第67話 怒濤の夜襲戦

「え? 敵が追いかけてきた? なんで?」


 僕は思わず困惑こんわくしてしまった。

 南方向、レナンディ側へ視線を向けると、確かに闇が降りた草原に無数の松明たいまつあかりが見える。

 エクウスもワケがわからないといった様子で呟いた。


夜営やえいのために陣を後退させただけなんですが……」


 ただ、敵が攻めてくる現実が目の前にある。

 僕は自分自身も含めてみんなの意識を切り替えるために、あえて、大きな声で指示を出した。


「状況がイマイチつかめないけど、敵が攻めてくる以上、ボーッとはしてられないよ! 全軍武器と携帯食料だけ持って移動開始!」


 ◇◆◇


「突っ込めーっ!!」


 《革命軍》の大軍のうち、サーリア率いる部隊が、他の部隊よりも頭一つ抜き出て先頭を走っている。

 さらに、クラッド、ラテースの部隊が続き、残りのカフィーラ、キース、ストレアも負けじと追いつこうとしていた。

 だが、そんな中、ファラード率いる部隊だけが一歩遅れている。


「敵陣はあそこだ! 夜だからわかりやすいぞ!」


 クラッドが手にした槍で前方を指し示す。

 そこには、いくつもの灯りが立てられた《セネリアル州軍》の陣が見えた。

 息を呑んで待ち構えているのだろうか、相手に動きは見られない。

 ストレアが、少し弧を描くようにして《セネリアル州軍》本陣の側面を突こうと進軍の速度を上げる。


「このまま他のみんなの部隊とタイミングをあわせて突っ込むよ!」

「「「おおおーっっ!」」」


 夜の闇の中に喊声があがり、《革命軍》は一斉に敵陣へと突っ込んだ。

 だが、そこにあった陣はもぬけの殻だった。


「──って、あれ?」


 あちこちから指揮官や兵士の困惑の声が上がる。

 そして、それらの声を掻き消すように、上空の夜空から羽音とともに無数の矢が降ってきた。


「うあああああっっ! 敵襲だぁぁっ!」


 ◇◆◇


「敵襲だ──って、襲ってきたのはそっちだろうに」


 《風霊術ふうれいじゅつ》の《風の声》の力で《革命軍》の混乱ぶりを確認しながら、僕は呆れたように呟いた。

 隣ではエクウスが、弓兵隊や弓を構えた騎士たちへ次々と指示を出していく。


「続けて第二射発射! 夜だから無理に狙わなくていいよ、陣の灯りめがけて《革命軍》を東の方向へ押し込むように矢を撃ち込んで!」


 突進してくる敵軍を、素直に陣で待ち受けている義理はない。

 僕たち《セネリアル州軍》は陣をそのまま残したまま、兵士だけを西へと動かし、《革命軍》がからの陣に突っ込んできたタイミングで矢による遠隔攻撃を喰らわせたのだ。


「射て、射て、射てーっ!」


 エクウスの叫びとともにゴウッと音を立てて飛んでいく大量の矢。

 いったんはこちらへと動きをみせた《革命軍》だったが闇の中から飛来する矢の圧に屈したのか、矢の射程外、東の方向へ移動していく。


「でも、残念。完全にこちらの思惑通りなんだよね」


 《革命軍》の部隊が移動していく陣の東側には灌木かんぼく──背の低い樹木の群生地が広がっていたのだ。

 エクウスが自らも火矢を弓につがえて、一部の弓兵たちに指示を出す。


「火矢を放てっ!」


 その掛け声とともに、いくつもの火矢が流星のように敵の頭上へと飛んでいく。

 続けて第二射、第三射と火矢が撃ち込まれ、四射目の準備が終わったとき、《革命軍》が陣形を立て直そうとしている場所に広大な炎が巻き起こる。


「毎回、火に頼ってばかりでアレだけど、効果的なんだからしかたないよね」


 僕はそう呟きつつ《風霊術》を発動させ、燃え上がる炎をさらに風で煽り、こちらの矢を遠くまで運ばせる。

 さらにはメイリス将軍やフラーシャ、フラン率いる騎馬隊が、それぞれ三方向から炎の外の敵へと突っ込んでいく。

 そして、それがトドメの一刺しになった。


「うああっ、ダメだ、逃げろー!」


 混乱に陥った《革命軍》は一挙に崩壊した。

 指揮系統が乱れたのか、最前線たちの兵士たちは炎の中にとどまって、僕たちの軍を迎え撃つ一方、後方の兵たちは、さんみだしてバラバラに逃げ出す始末。

 その様子を確認した僕は北方向へと兵を動かす。


「このまま迂回して、主力で敵の右翼を北から攻撃する!」


 作戦はみごとに的中した。

 夜の闇の中、しかも混乱している状況で、僕たち主力の動きは完全に相手の虚を突くことができたのだ。

 最後まで抵抗していた敵兵も心が折れたのか、次々と離脱していく。


「よし、この戦いはここまで! 陣形を再編して、新しい陣を構築するよ」


 僕はエクウスやメイリス将軍たちに指示を出して、すばやく軍隊を再編していく。

 一部の部隊──フラーシャやフランが突出しかけたが《風の声》で叱りつけて戻らせる、いや、戻らせようとしたとき。


 ──背中に悪寒が走った。


「ヤバイ! 後ろだっ!」


 風を巡らせて周囲の気配を探った僕は、戦場を大きく迂回して後方から突っ込んでくる小部隊の存在を感知した。

 やっぱり夜戦は怖い──などと言っている場合ではない。


「エクウス、メイリス将軍、ここは任せました! 僕は後ろに向かいます!」


 そう言って返事を待たずに後方へと馬を走らせる僕。

 後ろには補給部隊の他、プリーシアたち非戦闘要員がいる。

 少数の兵とはいえ、突入されては最悪の事態を招きかねない。


 ◇◆◇


「どうやら、敵はバカじゃないらしいな」


 仮面をつけた金髪の少年が剣を抜いて夜の闇の中を疾走している。

 続くのは数騎、敵の後方を攪乱かくらんし、味方の逃走を助けるのが目的だった。


「残念だけど、ローザの出番はなさそうだな」


 《王都トルネリア》からの援軍が、指揮官たちの暴走で無茶な夜戦へと突入するのを見たローザ将軍は舌打ちを隠そうともせず、部屋から出るなり部下の指揮官たちを集めて出陣を命じていた。

 そして、間を置かずに、先行する《王都》からの援軍の後詰めとして進発していたのだ。


「《セネリアル州軍》が、あのまま追撃を続けていたら、ローザの軍に粉砕されていただろうにな」


 この前の戦いでは後れを取ったが、正面からぶつかれば兵力の差があるし、《革命軍》を《セネリアル州軍》が打ち破るのは不可能だろう。


「さて、オレたちもここまでかな、これ以上深入りしたら危険だ。敵の動きも止まったし、やることはやっただろ」


 仮面の少年はそう呟くと、こちらへ向かって単騎で駆けてきた少女に笑みを見せる。

 その姿を見た少女は、一瞬怪訝そうな表情を浮かべたあと、何かに気づいたかのように呆然と剣を下げてしまう。

 仮面の少年も、一瞬、不思議そうに口元が動かしたが、さらに少女の後ろから少年を先頭に複数の騎士たちが駆けてきたことに気づいて、慌てて馬首を巡らせた。


「アブナイ、アブナイ。ここでオレが掴まったら本末転倒ってヤツだよな」


 ◇◆◇


 こうして、一連の夜襲戦は幕を閉じた。

 降伏した兵や逃亡兵も含めて、《王都トルネリア》からの援軍部隊は多大な被害を受ける結果となる。

 だが、援軍を助けるために出陣してきたローザ将軍を中心に、バラバラになった軍隊を再構築することに成功し、《セネリアル州軍》の追撃をかろうじて防ぐことはできた。

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