王妃と王

mintchoco

仲の悪い二人のお話


「ーー…か、陛下」

「…なんだ、うるさいな」

「なら、しっかり務めを果たして早く会議を終わらせて下さい」


満面の笑みの王妃と不満げな国王。

この二人が静かに喧嘩をするのは日常茶飯事だ。

それも毎回、王妃が夫に仕事をしろと叱るというものである。


「はぁ…仕事がそんなに大事か」

「勿論です。会議での決定は何十万の民の今後に関わってきますから」

「…そんなに仕事が好きなのならお前がやれば良いだろう」


この会話だけを聞くと仕事をせず遊び呆ける愚王のようだがいつもは違う。

政治に意欲を見出しているわけではないがやる気がないわけでもなく、頭も働くので会議はいつも王が発言をするとその通りになる。

だが時々、気まぐれに仕事を放棄しようとする。

今でもぎりぎり仕事が回っているのだからそんな中決定権を握る王が仕事をしないとなると、重要な案件が滞っていくばかりだ。


「王妃の権限ではできることが限られているのです。今だって陛下にしかできない仕事が山のようにあるのですよ」

「なら王命でお前に全権限を与えればいい」

「ですから代筆ではなく王の直筆のサインでないといけないのです。遊びたいのも分かりますが限度を弁えてください。」


だから貴族達は王と対等に渡り合える唯一の存在である王妃を頼った。

真面目で勤勉な王妃はすぐさま王へ申し立て、それでも直らない王に厳しく言葉を投げかけた。

元々自由奔放な王と几帳面な王妃のそりが合うわけもなく、夫婦の溝は深まっていくばかりだった。


「……」


でもなんだかんだ二人の言い争いは最終的に王妃に王が折れる。

それは王妃の主張の方が正しいのもあるが、王が王妃に後めたさを感じていることもあるだろう。


“王妃の背中には大きな傷がある“


“あまりに大きい傷に王は王妃に食指が動かないらしい“


二年前のあの件・・・以来そんな噂が巷で流れるようになった。

勿論国民のほとんどは二人の見事すぎる演技のお陰で『国王夫妻は愛し合っている』と疑わないが、それを信じ始める者が増えつつある事もまた事実だ。


なぜなら結婚から三年が経つ二人だが一向に後継者がいなからである。


子供がいないわけではない。

今から約一年前ーー突然王が王妃の部屋を訪れた。

後から聞くと王は酷く酔っ払っていたそうで、その時の記憶は一切なかった。

だが今まで決して王妃のもとへ行こうとしなかった王だったのでその知らせに貴族達は安堵した。

それだけでなく王妃は妊娠し美しい王女を産んだので、当時の貴族達は喜んだ。


この調子だと次なる王の誕生も望めそうだーーと。


けれど王が王妃の元を訪ねたのは後にも先にもそれっきりで、むしろ今ではその出来事が二人の仲を一層引き裂いたのではないかとも言われている。


……王が勝手なことをしたあの日ーー王妃は他人の前で初めて涙を流したそうだ。

その根源にあるのがどのような感情かは王妃にしかわからないが、それ以降王妃は王を夜会などの大事な場面以外で避けるようになったという。

王妃が王に甲斐甲斐しく話しかけることでかろうじて保たれていた二人の仲は、いとも簡単に崩れ落ちた。


そういえば王の女性関係が一気にだらしなくなったのもその頃だ。

それで王の風評に傷がつく事を気にした王妃の、王の身辺に対する注意の回数は増えていった。

そうすれば必然的に喧嘩は増え仲は険悪になっていく。


「これにて会議を閉会します」


渋々といった感じで一仕事した王は姿勢を崩し、だらしなく椅子に腰掛ける。

それを見兼ねた王妃はまた口を開こうとしたが、会議室の入り口にこちらを見つめる彼女の姿を見つけると、小さく溜息をつきもう一つの扉から出ていった。


「陛下ぁ!!」

「…マリアンヌ」


彼女は小さすぎる歩幅で王にちまちま走り寄ると抱きついた。

二人は夜会で出会ったらしく、彼女は昔は栄華を誇ったが今では落ちぶれたクロムス侯爵家の令嬢だ。

あからさますぎる媚で言い寄ってきた彼女だが、どうやら王は何かがお気に召したらしい。

今まで妖艶な美女に周りを囲ませていたのが、彼女のようなあざとい女性に興味を持つようになった。

中でも彼女はお気に入りらしくこうして王城内を好きにさせている。


「陛下っこっちを見てくださいっ!」


確かに顔は良いし愛嬌があるので気に入られる理由は分からなくもない。

王妃にあれだけきつく当たられたら、どちらかというと王妃のような色気のある女性よりも可愛くて癒しがある方を求めたくなるだろう。

だが、それにしても彼女の待遇は今までのどの女性とも違っていてかなりの特別待遇だ。


「……チッ」

「陛下?どうなさったんですかぁ…?」


かといって今までの女性より彼女が頭一つ抜けているかと言われればそうでもなく、王の彼女に対する愛情ははっきりいってそこまで無いようにも見受けられる。

だからこそ…謎だ。

どうして本来嫌う部類のはずの彼女なのか。

…どうして王の周りには昔のあの方を思い起こさせる女性ばかりが溢れているのか。


「サラだ、今日はいつにも増して煩かった…」

「もうっ陛下!サラさんは陛下のために言ってるんですから聞いてあげないとかわいそうですよぉ?」


そして何よりこの女は皇族である王妃陛下を軽々しくも「サラさん」などと呼ぶ上、憐れむように言ってのける。

王は今まで王妃を悪くいう者をそばに置くことはなかった。

それがたとえお気に入りであっても王妃のことを少しでも悪く言った次の日には城から姿を消していた。

なのに彼女は今も尚王のそばに居続ける。

今までの王は女性を侍らせていても一番興味を持っていたのはあの方だけだったというのに…。


「いつも同じことを言われるのはもう懲り懲りだ」

「もう…ったらぁ!」


その瞬間王の纏う空気が一気に冷たくなった。


「…え、っとアル様?」


それを感じ取ったのか彼女も少し怯えながら話しているようだ。

けれど一向に王の機嫌は治ることを知らずむしろ悪化していく。

それもそうだ、彼女が王を怒らせることになったきっかけに気づいていないのだから。


「黙れ」


低い声で言い放つ王を見て思う。

やっぱり心はずっとあの方の所にあるじゃあないか、このと。

幼い頃の約束を大事にして、その愛称を気に入った女にも呼ばせないとしたらそれはもう溺愛だ。

それに気に入った女といえどあの方には叶わない。

王の心はずっとあの方にあり、今も尚その愛とやらは収まることを知らないのだから。


「どうなさったのですか?もしや体調が…「 キャアァッ!!」


足早に部屋を出て行こうとする王に追い縋るように彼女が手を伸ばした時、そう遠くない場所から悲鳴が聞こえてきた。

ああ、ついにこうなってしまったのかと思う。


「陛下っ大変ですっ!」

「…何事だ?」

「王妃殿下がお倒れにっ…!!」


その言葉を聞くなり顔色を変えた王は一目散に扉へ向かう。


「陛下ぁ…サラさんの所になんて行かないでぇ…!」

「どけ」

「あ、れ…?陛下……?」


目の前を遮るように立ち塞がった彼女を、王は目もくれず押し退けると部屋から飛び出していった。

その様子にあからさまに戸惑う彼女が酷く滑稽に見える。

彼女は自分が王の一番だという自信があったのだと思う。

確かに彼女をそばに置くようになってからの陛下はそう受けとられるような言動をしたことがあったので、彼女は図々しくもつけあがっていった。

半年ほど前までは彼女が側妃になるのではないかという考え方をする者も出てきてほどだ。

まあ今ではそのようなことを言う者はいなくなったのだが、彼女はそのことを知らないのだと思う。


正直な所、側妃にはしない、今だけの女だと王に言われたことを知らないのは、彼女自身と王妃ぐらいであろう。

仕方ないことだとは思うが王妃は王の話をされることを酷く嫌うようで、そういう出来事があったことを知らない王妃もまた、将来の側妃として彼女の無茶苦茶な言動を見逃している面もある。

それがまた、王が拗らせてくことに繋がるのだがーー。


けれどあんなにも必死に王妃の元へ駆けつけた王を見て思う。

夫婦が仲を取り戻すのは近いのではないかーーと。




王妃が倒れた原因は過労によるものだった。

自身の公務だけでなく、王の公務も自分ができる限りのものを行っていたのだ。

ところがそれでも王が公務に取り組もうとしないので、絶対に王がやらなくてはいけないものを除いて、王の仕事は王妃に回っていたのだとか。

王はそれを知らなかったらしく王妃の眠る寝台の傍で暫し狼狽えていたが、王妃が倒れた翌日から真面目に公務に取り組むようになった。

しばらくして王妃が回復した後も仕事を放棄することはなかったので、貴族全員が喜んだのはいうまでもない。

そして例の彼女はというといつの間にか城から姿を消していて、行方を 知る者はいないそうだ。


王のあまりの変わりように戸惑う様子を見せていた王妃だが、自分の公務だけをする生活に慣れてきたのか、親しい貴婦人と談笑する姿が見られるようになった。

人望の高い王妃なのでお茶会を開けば大勢の人で溢れかえり、あっという間に周りを囲まれてしまう。

驚きながらも楽しげに会話をしている王妃だが、一人が姿を現すと周りを囲んでいた者は一歩下がり王妃の隣には隙間が生まれる。


王妃を抱え上げるとさっさと引き返そうとするので王妃は慌てるが、周りはそれを微笑ましく見守っている。

本人は周りの様子など目に入っていないらしく、その視線の先にあるのは彼の妻だけだった。


見せつけるかのように額に口づけると顔をみるみる赤らめさせた王妃に周囲の生暖かい視線が注がれる。

その犯人は他の人間に可愛らしい王妃の姿を見せたことを後悔しているらしく、彼女の顔を自分の胸に抱き込むと今度こそ部屋に入ってった。



その頃の民の様子はというと次々と訪れる王子や王女の誕生の知らせのたびに喝采を上げ、時折お忍びで城下にやってくる国王夫妻を影から観察しては、仲睦まじい様子に心を踊らせた。


そして数年後ーー国王夫妻が打ち出した数多の政策は各方面で成功を収め、サイロンディはあっという間に世界から富裕国と言われるようになった。

国民の暮らしはますます豊かになり、素晴らしい君主として他の国では類を見ないほど国民の絶大的な支持を誇っていた。


ところで当の本人たちはというと───主に王が周りに 引かれるほど王妃を溺愛し、王妃もまたその愛を嬉しそうに受け止めて返していたのだとか。

互いの気持ちが交わるまでかなりの時間を要したからこそ二人は常に相手を想い、そしてそれはその先何十年も続いていくことになる。



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王妃と王 mintchoco @keo4409

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