第66話 戦争と戦争ごっこ

 勝利の余勢よせいを駆って、僕たちは北領ほくりょう中央都市《レナンディ》まで半日の距離の地点へと進軍していた。


「この前進は《レナンディ》を攻撃するためじゃなくて、集結しようとする《革命軍》を牽制けんせいする意味合いもあるんだ」


 その僕の説明に、みんなはそれぞれの反応を示す。

 メモを取る手を止めてドラックァが手を挙げる。

 《王国の忘れ形見》の中で年少組に近い扱いだったドラックァも、最近では参謀さんぼうたちの中に加わって存在感を見せつつあった。


「それって《革命軍》の集結を阻止するってこと?」

「そう」


 僕は短くうなずく。

 最終的に《革命軍》の大軍勢と雌雄しゆうけっする時は必ず来る。

 でも、その時に向けて、《革命軍》の決戦兵力の増強は、できるだけ抑えておきたい。

 そのため、僕たち《セネリアル州軍》が、こうやって《革命軍》から手の届く位置で存在をアピールすることで、敵の援軍が集結しようとするのを躊躇ためらわせたり、逆に、けしようと連携無しで突っ込んでくるように挑発ちょうはつする意味もあるのだ。


「一番理想的なのは、敵の援軍たちが勝手に暴走してくれて各個撃破かっこげきはに持ち込める流れなんだけどね」


 でも、そう簡単にはいかないよね、と僕が肩をすくめると、周囲に笑いが弾けた。

 僕に次ぐ副司令官的な存在に収まりつつあるエクウスが、いくつかの報告書に目を落としている。


「僕たちの他にも《反革命軍勢力》が立ち上がり始めてるみたいですね。ジェントフォンヌ伯爵夫人はくしゃくふじん筆頭ひっとうに、いくつかの軍団が敵の後方で暴れてくれているみたいです」

「ありがたいよね」


 今、僕たちが《革命軍》主力と対峙たいじしている中、後方を攪乱かくらんしてくれるだけでも感謝してもしきれないくらいなのに、敵兵力を削り取ってくれているのだ。これはもう足を向けて寝られないレベル。


「しかも、南領なんりょうの残存勢力──元《宰相派王国軍》の生き残りが思ってたよりも活発に活動してくれている。もっとも、その分、苛烈かれつ報復ほうふくも呼び込んでいるみたいだけど、《革命軍》の南領軍が合流しないうちに、北領軍はなんとかしちゃいたいよね」


 戦略の基本は各個撃破──あらためてみんなにそう言い含めてから、何度目かの作戦会議を開始する。


 ◇◆◇


 《レナンディ》で半ひきこもり状態だったローザ将軍のもとに《革命会議》からの通達が届いたのは、《王都トルネリア》から増援軍ぞうえんぐん進発しんぱつしたあとだった。

 女将軍が投げやりに差し出した命令書に目を落とす仮面をつけた金髪の少年、その口元が綺麗に歪んだ。


「ローザもオレと同じ一軍団長に降格──って、これ全軍の指揮は誰が取るんだ?」

「みんなでなかよく話し合って決めなさい、ってことみたいよ」


 バッカじゃないの? と天を仰ぐローザの肩に、仮面の少年がそっと手を回す。


「でも、命令には逆らえないんだろ? なんてったって《革命会議》の決定だからな。逆らったら《革命裁判》送りだ」

「テオみたいな目にあうのは絶対にイヤ」


 ローザは少年の手を取り、寝台へと押し倒す。


「まあ、いいわ。援軍の指揮官たちも《革命軍の勇士》の仲間たちだし、そこまでバカじゃないでしょ。私の指示に従って動いてくれれば兵力は兵力、大軍勢で一気に竜宮たつみやのヤツを踏み潰してやるわ」


 ○


「ねぇ、このまま直接《レナンディ》に入るの?」


 《王都トルネリア》から進発した《革命軍》の増援軍は予定より早い進軍速度で《レナンディ》近辺へと到達していた。

 ただ、これは整然とした行軍の結果ではなく、指揮官である《革命軍の勇士》たちが、我先にと進んだ結果で、客観的に見て軍隊としての統制は取れていないといって良い状態だった。

 それでも、夜の行軍はさすがに控えており、就寝前には勇士たちが集まり指揮官会議を開くのが常となっていた。


「そだなー ローザからは絶対に《レナンディ》に入れっていわれてるしな」


 白い派手な甲冑かっちゅうを身につけた少女──カフィーラ・メリスの問いかけに、対照的な黒光りするよろいの少年──クラッド・ミランが緊張感のカケラもない口調で応える。

 この指揮官会議には、このふたりの他に五人の勇士たちが指揮官として派遣されている。

 名前だけを挙げると、キース・ジョータス、サーリア・ウラヌス、ストレア・ティーア、ラテース・キヌラー、ファラード・ミル。

 彼ら彼女ら計七人が、それぞれ数千人の兵士を率いており、それらを合計すると《セネリアル州軍》の総兵力を大きく上回っている。

 キースが人を小馬鹿にするような態度で口を開いた。


「なんか、ローザのヤツ勘違いしてね? なんでリーダーぶって僕たちに命令してきてんのさ」

「だよね、ギリ《革命裁判》回避したっていうのに、上から目線とかムカツクわー」


 サーリアがウザそうに髪の毛を掻き上げつつ同意すると、ストレアとラテースもそれぞれの表現でローザへの不満を口にする。


「っていうか、このまま《レナンディ》に入ったら面倒じゃない? 絶対にローザがいろいろ命令してくるよ」

「あ、それ、ちょーありそう。あいつ戦争向きの異能持ってるからって偉ぶってたじゃん?」


 そんな雰囲気を常識人っぽいファラードが宥める。


「まあまあ、兵力を合流させて大兵力で敵を攻撃するっていうのはわかるから、ローザさん云々はおいておいて《レナンディ》に向かうのは問題ないんじゃない?」


 その言葉に、一瞬顔を見合わせる他の六人の勇士たち。


「ま、それも、そっかー」


 そんな結論に落ち着き、その他にいくつかの打ち合わせを終えて、それぞれ寝床へ帰ろうとしたとき、偵察に出していた斥候兵せっこうへいから急使が届いた。


「指揮官の皆さまにご報告です! 敵──《セネリアル州軍》の本隊が夕刻過ぎに突然後退を開始しました。理由はわかりませんが撤退てったいしていくように見えるとのことです」


 突然の報告に、勇士たちは色めき立った。


「これ、ヤバくね? このまま逃がしちゃったら面倒くさいことになるんじゃ」

「そうだよ、こうなったら私たちだけで追いかけて撃破しちゃおうよ、そもそも私たちだけでも兵力は上なんだから」

「うん、その方がイイよ!」


 自分たちが攻勢に出れば、ローザの軍も追いかけてくるだろうという予測も、彼ら彼女らにとっては気持ちの良い話だった。

 ただ、ひとりファラードが慎重論を唱えたが、他の全員による多数決で押し切られてしまう。


「それじゃ、みんな行くよ! 自分たちの軍を率いて《セネリアル州軍》を追いかける! 」

「おおっ、今度こそ竜宮のヤツをギャフンと言わせてやれ!」

「そうよ! 誰が一番になるか競争よ、絶対に負けられないわ!」


 こうして夜間の総突撃という《トルーナ王国》戦術史上、稀に見る戦いが繰り広げられるのであった──

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