13 過去の残像

 静かな田舎の山裾にある、大きな寺の中の墓地には、ちらほらと墓参りをする家族連れが見える。

 じっとしていても、蒸し暑さで汗が吹き出すほどで、日陰のない墓地では尚更、夏の日差しは突き刺さすように痛い。

 お盆の時期である今、大和と晃大は、北園家代々の墓の前で手を合わせていた。

 ここの墓には大和の母と、晃大の母が眠っている。

 晃大の母は、離婚時に旧姓に戻したため、北園家で供養されていた。

 線香を焚き、花と水を供える。最後に大和が墓石に上から水をかけて、お参りは無事に終わった。

 義行は、先に手を合わせて、寺の住職に挨拶へ行っている。

 「本堂へ行こうか」

 大和が水桶を持ち、晃大はお参りで使った小物をビニール袋に仕舞い、墓地の中の狭い道をゆっくりと歩いていく。

 晃大は大和の後ろを歩きながら、急にこんなことを聞いてきた。

 「僕の父さんって、どこのお墓に眠ってるのかな……」

 「どうした? いきなり」

 今まで晃大は、父親の墓のことを、大和に尋ねたことは一度もない。

 何の心境の変化かは分からないが、別に秘密にしているわけでもないから、大和は知っている範囲で答えることにした。

 「藤野本家近くの、共同墓地って聞いたな」

 「本家のお墓に入れてもらえなかったの?」

 「そりゃ……本家でも生前からあの人を持て余してたみたいだしな」

 「そうなんだ……」

 晃大は本家の親戚とは今まで一度も会ったことはない。住所も知らないし、知っても仕方がないと思っていた。だから、情報は何も持っていなかったのだ。

 大和は呆れたような口ぶりで話を続けた。

 「仕方がねーよ。自業自得なんだから」

 「母さんは、なんで父さんと結婚したのかな」

 「親父の話だと、叔母さんはあの人と一緒になることを、両家から反対されてたらしい。駆け落ち同然で結婚したって聞いた。お前の父親は、頭がずば抜けて良くて、有名な企業にも入ったんだけど、三男で、両親からの期待が薄かったのを、随分と気にしていたって。本家では長男が一番優遇されてて、自分よりも出来の悪い兄が何で重宝されるんだって気に入らなくて、始終文句言ってたって」

 「どうしてそこまで本家にこだわったんだろう」

 「藤野家は地元の名士なんだよ。そこは長男が継ぐのが当たり前みたいでさ。富と名声が、三男というだけで手に入らないのが、悔しかったんじゃないか? 親父もよくあの人から「成り上がり」って馬鹿にされたって。離婚の時、アキに名前を残すのが、あの人なりの抵抗だったんだろうよ」

 「だから僕の名前は、藤野のままだったんだ……。初めはうまくいってたのかな」

 「さあな……。叔母さんはやさし過ぎたんだよ。時間をかければ、あの人が真っ当になると信じてたんだと思う。けどさ、生まれ持っての性根ってもんもあるだろ? そこが見抜けなかったんじゃないかな」

 「母さんは父さんに優しくしてたのに……好きな人を殴るなんて、僕には考えられない……」

 晃大の覚えている母は、父が仕事から帰ってくるのをにこにこと待つような人で、どれだけ父の機嫌が悪くても、絶対に自分からは文句を言わなかった。一方的に父が母を罵倒し、掴みかかり暴力をふるう、それの繰り返しで、それでも母は父が落ち着くと、にこにこと父を慰めていた。

 晃大は、父が自分にはほとんど無関心なのに、時々頭を撫でて可愛がるそぶりを見せるのが、よく分からなかった。

 しかも、その撫でた手で母を殴り、その後でまた笑いながら晃大の頭を、血のついた手で撫でようとするのは、恐怖でしかなかった。

 次は、自分が殴られるのではないか、触れられるのが怖い、そう思うようになっていった。

 幼い晃大は、毎日繰り返し同じ光景を見る中で、なぜ母が父の暴力を許すのかが全く理解できなかった。

 大和も、「俺だって考えらんねーよ」とため息をつく。

 「あの人が暴力を振るうようになったのは、勤めていた会社を首にされてからだって聞いた。まあ、そんな上から物を言う性格じゃ、会社でもやっていけなかったんだろう。暴力ってのは、結局甘えだ。分かって欲しい、構ってほしい、こんなに自分は可哀想なんだから、相手になんとかしてもらおうと思っている。つまり、自分勝手なんだよ」

 晃大は黙ってしまった。自身の半分が、その勝手な人で出来ていると思うと、切なくなる。

 だが、そんな気持ちを察した大和は、明るく言い放った。

 「でもさ、あんな人でも、一つだけいいところがあったんだぞ」

 「どこ?」

 「あの人がいたから、俺に最高の弟が出来た。だから全てがマイナスなわけじゃなかった。でも、あの人とアキは違う。ただ遺伝子の繋がりだけだ。本当の家族は俺達北園家だからな」

 「大和……ありがとう」

 「うっし。じゃあ、本堂に手を合わせに行くぞ」

 大和の後ろ姿を追うように、晃大がついて行く。

 幼い頃、おぶってもらった記憶は、父親の背中ではなく、大和の背中だ。まだ子供だった大和が、小さい体でおぶってあやしてくれたのを思い出す。

 大きな寺の門をくぐり、砂利の上をゆっくりと二人で歩けば、敷地の周りを囲む大樹に群がる蝉の声が、より大きく響きわたる。

 本堂では、義行と住職が話をしていた。

 二人はそっと中へ入ると、お辞儀をして、そのままご本尊の前で手を合わせた。

 その時、大和が何かむにゃむにゃ言っているのが気になり、拝み終わった後で晃大が聞いた。

 「世界が平和でありますようにって祈ってた。だって世界が平和じゃないと、輸入業の俺らの商売あがったりだからな」

 「大和ってさ、器が大きいのか、小さいのかわかんないね、それ」

 「俺は現実主義なんだよ。アキは何だったんだ」

 「僕は、みんな笑顔で過ごせますようにって。普通だよ」

 「その普通が難しいんだよな」

 「そうだね」

 それから三人は寺を出て、ごく近くの親戚に土産を渡してから家路についた。

 大和から聞いた父の話は、意外にもそれほどショックなものではなかった。昔の記憶の中の罵声に、それらしきセリフがあったからだ。

 父の考えと母の思いは、理解できない部分が沢山あった。

 だが、二人が居ない今、それを追求しても意味はない。

 大切なのは、今ある家族を大切にし、自分を応援してくれる人達に感謝をすることだ。

 晃大は、守られて生きて来られたことを、心から幸せに思う。

 手入れの行き届いた林の参道を抜け、駐車場に着くと、大和が運転席に座った。

 車が風を切り走っている間、誠のことを思っていた。

 帰る先には、変わることを応援してくれる、無二の親友がいる。

 流れる景色の中、誠を思うだけで、この世界の全てが輝いて見えるのだった。



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