終幕 「ファースト・ドリーム」
「やり直したいことがあるんです」
糺の言葉に、狼森がきょとんとする。色麻も遊佐も、いきなり何を言い出すんだという表情で糺を見つめた。
「やりきれなかったことがあるんです。何にも覚えてないけど、何にもわかんないけど、絶対に私はそう思ってたはずなんです」
日記に書いてあったことは、きっと全部本心だろうから。
「――全国に、行きたいんです。負けたくないんです。勝ち続けて、勝ち残りたいんです」
あんな経験など、もうしたくない。自分が積み重ねてきた全てが崩れ落ちる経験など、もう二度としたくない。勝って、勝って、勝てば、もう――負ける経験など、せずに済む。
卓球が好きだ。この世で一番面白いスポーツだ。
横幅約一.五メートル、縦幅約ニ.七メートルの台の上で、直径四〇ミリの軽い球を打ち合う。時速ニ八〇キロにも到達するそれを、反射と予測で返し続ける。「チェスをしながら百メートル走をするようなスポーツ」とまで言われる極地。
「いいぜ」
色麻がニッと口角を上げて笑った。その表情で、ぶわっと胸の中が何かで埋め尽くされた気がした。きっと狼森も――こういう気持ちだったんだろう。
できなかったことができると思って、その先にあるものが絶対に楽しいものだと思って、卓球に夢を持ったのだろう。
「行ってやろう、全国」
「――はい!!」
【――私は、卓球を続けたい】
* *
「……は?」
遊佐のスマホの画面をスクロールしていた手が止まった。それに気付いた色麻が「ん?」と言って遊佐のスマホをのぞき込んだ。
糺は早速この一週間のサボりを取り戻すかのように練習を始めたし、狼森も前より嬉しそうな顔で糺に横回転の打ち方やドライブのコツを教えている。
画面に表示された文字に、え、と声を漏らす色麻。
『新潟県の県大会 惜しくも三位 鹿又中学校三年糺律』
隣の県の、昨年の県大会の結果である。県大会――個人で? 三位?
団体戦の方には『鹿又中学』の文字がなかったため、そちらは芳しくない結果だったのだろうが――それにしても。
遊佐と色麻が同時に顔をあげれば、糺がバックドライブを教えてもらっているのがわかる。ちなみに普通こんなに早い時期にバックドライブを教えたりはしない。フォアドライブよりも難しさが桁違いであるし、フットワークによる回り込みやバックのツッツキができれば使わなくてもいい技術だ。
「……そりゃ、飲み込みがはえーワケだな……」
遊佐がほぼ独り言のような大きさで言った。
「――じゃあ、あいつはたぶん、もう知ってるんだ」
「あ? 何をだよ」
片眉をあげて問う遊佐に、色麻が心底楽しみそうな表情で返す。
「卓球が、世界で一番おもしれーってことをさ」
ラスト・ボール ミヅハノメ @miduhanome
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