第2話 念話術と真名

彼らは私を発見してから、私のもとに来るまでのあいだ、「念話術」を使って会話をしていた。どうやら突っ立ったままの微動だにしない男を不審に思っていたようだ。


念話術も魔力を利用したものである。発した魔力をからめあうことで、秘密裏に互いの脳内に声を響かせることができるのだ。もっとも魔力は目には見えない。だからそれを感覚的におこなう。難しくはない。無言の声掛けをする感じだ。


しかし、魔力をつなげることによって、知られたくない本音までも拾われてしまうことがある。魔力の強い者からは、プライベートな思考を探られたりすることさえある。それゆえに魔力操作に自信のない者、未熟な者は、とにかくいっさいを遮断する。安易に他者と魔力でつながることを拒む。


また念話術によって一方的に話しかけることができても、魔力を意図的につなげてないとそれは周囲に漏れてしまう。つまり、外部に漏れないよう会話をするのには、よほどの信頼関係がないとできない。


私は、探知の魔法で彼らの魔力によってとらえられたとき、気づかれぬよう彼らの魔力をからめとっていた。だから私には彼らの念話は丸聞こえだった。むろんこの世界でそんなことができるのは私くらいだから、彼らもまったくの無警戒だった。


「なんだ、あれは。本当に生き物なのか。」


ガンゾーイがつぶやくようにいう。大男のガンゾーイの身長は2メートルほどあって、元はリーダー格の勇ましい騎士団長ではあったが、自制のきく優しい男でもあった。


「カカシではあるまい。」


隣を歩く魔導師のソニンが応える。彼も同じく背の高い男だ。ガタイはいいが、ただし肉付きの乏しい骨太の体躯だ。サイドシールドのある丸ぶちサングラスをかけ、日の光を極力避けていた。


念話中は、念話をしていることを悟られないよう、素知らぬ顔をしているのが常である。はたから見ると三人はただ歩いているようにしか見えない。


「生きています。人間です。魔力はとらえきれないですが、悪意や悪感情といったものは感じ取れません。」二人の後方をうつむきかげんに歩く少女ミリフィアが自分の知り得た情報を伝える。


「高度な魔力の使い手ならば、悪意を隠すことくらいたやすい。」宮廷魔導師であったソニンが諭すように言い放つ。「相手の魔力を完全にとらえることができないのであれば、そういった判断は、誤った先入観となっていずれ命取りとなる。」


「はい。」ミリフィアは即座に返事をした。


ミリフィアは末娘の王女であった。だがそれは半年ほど前までの話だ。敵国(魔族が治める国)に攻められて国が滅びてしまってからは、その身分には何の保障もない。ましてやまだ14歳の子供だった。気丈にふるまってはいたが、いつ裏切るともしれない二人の従者におびえていた。


「ガンゾーイだ。」「ソニン。」「ミリフィア……。」


私の前で察したのかガンゾーイが唐突に名乗り、二人があとに続いた。名乗ることは一つの信頼の証となる。


「私は——、アトマ。ただの旅人だ。」


互いに名乗り合ったがその名前自体にはあまり意味がない。ただの通り名にすぎない。だから私はいっそのこと「悪魔」とでも言っておこうかと一瞬気まぐれを起こした。なぜなら地上に堕ちた神は、ややもすると、悪魔でしかないのだから。


この世界には、真実の名前「真名まな」という概念がある。彼ら三人にもおのおの真名があった。しかし「真名を知られることは恐怖だ」というのがある。悪い魔法使いが真名を使って自分のあずかり知らぬところで呪いをかけるという物語があるからだ。子供っぽい迷信にすぎないのだが、そこには道理があった。


魔力は魔導具によって測定することができる。魔力には、それを構成する個人特有の型があり、またそれが一生涯、唯一無二のものであるため、誕生とともに識別番号が割り振られているようなものである。そこに真名を加えて登録すると、たとえば魔力の痕跡から、それを誰が使用したのかがわかってしまう。


魔力と真名の登録は犯罪抑止につながる。ゆえに貴族社会ではそれが義務付けられていた。幼い時分に第三者機関である教会に登録される。この世界の主な宗教は一神教であった。もちろん私とは関係ない。宗教は人々の信仰心によって勝手につくられるものなのだから。


私はガンゾーイの最初の質問に答えた。


「——この近くに村はある。だけど、よそ者をひどく警戒しているし、あなた方の生活の拠点には、ならないだろう。あなた方は、戦士、だろう?」


「たしかに我々は戦士だ。村や町の一つくらい守ることはできるぞ。」


ガンゾーイは胸を張ったが、大型の武器のたぐいは携えていない。


「収納魔法かな?」


「貴殿もそうではないか?」ソニンが口をはさむ。「まるで村人のようだ。しかし、いつでも武器は取り出せると?」


「武器は持ってない。できれば戦いたくないし。ただ、そうやって警戒し敵意を向けられると、……どうしようか。」


私はソニンの物言いを不快に思い、彼の体から漏れ出す魔力から、がぜん彼を痛めつけたくなった。

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