第3話 魔眼の魔導師
敵意は漏れる——というのは、闘争心とともに無意識に全身から魔力があふれ出し、わずかではあるが、制御できずにいる悪意のある魔力が漏れ出してしまうからだ。
もとより魔物が跋扈するこの世界では、都市や集落を出て野を歩く者はみな全身に魔力をまとっていた。魔力をまとうことで、それが身体を守るバンパーやクッションといったものになる。そのため突然の襲撃や猛攻からも身を守ることができ、またそのおかげで安心して大陸間をも渡り歩くことができる。
個人的なスキルや体力、たとえば魔力制御や魔力量そして魔力の強さによっても差が出るが、魔力をまとっていると、体を吹き飛ばされ激しく転がっても怪我ひとつしない。もちろん衝撃やそれにともなう精神的ダメージは負うことになる。が、たとえ銃で撃たれても痛みを覚えるだけで、弾が肉体を貫通することはない。致命傷にはならないのだ。
「待て待て。我々には敵意がない。」と、ガンゾーイが声を上げる。それからやや威厳をもって、「彼の態度を不愉快に思われたのなら謝罪しよう。」
しかし当のソニンはじっとこちらを見ているだけだった。——いや、挑発もしくは脅しのためか、私に向かって、殺気を出している。黒眼鏡で視線がどこにあるのかわからないが、私を小者扱いしているのが見て取れた。
(——ああ、魔眼か。)と、私はソニンの強気の理由に勘づいた。
狂人的な魔導師のなかには片方の眼球をえぐり出し魔眼を埋め込む者がいる。魔眼は高性能な魔導具の一種で、本来なら見えないはずの魔力が見える。擬似的に色をつけて魔力を可視化することができるのだ。だがまあ、しかし、ほとんどが黒色の闇。しょせん作り物の魔眼では視覚的な濃淡しか判別できない。だから見誤る。
ソニンの了見は、私のまとっている魔力から私の能力を測り、少々できるようだが取るに足らない者として、このへんに住む人間のだいたいの実力を知るためにも、——ちょいと腕試しでもしてみよう、といったところか。
「貴殿の強さを知りたい。どれほどのものか……」ソニンがガンゾーイの言ったことなど無視して小声でつぶやく。
彼が小声にしたのは私に選択権を与えたからだろう。自信もなく戦いたくなければ聞こえないふりでもして話題を変え、へつらうような態度を取ればいい、と。
魔力に依拠している世界においては、魔力を測ることでその者の性質も性格も、はたまた生活や人生といったものさえも、おおよそ推し量れる。それゆえに他人の魔力を見ることのできるソニンには確固たる自信があり、選民意識があった。
逆に、私が見たところ、ソニンの魔力の強さからは、彼がこれまで一度も戦闘で負けたことがないことが窺えた。だからこそまた彼は私と戦っても万が一にも負けることはないと確信しているのだろう。——愚か者が。
そんなソニンを痛めつけてやろうというのは、私が神ゆえの戒めの感情か。いや、もしもこれが感情といったものであるならば、私は悪魔だ。悪魔に支配されている。だが、違う。そうだ、感情ではなく、ただの戒めだ。これは彼を慮ってのこと——
(ソニン、自重しろ。余計な揉め事を起こすな。)と念話で釘を刺すガンゾーイの声が聞こえてきた。
(——おい、こやつは平民だ。見たところ魔力レベルもせいぜい並程度にすぎん。平民にしてはできたほうだろうが、まったく恐るるに足りんよ。情報を聞き出すうえでも、ここは多少脅しておいたほうがよい。だいたい、我々を舐めきっている態度が許せぬ。この村人風情が。)
(なにをバカな! ここは王国とは違う。大陸を越えてきたんだ。おまえのことを知らなくて当然だし、ここでは一般的な応対だろ。縁もゆかりもない平民を従わせようとする我々の感覚がおかしいのだ。)
じつにうまいものだ。まったく表情に出さず彼らは感情的に念話をしている。半年もの旅の間ずっと念話で会話をし、訓練に訓練を重ねてきたのだろうか。
——と、隙をついてミリフィアが私に拘束魔法を仕掛けてきた。
私の周りに魔力を張り巡らせる。ある程度距離をおくことで、まだ私の体や私のこの体の表層的な魔力にも触れてはいないが、なにかことがあれば、これで彼女はいつでも私を拘束できる状態にある。彼女の性格からして、私がソニンと対決になった場合の「念の為」だろう。
——しかし! 私はミリフィアの目前に縮地し、彼女の腹に拳を打ちつけるようにして彼女の体を後方へと吹き飛ばしてやる。殴打ではなく正確には風魔法だ。彼女の体は浮き上がり、5〜6メートル飛び、転がる。
「——おっ、おい! おまえ、なにをォ!」
ガンゾーイは私がミリフィアを殴り飛ばしたと見て大声を張り上げた。すかさず彼は戦闘モードに入る。その手には大剣が握られていた。彼は収納魔法によって亜空間に仕舞われていた〈ミスリルの剣〉を取り出していた。
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