第64話 炎は勢いよく燃え上がる

「《革命軍》だ!」


 最前線の兵士たちの間から声が上がる。

 僕たち《セネリアル州軍》は、すでにさく塹壕ざんごうを構築して準備万端整えていたが、遠目に見える軍勢──およそ僕たちの軍の五倍から六倍くらいの数に息をんでしまう。


「おそらく敵は数の力で僕たちを正面から粉砕しようとするはず」


 そう僕は《風の声》の力で全軍の兵士たちに状況を共有する。

 そもそも、今、陣を敷いているこの場所は、北の山岳地帯から《ハモリアル平原》へと続く出口付近だ。

 平原側から進軍してくる《革命軍》が陣の左右に迂回しようとしても、山地や森林がそれを阻む地形になっている。

 どちらにしても、数倍の兵力差があるこの状況、《革命軍》側は無理に小手先の策をろうする必要は無いと考えるだろう。

 そして、その僕の読みは現実となる。


「《革命軍》のヤツらが前進を開始しました! 全力で正面から突っ込んでくる模様!」


 メイリス将軍の代理として本営に待機していたタミラスきょうが緊張に満ちた声を上げた。

 その緊張は時間をおかずに全軍に伝播でんぱする。

 騎馬隊を前面に押し出して駆けてくる大規模な《革命軍》、それを率いているのはローザ・スピニィという女将軍だという。

 元クラスメイトの誰だかまではわからないが、小細工は好まない性格のようだ。


「あの騎馬兵の勢いじゃ、こんな急造の陣なんか一撃で粉砕されてしまう!」


 急速に近づいてくる大兵団の勢いに《セネリアル州軍》の兵士たちの間に動揺が走った。

 僕はすかさずフォローする。


「大丈夫! この状況は予想通り! こちらには切り札があるから、みんなはいつでも矢を放てるように準備していて!」


 そう言って一拍置いてから、僕は声を張って力強く言い放つ。


「この《風の英雄》である僕が保証する。敵が突っ込んできた時点で、僕たちの勝利は確定したようなものだ!」

「「「おお、《風の英雄》さま万歳!!」」」


 味方たちが一斉に唱和しょうわする。

 普段だったら、自分から《風の英雄》なんて絶対に言いたくないんだけど、味方の士気を上げるためには、これ以上の起爆剤きばくざいはない。

 そして、今は戦場にあるせいか、僕自身の気恥きはずかしさもほとんどなかった。


 ◇◆◇


 突撃を開始した《革命軍》の先頭付近で馬を走らせるローザ将軍の下へ、次々と報告が入る。


「敵軍は陣にもって我らを迎え撃つ模様!」

「敵の陣は簡易的なもののようです、この勢いならぶち破れましょう!」


 明るい茶色の髪を剥き出しにして風になびかせたまま、ローザ将軍は力強くうなずいた。


「よし! 皆の者、私の加護のもと、全力で敵を粉砕せよ!」


 そう叫ぶと、ローザは高々と剣を掲げる。

 すると、先頭を走る騎馬隊集団全員の身体に、光の幕が覆い被さった。


 ──《鉄壁の守り》


 それがローザ──泉岡いずおか 真梨恵まりえ異能いのう

 自分に忠誠を誓う兵士たちへの物理的なダメージを激減させる守護の術だ。

 本来であれば守りに力を発揮する異能だが、ローザはそれを攻撃にも転用していた。

 突進力を持つ騎馬隊に守りの力を与えて突撃させることで、比類ひるいない破壊力を生み出すのだ。

 その怒濤どとうの勢いの前に《セネリアル州軍》が構築した戦陣など、なんの意味もない。

 ローザは頭上で剣を振り回して味方を鼓舞する。


「突撃、突撃、突撃! 我ら《革命軍》の道を阻む敵を粉砕せよ!」

「「「おうっ!!」」」


 《革命軍》騎馬隊は怒濤の如く、《セネリアル州軍》の陣へと肉薄にくはくする。

 いや、肉薄しようとした時──先頭付近から轟音ごうおんが響き渡った。


「「「うあああああっっ!」」」


 先頭を走っていた騎馬隊たちの馬が悲鳴を上げ、続いて騎士たちからも叫び声が上がる。


「お、落とし穴だっ!!」


 ◇◆◇


「今だっ、フォルティス、頼む!!」

「あいよ、りょーかいっ!」


 陣の至近まで突進してきた《革命軍》騎馬隊のあつに、前線の兵士たちが怯もうとしたタイミング。

 僕は《風の声》使って、前線付近に待機していた《山の民》兵たちを率いるフォルティスに指示を飛ばす。

 すると、フォルティスが続いて指示を出し、前線全体に分散していた《山の民》兵たちが、一斉にロープのようなものを引っ張り始めた──


 ──ごごごごごごぉぉぉぉぉぉん


「おおっ! 地面が陥没していくぞ!」


 兵士たちから驚きの声が上がった。

 まさに、その声の通りで、僕たちの陣の前方の広範囲にわたって地面が崩壊した。

 そして、そこへ激しい勢いのまま止まれずに突っ込み、馬ごと転げ落ちていく《革命軍》の騎士たち。


「うわあっ! 止まれ!」

「無理だ、落ちるっ!」

「ダメだ、動けな……うぎゃあっ!」


 後ろから次々と突っ込んでくる騎馬隊たちで阿鼻叫喚あびきょうかんの状態におちいっていく。

 そして、僕たちが用意していた切り札はこれだけではない。


「エクウス、頼む!」

「わかりました!」


 今度は、少し先に待機していたエクウスに僕は指示を出す。

 エクウスが手を上に上げてから勢いよく前に振り下ろす。


火矢ひやを放て!」


 その声に応じて、陣の各所から、いくつもの火矢が落とし穴に向けて打ち込まれた。

 次の瞬間、「ゴウッ」と音を立てて、激しい炎が吹き上がり、穴の底でもがく騎馬兵たちを呑み込んでいく。


「「「うぎゃぁぁぁぁぁっ!!」」」


 悲痛な絶叫が巻き起こった。


「ものすごい勢いで燃え上がりますな……」


 そう息を呑んだのは、隣に馬を並べるタミラスきょうだった。

 僕は燃えさかる炎を直視したまま応える。


「今回の火種ひだねもエクウスが生み出した、そう簡単に消すことができない《炎霊術えんれいじゅつ》の魔法的な炎ですからね。それに《山の民》が独自に使っている特殊な油も使っていますから、スゴい速さで燃え広がりますし、簡単には消えません」


 火が燃え上がっても騎馬隊たちは止まることができず、後ろからどんどん押し込まれるようにして炎の穴の中へと転がり落ち、味方を踏み潰していく。

 その様子から、僕は目をそらさなかった。

 それが復讐に対する責任だとわきまえていたからだ。


 ──勝敗は決した。


「ここからは掃討戦だ。右翼うよくのメイリス将軍、左翼さよくのフラーシャ、フランに突撃させて。あとは、外の森に待機させていたフェンナーテとディムナーテも、そろそろ動いてくれるはずだから、上手く連携するようにって」


 そう指示を飛ばしたあと、僕は《風霊術ふうれいじゅつ》を用いて風を呼ぶ。

 穴の底から噴き出す炎をさらに空へと舞い上げ、逃げ出していく敵の歩兵たちに向かって矢を届かせるために──

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