第219話 残る傷

「……紬、学校行ってないの?」


 事情聴取を終えて帰宅した実鈴は、驚いて声を上げた。紬が、パジャマのままソファに座っていたからだ。


「……うん。なんか、行く気にならなくて」


「その感じ、ご飯も食べてないでしょ! 体悪くするよ!?」


 バッグを放り出した実鈴は、紬に駆け寄った。紬の顔色は悪く、頬が少しコケていて、まるで病人のようだ。


「……わかんない。何も、する気が起きないんだ」


「紬……っ」


 実鈴は、紬を強く抱き締めた。


 自分は、相賀達のおかげで少し立ち直れている。しかし、紬を励ますことは、実鈴にはできない。


(ごめん……ごめんね紬……!)


 こんな状態の紬に、どうして、大空が逮捕されたと言えるか。


 どうしたら、良いのだろう。どうしたら、紬を元気づけることができるのだろう。


 どうすれば良いのかわからず、実鈴は、ただ紬を抱きしめた。



「…………」


 翼の視線の先には、テレビ。その画面には、レオンが主演のドラマが流れていた。数年前のドラマのDVDだ。


『お前は何もわかってない! あの子がどんな気持ちなのか……どれだけ苦しんでいるか……わかってないだろ!!』


 表情、仕草、感情の乗せ方。翼には、その全てが完璧に思えた。それだけでは無い。キャラの心情をしっかり分析し、それを完全に自分のモノにしてから演技をする。だからこそ、魅せられたのだろう。このドラマは、翼が芸能界を志したきっかけだ。


 自分は、どうすれば良いのだろう。今まで、レオンを目標にして演技を磨いてきた。いつか、芸能界に復帰したレオンと共演するのを夢見て、今まで頑張ってきたのに。


 そのレオンは、もうこの世にはいない。


(……僕の夢、無くなっちゃったな……)


 翼はただ、テレビを見つめていた。



 五島警部は取調室にいた。正面に座っているのは、伊月だ。


「まとめると、君は、プラネットの社長である大沢佳月の息子で、幼い頃から訓練を受けていた。そして、星の丘中学校に転校してきたのは任務のためだった、と?」


「そうだ」


「君と血の繋がっている家族は、大沢佳月、那月、雨月、初月でいいのか?」


「もう一人、まだ二歳ほどだが紗月さつきという女のガキがいる。オレが把握している限りではその五人だ」


 逮捕された伊月は、驚くほど抵抗を見せなかった。取り調べても黙秘することはなく、訊かれたことに淡々と答えていく。


 まるで、ロボットのように。



「彼のおかげで、組織の全貌が見えてきた。あとは組織のボス、大沢佳月を逮捕することができたら、この事件は一旦は終わるだろう」


『……そうですね』


 伊月の取り調べを終えた五島警部は、実鈴と電話をしていた。


「ちなみに大沢伊月の処分だが、厄介だな」


『彼は、殺人を犯していますからね』


「しかも、高山レオンさん達だけでなく、部下も何人か、という話だ。自首してきたということは、もう犯罪に手を染める気はないのかもしれないが、情状酌量はあまり期待できんな」


『彼は幼い頃から訓練を受けてきましたから。そこが認められれば、少しは汲んでもらえるかもしれません』


 実鈴の声に、温度がない。


「ううむ……まあ、掛け合ってみるよ。しかし、やはり大沢佳月から事情を聞かないとな。他の幹部達は全く口を割らないし、大沢伊月だけが情報源という状況だからな」


『そうですね……』


「…………」

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