第4話 ミスリルの剣

魔力をまとった魔物や敵を倒すには、魔力を帯びた武器が必要となってくる。端的にいえば、ミスリルの剣には殺傷能力がある。もしもそれが国宝級のものであろうものなら、非常に強固な魔力をまとった〈無敵の人〉でさえ、一刀で殺めることができる。


むろん魔力を通す魔鉱石でつくられた一般的な武器にも殺傷能力はあるが、その性能はミスリルと比べると格段に低い。いや、ミスリルがあまりにも特別だった。魔力を込めれば込めるほど攻撃力が上がり、またひとたび魔力を帯びるとその持続時間が年単位と長いため、世界最強の武器と称されていた。そしてさらにミスリルの純度が高くなればなるほど使い手の能力値も向上し、もしも競売に出されたならばその希少価値も相まって、天井知らずの落札価格となる。


そんなミスリルの剣——それも大剣をもち、ガンゾーイが、構えている。国宝級とまではわからないとしても、尋常ならざる禍々しさから、平民でも察しがつかもしれない、と彼は考える。つまりあれは、私に対しての、彼流の警告だ。よほど戦いたくないのだろう。いや、ソニンに、私と戦わせたくないのだろう。


この世界には魔力があるためか、みな野に出るとやたら好戦的になる。戦いたくてしょうがないある種の高揚感と解放感にとらわれる。そう、それは魔力によるごうの影響でもある。また手練れともなると、あまりにも魔力が万能であるため無意識のうちに、魔力をまとってさえいれば命に関わることはない、と決め込んでさらに気が大きくなってしまう。だがしかし、ミスリルの剣を出されると、たいていは緊張感が走り、冷や汗がでる。


(ガンゾーイ。なぜその剣を出した?)ソニンがガンゾーイに念話で話しかける。(そんなもの最初から出したら、平民がビビってしまって勝負にならないだろう。)


(戦わないですむのならそれに越したことはない。)ガンゾーイは私を睨め付けながら念話でソニンに答える。


(とことん甘い奴だ。)ソニンが呆れたように返した。


(いや甘いのはおまえのほうかもしれんぞ。先ほどの彼の〈縮地〉、私には見えなかった。あれは——)


(——念話に気を取られていたからであろう。)話し終わらないうちに言葉をかぶせたソニンの言葉には怒気が感じられる。


「ではこれは戦闘開始の合図だと見ていいな!」ソニンが平静を装いながら、私に向かって声を張り上げた。


「かまわないが、先に仕掛けてきたのは、そっちだから。」


「なに? どういうことだ!」とガンゾーイは問うたが、はっと気づいてミリフィアに視線を移す。


(すみません……。)立ちあがろうとしているミリフィアの念話が脳裏に響く。(先ほどあの者の周囲に拘束魔法を仕掛けました。)


(へたくそが。)とソニン。


「——いや、もし先に仕掛けたのなら、ミリフィアが悪い。」とガンゾーイはそれを声に出して言った。が、


「それでは、ひとつ、手合わせを願おうか。」とソニンは私に顔を向け、ニヤつく。


「やめろ! ソニン!」ガンゾーイが怒鳴り、彼の前に立ちはだかる。


そのとき私はふと(神様助けてください)という小さな呟きを拾った。「神」というので自分に対してのことかと思ったが、違った。ミリフィアがただ心の奥深くで念仏のように何度も繰り返している。(神様助けてください神様助けてください神様助けてください……)と。それはガンゾーイやソニンには聞こえていない。


(煩わしいやつめ。いいかげんこいつとも手を切るべきか。)というソニンのガンゾーイへ向けた本音のほうが大きかった。もちろんそれも他の二人には聞こえていない。私だからこそ聞き取れ、読み取れる次元のものであった。


(私は本気だ、ソニン。)ふたたび念話が始まった。ガンゾーイはソニンに対峙する。(彼は強い。たぶん我々と同じく上級戦士だ。だから負けることはあっても勝つことはできないだろう。)


(なにを呆けたことを。言うに事欠いて、ハッハハハ、平民の上級戦士か。あやつの魔力を見ればまだ誰とも戦ったことがないではないか。戦わずして上級戦士になれるとは、それはそれは、恐れ入る。)


(それだ、ソニン。おまえには魔力が見えるから、おまえは魔力しか見ていない。いいか、彼はミリフィアの拘束魔法を事前に見破り、縮地で一瞬にして相手の懐に入ることができる得体の知れない奴だ。そして何よりミスリルの剣にもまったく動じていない。見てろ——)


背を向けていたガンゾーイが振り返り、


「アトマ……といったかな。君にはこれが何かわかるか?」


大仰に大剣を振り下ろし、刃先を私の胸元に、ぴたりと止める。


「ミスリルだろ。」私は平然と答える。


「ああ、国宝級の代物だ。ちょっと振ってみるかい?」


ガンゾーイは剣の柄を下から押し上げるようにして、いかにも重そうな剣を私に向かって放り投げた。それを私は片手で掴み取り、大剣の重みを感じ取る。体をやや傾けたあと、重さに慣れたふりをしてから、格好をつけながらしばらく適当に振り回す。


「こんなものを振り回していたら、何かを斬りたくなってくるのもわかるな。」いちど止める。剣の重心にブレはない。良品。また振り回しながら、「勘違いをして、今すぐにでも天下を獲れるような気分にもなってくる。」と。そして、そのうちにわずかに脚をふらつかせる。


もう十分と、頃合いを見て私は、やや離れた位置にいるミリフィアに向かって思わせぶりに剣を振り止めた。剣先越しに、彼女を見た。彼女は怯えてはいない。意に介するそぶりすら見せない。ただ相変わらず心の奥底で(神様助けてください神様助けてください)を繰り返している。もはやなかば無意識の独り言、いや念仏か、あれは。

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