第217話 前を見ろ

「そうだとしても!」


 相賀は初めて声を荒らげた。


「お前達が良くても、俺が、自分を許せないんだよ! お前達にずっと黙ってたのは事実だろ!? こんなことになるんなら……最初から、瑠奈を誘うべきじゃなかったんだ……!」


「バカなこと言わないで!!」


 相賀の胸ぐらをつかんだ瑠奈は、激しく揺さぶった。


「私は、怪盗になってよかったって思ってる! 黙ってたことはどうでもいいよ! こんなことになったからこそ、仲間が必要なんじゃないの!? こんなの一人で背負えるわけない!」


「背負えてる! 瑠奈達の助けはいらない!」


「じゃあなんで! そんな顔、してるの……?」


 ハッと息を飲んだ相賀の表情は、今にも壊れてしまいそうで。光のない目には、薄い膜が張っていた。


「相賀の、本心を聞かせてよ……! 今までのは全部、私達から離れるための建前でしょ!? 相賀が本当に思ってることを話してよ!」


「……そしたら俺は……皆から、離れられない。俺は、もう、独りぼっちになりたくない……皆と、一緒にいたい……!」


 あの、悪夢のように。


 皆が自分から離れていくことが、何よりも怖かった。だから、離れられる前に、自分から離れようとした、のに。


 逃げようとする気が、全く起きない。


「……じゃあ、それでいいじゃない」


 瑠奈の顔に、初めて笑顔が浮かんだ。


「誰も、相賀のせいだなんて思ってない。相賀にいなくなって欲しいなんて、思う人はいない。一緒にいよう、相賀」


 しかし、相賀の表情は厳しい。


「……いいのかよ? 俺はあの、大沢佳月の、息子なんだぞ」


 その事実を受け止められなさそうに、苦しげな声でそう言う。


「どうでもいいよ、そんなこと。相賀が誰と血が繋がってるかなんて、相賀であることに関係ないもん」


「……お前がそんなこと言っちゃうから、俺、ここから離れられないんだよ」


 相賀は泣き笑いのような顔をしていた。


「皆に迷惑かけたくないし、ここから離れなきゃいけないって、頭ではわかってんだよ。でも……」


 瑠奈の、皆の笑顔が、脳裏をよぎる。


「俺は、ここにいる時が一番落ち着くんだ。だから、この場所を、皆を守りたい」


 だから、星の丘を離れようとしたのだ。きっと組織――大沢佳月は、相賀を追ってくるだろうから。


「相賀」


 瑠奈が、優しい声で名前を呼ぶ。


「私達も、それを願ってる。そんな私達だから、何が相手でも、負けないんだよ」


 相賀は、何も言わない。


「相賀は今までずっと、私達を守るために動いてくれた。嫌われるって思ったのも理由だけど、その秘密を知ったら、私達もただじゃ済まないって思ったんでしょ?」


 当たり。


 スパイの息子だからという理由で翔太を殺そうとする奴らだ。嫌われたくないという気持ちが勝っていたが、自分のせいで周りに危害が加わることはどうしても避けたかった。


 翔太がさっき言った『前を見ろ』という言葉。


 相賀が抗うのをやめたわけではないのはわかっていただろう。だが、全部一人で背負い込んで、仲間を頼ろうとしなかった相賀に、気づかせようとしたのだろう。


 背中を向けているから気づけない。前を見れば、ちゃんと、手を差し伸べている仲間がいるのだと。たった一人で抗うことなんて、できないとわかっているから。


 自分達も抗うと、決めているから。

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