21 愛しさの刻印
晃大のデスク上のカレンダーには星印のついている日がある。
それは、当番で回ってくる、資料室兼倉庫整理の日だ。
当番の日は、午前に通常の仕事をし、午後からは同じ当番の同僚と共に整頓をする。
今回の当番は、よりによってあの松原と一緒だった。
松原は、職場でも比較的仲の良いほうなのだが、晃大を応援し鼓舞したかと思えば不安にもさせ、気が置けない友ではなく、どちらかといえば、気が抜けない友になっている。
「処分するのはこっちに置こうか?」
松原が段ボールの中を一応確認し、晃大が不要な物を積み重ねていく。
それから古くなった資料を手に取り、不要カゴに入れている松原の前に屈み、同じ作業をし出した。
資料室は建物の北側で陽は当たらないが、往復しているうちに熱くなった晃大は、ネクタイを外し、シャツのボタンを二つほど開けた。
松原が、頬をさすりながら、
「古い紙触ると、ちょっと痒くなるんだよね。俺ダニアレルギーだから、この作業ほんと早く終わらせたいんだよ」
うんざりとした顔になっている。
「大変だね……でも、確かに多少埃もあるしね」
「そうなんだよ、なるべく埃を立てずに、そっと……でもさっさとやらないといけない。捨てるだけとはいっても、別の意味で面倒な作業なんだ」
そう言いながらも、松原の手元はよく動いて、どんどんと進んでいく。
晃大も早く終わらせたくて、松原に負けじと前屈みになりながら、分けていった。
経過時間を気にした晃大が腕時計に目をやると、つられて彼を見た松原が、あることに気がついた。
「君、それ、どうしたの?」
怪訝な表情で、首元のそれを指す。
すぐにシャツの襟元を手でぎゅっと閉じた晃大だったが、松原は見逃さなかった。
「キスマーク……にしては大きいし、そもそも君には、あの症状があるから無理だよね。あ、もしかして、彼氏がDV?」
「まさか! えっと、あの……転んで打っちゃったんだ......」
「そうだよね。あの優しそうな人がするわけないか。でも、そんなところに痣って、どんな転び方したの?」
「えーっと……飲んだ後、びっくりして、倒れたらこうなった……。あ、大和には言わないで。心配させちゃうから」
「分かってるよ。でもキスマークつけられるようになっても、バレない所にしないとダメだよ。大和さんに見つかったらまずいからね」
「そんなマークなんかつけないよ、僕は……」
「君がつけなくても、彼氏が誰かに付けられるって可能性もあったりしてね。浮気でよくバレるのはキスマークだったりするから」
(まただ……)
晃大は、心の中でため息をついた。
こんな風にいつもの調子で、何の悪気もなくさらりと言う。
どうして松原はいつも不安になることを口にするのだろう。
(前回も、不安で押し潰されそうになって、誠に一方的にぶつかって、それから……あれ? 揉めるけど、結局うまく行ってる?)
いやいや偶然だ。
松原のペースに乗らないように、しっかりしなければならない。
「ほら、早く終わらせよう」
それからは無言で整理を続け、ようやく廃棄の荷物を運び終わると、デスクに戻り、いつもどおり定時で仕事を終えた。
「お疲れ様でしたー」
職場の同僚と同じタイミングで会社を出て、駅に向かって歩き出す。
ただ今日は駅に誠はいない。
今朝、食事の時に、
「今日は実家に用事があるんだ。遅くなると思うから、向こうに泊まるね」
と、言われた。
一人の電車は少し怖かったが、空いている場所に立ち、なんとか無事に降りることができた。
帰り道、途中スーパーに寄り、今日の晩ご飯の食材を買って帰る。
玄関の鍵を開け、
「ただいま」
独り呟き、照明をつけ鍵を閉め寝室へ入り、部屋着に着替えてから夕食作りを始めた。
一人分を作るのは逆に手間になるから、シチューを作り、残りはまた明日誠と一緒に食べることにした。
テーブルに温かいシチューとパン、作り置きの野菜の炒め物、そして大好きなりんごを食べてお腹が膨れた晃大は、テレビをつけた。
片付けをしている間も、テレビが賑やかにしていてくれるから、寂しさが少し紛れる。
風呂上りに、誠からのメールをうっすらと期待しスマホを覗くが、ゼロだった。
そもそも今朝、晃大自身が、
「電話やメールはしなくてもいいよ。家でゆっくりして」
と、言ってしまった手前、こちらからかけるわけにもいかない。
少し後悔したが、今晩だけ我慢すれば明日は絶対に会える、そう思いながら、早めにベッドへ入った。
眠いようで眠れない。昨日の夜も、誠に抱きついて眠ったことを思い出し、彼の枕を抱きしめてみた。
それでも満足できず、結局は誠のベッドにもぐり込み、その中で眠った。
目覚ましが鳴る。
一瞬前に寝たばかりなのにと思いながら、手を伸ばして目覚ましを数回叩き、むっくりと起き上がる。
誠の声がしない朝は、ここへ来てから初めてだった。
テレビで天気を確認しながら朝食を食べて、一人で「行ってきます」を言う。
起きてから、笑う相手もいないから、職場へ着くまでずっと無表情だったことに気づいた。
「おはようございます」
やっと同僚と挨拶をして、今日初めて笑顔が作れた。
それから朝礼が始まり、大和が重要事項とそうでもないことを社員達に伝える。そして、いつも通りに仕事に入った。
今日の帰りは誠と一緒だ。
徐々に喜びが戻り、お昼を過ぎるともう帰りを考えて、気分が上がる一方だった。
午後の休憩は、珍しく松原が誘って来ず、一人で休憩室に入った。
そこには女子社員数名が楽しそうにお喋りをしながら、コーヒーを飲んでいた。
テーブルの隅に座り、晃大が自販機のホットレモンティーを飲んでいると、以前誠のことを色々と聞いてきた七絵が声をかけてきた。
「藤野さん。あの、澤瀬さんって、彼女さん出来たんですね。ちょっと残念ですが、でもきれいな方だったんで、納得しました」
「……彼女?」
晃大は木村の突然の報告に驚き、飲んでいた缶をぎゅうと握り締めた。
「ちょっと待って。それ、どこで見たの?」
慌てて聞くと、木村はスマホをポケットから取り出し、写真を見せてきた。
写っていたのは、誠の後ろ姿と小柄な女性。
もちろん晃大が知らない人だった。
「これ、いつの写真……?」
「昨日の帰りですよ。初めは澤瀬さんを偶然に見かけて、思わず写真を撮ったんですけど、その後声をかけようと近づいたら、女性が現れて。それで、このあと、お二人でホテルに入って行ったので、ああ、やっぱり彼女さんなんだなーって。ショックだったけど、逆に諦められてよかったです」
昨日誠は、仕事終わりに実家に帰ったはずだ。
なのに、なぜこの写真が存在するのだろうか……。
頭の中が混乱して、何も考えられなくなる。
とにかく、わけがあるはずだと缶を片付けて、一階まで降りて行き、外の喫煙所に誰もいないのを確認し、そこから誠に電話を掛けた。
しかし、しばらく待っても誠は電話に出ない。
それからもう一度かけてみたが、今度は留守電になってしまった。
時計を見ると、もうすぐ休憩時間も終わりそうだ。
気にはなるが、向こうも仕事だろうから、これ以上はしつこくも出来ない。
晃大は、不安に思いながら、デスクへ戻って行った。
その後はあまり仕事にも身が入らず、ざわざわと心が騒ぐまま、定時を迎えた。
「お疲れ様でした」
鞄を持ち、すぐに会社を出る。誠が先に駅に着いているはずだから、急げば理由を聞けるはずだ。
人を避けながら、ほとんど走って駅に向かうと、駅の端のいつもの場所に誠はいた。
こちらに気づいて手を振っている。
晃大は、横断歩道の手前で一度息を整えてから駆け寄り、明るく笑む誠に、少し緊張気味に声をかけた。
「ひ……久しぶり!」
これには誠も、苦笑しながら、
「一晩だけだよ?」
晃大の肩を軽く、トンと叩く。
「そうなんだけど、色々あったし長く感じちゃって……」
「色々?」
「ああ、ううん、何でもない。あ、電話したんだけど、忙しかったよね?」
「こっちも出られなくて、ごめん。ちょうど来客中で、終わるまでかかったから、メールもできなくて。何かあった?」
「後で話すよ。さ、帰ろ」
いつも通りの誠の様子に、やはりホテルのあの写真は別の理由があるに違いないと、家に帰るまでは聞くのを我慢した。
帰り道の誠は、一日振りで会ったせいかほんとうに優しくて、早く抱きしめたい気持ちでいっぱいになり、家の近くになり人通りが少なくなると、自分から手を繋いだ。
玄関を開け、誠は寝室へ、晃大はゲストルームのクローゼットを開けて、コートを掛ける。
スーツの上着を脱ぎ、ネクタイを外すために首元に手を当てた時、ホテルと彼女の件が気になって仕方がなく、すぐに誠の寝室へ移動した。
「あのさ……!」
ドアを開けると、ちょうど誠もネクタイを外しているところで、
「どうした?」
驚いた様子で振り返った。
ズカズカと誠に近づいた晃大は、彼のネクタイを外し、ボタンに手をかけ、上から一つずつ、急いで外していった。
「何で? 何してるんだ?」
誠はされるがままになっていたが、最後のボタンを外され、肩からぐいっとシャツを剥がされそうになった時は、さすがにその手を止めた。
晃大の顔が何となく、ふくれているように見える。
「待って、待って。どうして怒ってるんだ?」
「怒ってないよ、ただ、確かめたいだけ」
「何を?」
「キスマーク」
「……え?」
いきなり出てきた単語に、誠は驚き、目を丸くした。
「だって、昨日ホテルに女の人と入っていったところを、見たって人がいて……。だからもしかしたら、誠が誘惑されたんじゃないかって……」
「職場の同僚とホテルには行ったけど、あれは、仕事関係の懇談会の会場がホテルだっただけだよ。ガーデンプラザって、知ってるだろ? 職場の近くの」
「……そ、そうなの? キスマークついてない?」
「探してみる? でも無かったら、どうする? 疑いの代償は重いよ?」
「わ、分かってるよ。無かったらちゃんと償う」
潔白だと信じてはいるが、やはりこの目でみないと納得が出来ないし落ち着かない。
「だったら、ほら、見て」
誠が自らシャツを脱ぐと、すぐにその体の隅々をぐるりとチェックしていった。
当然、キスマークなどは見つからずほっとしたが、次の瞬間には青ざめて、誠の前に速攻で土下座した。
「ごめん、不安だったんだ……! だって、誠はいつ誘惑されてもおかしくないから……」
これには誠も、ため息混じりで反論した。
「だったら、晃大だって、俺がいない間に、キスマークをつけてるかもしれないだろ?」
「ないよ。だって僕は誠だけしか触れられないし、他の人に興味ないから」
「口は、いくらでも嘘をつけるからな」
「ひどいよ……そんなつもりじゃなかったんだ、ほんとうに心配で……」
誠はそれから、ほとんど泣きそうな晃大を抱き締め、悲しそうに呟いた。
「疑われるって、辛いだろ……?」
「うん……ごめん」
立ち上がった晃大は、ベッドに座った誠に見上げられ、申し訳なさそうにうつむく。
その頬を引き寄せて、誠は軽くキスをした。
「さ、着替えてご飯にしよ? 俺もこのままじゃ風邪引きそう」
「そうだった! 早く服着よ!」
急いでゲストルームに引き返した晃大に、誠はほっと息をついた。
いつも唐突で、勢いのまま進み、真っ直ぐに向かい合う。
言ってることはいつもめちゃくちゃだが、憎めないのだ。
それからずっと、
「離れたくない」
そう言って、誠の無実が分かり不安が消えた晃大は、食事中も風呂上がりも、彼にくっつき過ごした。
誠がソファに座れば、彼に甘えて、軽く不満を漏らす。
「この部屋で、一人でご飯作って食べるの寂しかった。寝るのも一人だし、朝の出勤も一人だし。ずっと笑えてなかったんだよ。会社に行って作り笑いだけどやっと笑えたんだ。一人はやだよ」
「俺は懇談会や実家で逆に人疲れしたな。晃大とこうしてゆっくりできるのが一番幸せ」
「そっか……誠も大変だったんだよね……」
「そうだよ。やっと会えたと思ったら、脱がされて身体中調べられるし」
笑いながら、誠が晃大の肩を抱き寄せる。
「そろそろベッドに移動しようか?」
「うん。あ、寝室の暖房と加湿器つけとくね」
「ありがとう。こっちを片付けたら、すぐに行くから」
誠がいるだけで気持ちが楽になる。
上機嫌のまま、踊るように寝室へ入る晃大は、昨日とは表情がまるで違っていた。
ベッドの上で、軽いストレッチをしている晃大の隣で、誠も同じように体を動かす。
晃大が脇腹を伸ばそうと誠の腕をひっぱると、反動でゴロンと転がった。
ふざけてうつ伏せになったところを、誠がすかさず上に乗り、動けないように後ろから抱きしめると、
「ギブ!ギブ!」
たまらず手足をバタつかせた。
それでも誠は、笑いながら離さず、晃大が抵抗をやめて動かなくなると、耳のあたりを唇で優しく触れる。
唇が耳を責める度、くすぐったいような気持ちがいいような、不思議な感覚で、誠にされるがままになった。
誠が不意に唇を離し起き上がると、不思議に思った晃大も体を起こした。
「どうしたの……?」
「あの、キスマークの件、俺が無実だったらなんでも言うこと聞くって約束。どうしようかなと思って」
「待って、罪は償うって言ったけど、なんでもとは言ってない……!」
「そうだよな。じゃあ、もう寝るか。おやすみ」
誠が素っ気なく、ゴソゴソと自分のベッドへ移動し布団を被ると、置いてけぼりの晃大も仕方なく自分のスペースに戻った。
布団の中でこのまま眠るのは何か寂しい気がして誠のほうを向くが、彼は背中をむけて寝ている。
沈黙に耐えられなくなった晃大が誠の肩を叩き、ぼそっと尋ねた。
「もしかして、拗ねてる?」
「うん」
「なんでもは無理だけど、出来ることはするから」
「ほんと?」
パッと起き上がった誠は、ベッドの上にあぐらをかき、
「この前から、俺が誘惑されるって騒ぐけど、晃大の思う誘惑ってどんなの? 俺を誘惑してみてよ」
何を言うのかと思えば、そんなことを至極真面目な顔でいってくる。
「……何それ。誘惑なんかしたことないから分からないよ」
「そうだよね、じゃあ、おやすみ」
「待って! わ、分かったよ。やってみる……」
そうは言ったものの、どうしたらいいのだろう……。
誘惑の順番も、最後はどこでどう終わればいいのかも、よく知らない。
晃大は、今まで見てきた様々な映像を脳内で検索し、とりあえずはその見たことのあるシーンの真似をしてみようと考えた。
「誠、もうちょっとこっち来て?」
手招きをし、ベッドの中央あたりに座り直してもらい、その正面に座ってみる。
「いくよ?」
「うん」
誠の肩に両手を添えて、キスをしようとするが届きにくく、やむなく膝で立ち、上方から彼の唇に触れた。
そっと唇を引くと、誠が唇の間から舌を出してきた。
以前、晃大自身がしていた行為の真似をしているらしい。
その舌先を少しだけ舐めた後、無理に口の中へ舌を入れた。
思い切り入れたために誠の舌とぶつかるが、それを合図にお互いが絡み合っていった。
激しくなるにつれて、誠が晃大の腰を抱き、さらに深く触れ合おうとしてくる。
今までは誠のほうが積極的で、晃大はそれに任せ、溶けるような感覚に浸っていればよかったが、逆の立場になると焦ってしまい、次に何をすればいいのか分からなくなってしまう。
徐々に緩やかなキスになり、最後は晃大が唇を離し、
「次は、どこをどうやって誘惑したらいいのかな……」
と、誠に聞いてしまい、結局、誘惑の誘導をお願いすることになってしまった。
誠は晃大の背中をゆっくり撫でた。
「背中は、まだ触れてないよね?」
「そういえば、まだだね」
「いい?」
頷いた晃大の、パジャマのボタンを外していきながら、誠は、
「さっきのキス、頑張ってくれて嬉しかった」
額を付けて、優しい声で感謝をする。
「よかった……?」
「最高だった」
嬉しそうにはにかみ、上半身を露にした晃大は、今度は誠のボタンを上から外していく。
最後まで外すと、パジャマを剥ぎ取り、誠に抱きついた。
勢いで後ろに転倒した彼の胸に顔を埋めて、
「まだ触れられない時、ここに、こうして触る練習してたな……。すごく緊張して、少しだけ触れたら満足してた。次の日も、触れられると思うと元気でたんだ」
言いながら、懐かしそうに目を細める。
「そうだったな。初めは恐る恐る触れて、慣れてきたら肌に長く触れられるようになって……」
晃大は、誠に髪を撫でられながら聞いていたが、はっとして起き上がった。
「もしかして、起きてた!?」
「……実は、心配もあって、初めからずっと起きてたんだ」
「なんだよ、もー」
真っ赤になり、頭を抱え、足で誠の脚を押すように蹴る。
「ごめん、ごめん。でも無事に触れられるようになっただろ?」
謝りながら、ふくれて背を向けた晃大の、その背中を包むように誠が抱きしめた。肌と肌が触れて温もりが伝わると、彼も落ち着いていった。
「始めてみる?」
「……うん」
うつ伏せになった晃大の上に、誠がゆっくりと乗る。
薄暗いダウンライトの下に浮かび上がる、そのやわらかな肌の上に、誠の唇がそっと触れた。
首のあたりを舌と唇が交互に吸着しながら移り、肩の下の窪みにくると音を立ててキスを何度も繰り返していく。
誠の吐息混じりのその唇が、背筋に沿って這うように動く度に、晃大はゾクゾクしてしまい、気持ちを抑えきれなくなる。
背中の真ん中あたりに触れられた時は、
「あ……」
思わず声を漏らしてしまった。
うっすらと火照った晃大は、その刺激に耐えられず反り返り、恥ずかしそうに、口を尖らせた。
「もしかして……こうなるの知ってた?」
「どうだろう? じゃあ、次は晃大だよ……」
その言葉に頷いた晃大は、誠の首筋から鎖骨の辺りにやんわりとキスをして、彼の肌の感触と温かさを確かめる。
首筋に舌を這わせると、
「ん……」
誠が小さく声を発した。
晃大を抱いている腕にも少し力が入り、感じているのが分かる。
反対側の耳元を唇だけで数回つまむと、より強く抱き返され、触れているだけで、共に心地よさを味わえるのが不思議に思えた。
そして、時折彼の口から漏れる、吐息。
触れているからこそ、この声を聴くことが出来る。
いつも冷静で、取り乱すことのない誠が、晃大が触れている間は、秘めた欲望をさらけ出す。
誰も知らない誠を、彼自身でさえ知らない彼を、知ることができる喜び。
腕の中の彼は、はっきりと求めてくる。
晃大に触れられることを、至上の喜びとして受け入れてくれている。
髪や耳や首筋、瞼や頬や額、誠のその全てを独り占めしたい。
「……背中も、いい?」
スッと離された唇に余韻を感じながら、誠は黙って頷いた。
晃大が腹から降りたのと入れ違いに、うつ伏せになる。
今度は這うように背に乗った晃大は、腰の一番下あたりにキスをした。
少しだけ誠の体に緊張が走り、それを確かめた晃大が、すぐ外側にむけて舌を這わせて舐め上げる。
「ん……」
たまらず身を捩った誠が、自身の背中に手を回し、晃大の手を求めた。
すぐに指を絡ませ手を握ると、晃大は今度はその反対側の肌も愛撫する。
誠の声が漏れれば、晃大の体も同じように反応して、興奮を覚えた。
晃大がされて一番感じた同じところで、誠も同じような反応をする。
そこを丁寧に舌で舐めると、気持ち良さそうに誠の体が反っていった。
いよいよ首筋に唇が触れると、悦びに浸っていた誠の力が抜けた。
うつ伏せて横を向く誠の喉仏の辺りに、無理にキスをしようと晃大が顔を埋めてくる。
すると、誠の口元に笑みが浮かんだ。
鼻先に晃大の髪がかかり、良い香りがし、それから生暖かい息も感じる。
顔を上げた晃大が、誠の背から降りて隣に添い寝し、入れ替わりに起き上がった誠は、尽くしてくれた恋人をいたわるように抱きしめた。
腕の中の晃大はほっとしたのか、胸に顔を埋めたまま、誠に抱きしめられている感触だけを味わっている。
晃大の髪を撫でていた誠が、伏せている彼の顎を持ち上げて穏やかなキスをした。
そして二人はそのまま眠った。
決して離れないように肌と肌をぴたりと密着させて、朝を迎えるまできっとこのままだ。
途中、不意に目覚めた誠が晃大を抱き直しても、彼が起きることはない。
それは、誠に触れているのが当たり前になっている証だからだ。
ずっと欲しかった温もりが、そこにあった。
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