第65話 戦いと戦いの間

 僕たち《セネリアル州軍》と《革命軍》との戦い──北領ほくりょう抵抗戦争ていこうせんそうは一気に燃え上がり、《トルーナ王国》全土へ大きな衝撃をもたらした。

 所詮、僕たちは北部の辺境へんきょうの一州を確保しただけの小勢力であり、《トルーナ王国》のほぼ全土を掌握しょうあくした《革命軍》にとっては、取るに足らぬ存在だと認識されていたのだ。

 それなのに、その弱小勢力が二回も《革命軍》を打ち破った。


「この国を貴族から奪い取った無敵の《革命軍》が……」


 一部の民衆の間に、不安めいたささやきが生まれ始めたのも、今回のローザ軍敗北のタイミングである。

 もちろん、この機を黙って見逃す手はない。

 各地に散っている《森の民》の斥候兵せっこうへい密偵みっていに対し、不安をあおるための動きを依頼した。

 さらに、僕はローザ軍に対する掃討戦そうとうせんを早々に手じまいし、次の戦いに向けて準備を進める。


「おそらく、今回の敗北で《革命軍》のヤツらは、さすがに考えをあらためると思う」


 陣の中央に集まった指揮官や参謀たちの顔をひとりひとり見つめながら、僕は気持ちを入れ替えた。

 脳裏のうりに残った炎の中に崩れ落ちていく敵騎士たちの姿を振り払い、その先の未来をしっかりとイメージしていく。


「……たぶん、《革命軍》は次の戦いに全力──今、動かすことが可能な軍全体を投入してくることになると思う」


 そして、その兵力は、ざっと見積もって僕たちの軍のおよそ十倍超え。

 その数字に、集まった面々の顔に緊張の色が走る。

 今回の戦いで《セネリアル州軍》に損害はほとんどなかった。

 さらに、今までの捕虜に対する《革命軍》の扱いの酷さから、逆に降伏してきた兵士たちも多く、兵力全体としては微増びぞうしている。

 それでも彼我ひがの兵力の差は絶対的だ。

 だが、逃げよう、諦めようと発言する者はひとりもいなかった。

 それもこれも、これまでの僕の采配さいはいと結果を目の当たりにしたことによる、信頼を培った結果なのだろう。


「本当は、この勢いを駆って北領の要衝ようしょうである《レナンディ》を落としたいところなんだけど、さすがにそれは無理みたい」


 僕の《風霊術ふうれいじゅつ》を最大限活用したとしても、《レナンディ》の防御は厚い。

 攻め落とせないことはないとしても、時間がかかることが予想され、そうなると、各地からの《革命軍》の援軍に後ろから攻撃される可能性が高くなり、最終的に包囲殲滅ほういせんめついかねないのだ。


「なので、この次も敵を引きこんで罠にかけて殲滅せんめつする方針でいこう」


 少しだけ部隊を前進させて《革命軍》を挑発しつつ、敵が動いたら後方へと戻るように撤退。

 その動きによって、敵主力の大部隊を山間部へと誘い込んで大兵力のメリットを打ち消しつつ、山や森林に伏せた兵、さらには、罠も設置して大打撃を与えるという流れ。


「すでに、《山の民》と《森の民》のみんなには後方に下がってもらって罠の構築に動いてもらってるから、そっちは心配しないで」


 僕がそう締めくくると、その場の全員がしっかりと頷く。

 その様子に、僕は確信めいた感情が沸き起こるのを感じた。


「大丈夫! 次の戦いも勝てる!」

「おうっ!!」


 みんなの喊声かんせいが青空へと打ち上がった。


 ◇◆◇


「あー! もー! ヤダッ!! なんで、私ばかり前線で苦労しないといけないの!?」


 這々ほうほうていで逃げ出してきたローザ将軍は、《レナンディ》まで辿り着くと、側仕そばづかえの仮面をつけた金髪の少年だけを伴って私室にもってしまう。

 残された騎士たちは、互いに顔を見合わせ、とりあえずそれぞれの兵をまとめて《レナンディ》の守備を固めつつ、後続の援軍を待つことにした。

 そして、その状況は《革命軍》の最高意思決定機関《革命会議》の場にも届いた。


 ○


 《王都トルネリア》にある王城、その大広間に集まった《革命軍の勇士》たちが困惑の表情をみせていた。


「で、ローザも《革命裁判》にかけるわけ?」


 皮肉っぽい口調で発言したのは黒ずくめの装束を身に纏ったコジット・アミコーラだ。

 すると、すぐさま他のメンバーから反論の声が上がる。


「ローザを切り捨てたら、誰が軍隊の指揮を執るの?」

「この際だからテオを許してに戻ってきてもらえば……」

「バカかよ、そんなことしたら《革命会議》の決定が軽く見られるだろ?」

「だったら、南領なんりょうからレドを呼び戻して……」

「あー、ダメダメ、レドのヤツ、南領で好き放題やってるから、それが終わるまで北領には目もくれねーよ」


 騒然となる大広間。

 一向にまとまらない議論に、苛立ちを隠せない議長役のリッチ・タウランが声を荒げた。


「今は一刻の猶予もないんだ! 竜宮たつみやのヤツをここで叩いておかないと、最悪、俺たちの政権を揺るがしかねないんだ!」


 その言葉に大広間がしぃんと静まりかえる。


「……なら、こうしましょう」


 そっと、挙手して発言を求めたのはユースティア・エクスだった。

 リッチが発言を認めると、片手で眼鏡を直しながら冷たい口調で言い放つ。


「ローザには特例措置ということで引き続き軍の指揮を執ってもらいましょう。ですが《革命裁判》の対象でもあるので、全軍は任せられません。新たに数人を同格の指揮官として派遣しましょう」


 もともと、今、軍の指揮が唯一の将軍役であるローザに集中している状況もよろしくない。

 だったら、今後の指揮官の育成も考えて他のクラスメイトを派遣すべきだと、ユースティアは主張する。


「バッカじゃないの? 合議制の戦争指揮とか、やっちゃいけないランキング一位でしょ!」


 さすがに慌てて立ち上がるコジットだったが、その声はあっさりと無視された。

 逆に賛同の意を示す者、さらには派遣される軍指揮官として自薦他薦じせんたせんする者など、《革命会議》は急速に活発化する。


「あ、オレ、一度軍隊指揮とかやってみたかったんだよね、カッコいいジャン」

「あたしもちょっと興味ある、ローザちゃんとかカッコよかったし」

「そうだな、ゲームと違った迫力あるよな。異世界と言えリアルだし」


 それらの声に頭を抱えてしまうコジット。

 逆に得意満面とくいまんめんの表情になったのはリッチだった。


「これが《革命会議》の総意だ! 難局には一致団結して立ち向かうことができる、それが俺たちの強みだ!」


 その言葉に次々と掛け声が上がり、大広間は一気に盛り上がりを見せた。


「……なにが一致団結だ」


 その喧噪を背中に退出するコジットと、慌てて追いかけてくるティミ・カドゥス。


「……ねえ、これでいいの?」

「良くない」


 王城内の廊下を歩きながらコジットは不機嫌さを隠そうとせずにティミの問いかけに応える。


「こんな様子じゃ、次の戦いにも勝てっこない。みんな事態の深刻さを理解してないんだ、このままじゃ《革命軍》は思っていたより早く崩壊するぞ」


 普段のコジットからは想像できない感情的な言葉が放たれる。

 そして、その言葉を柱の陰で聞いていた存在がいたことにも気づくことができなかった。


 ◇◆◇

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