていません。そもそも詠唱をしない魔法自体が難しいんです。それができないととっさに連続して魔法なんて、絶対にできません。)
(無詠唱というやつか。ソニンにならできるか?)
ミリフィアは沈黙のあと、(わかりません。いえ、あんなに早くはできないと思います。あ、いえ。私がソニンの連続魔法をまだ見せてもらってないだけかもしれません。)
たしかに瞬く間の出来事だったと思い出す。目の前にあの者の顔があったと気づいたら自分の体は宙を舞っていた。
(——ほんとうに転移魔法でしょうか?)
(戦士である私には魔法のことはわからない。むろん、物理的な移動だったなら見落とすはずがないんだが……。しかし、相手の懐に瞬間移動できて、間髪入れずに魔法が使えるとしたら、勝ち目はないだろう。まあ、死にはしないだろうが……。——だがこれはソニンには言うな。意地になってよけい戦おうとするから。)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます