第59話 兵士たちの思い、僕の思い

「《革命軍》は正義の味方なんかじゃない。この前《プテラーム城砦じょうさい》に侵攻しんこうしてきたときのことを思い出せ」


 僕が《プテラーム城砦》の兵たちの前に姿を現すと、すでに兵士たちの間では熱気に満ちた言葉が交わされていた。

 一番多く語られているのが、僕たちが《森の民》や《山の民》とともに《プテラーム城砦》を奪取し、続いて侵攻してきた《革命軍》とぶつかり合った一連のいくさの話だった。


「《革命軍》のヤツらは敵を絶対許さない。降伏したり寝返ったりしても《革命裁判》とやらで処刑されるかもしれない」

「しかもその処刑とやらは、自分の剣で仲間の兵士の首をねろ、しかも、できなければ他の仲間に殺されろっていう地獄さ」

「だが、かといって、あの冷血宰相れいけつさいしょうをも滅ぼした《革命軍》に、こんな地方の辺境へんきょう寡兵かへいで立ち向かえるのか?」


 僕が《プテラーム城砦》軍の総指揮官メイリス将軍とともにバルコニーに進み出ても、兵士たちの熱い会話は止まなかった。

 正直、こういうシチュエーションは苦手なのだが、これからの《革命軍》との戦闘を前にして避けることはできない。

 すうっと息を吸い込んでから、僕は《風霊術ふうれいじゅつ》を発動させ、あえて静かな口調で集まった兵士たちの元へ言葉を届ける。


「みんな、ちょっとだけ、僕の話を聞いてほしい」


 この一言で、一気に兵士たちが静まりかえる。


「これから僕たちは攻め込んでくる《革命軍》を、この《プテラーム城砦》で迎え撃つ」


 少しだけどよめく兵士たちに、僕は淡々たんたんと語りかけた。


「勝つための算段さんだんはしてある、僕の《風霊術》──風の力とみんなの協力があれば、寄せ集めの《革命軍》なんて敵じゃない」


 すると、兵士たちの間に広がっていくざわめきに熱がこもる。


「風の力──《風の英雄》様!」

「そうだ、ここには《風の英雄》様がいるんだ!」


 先日の《プテラーム城砦》争奪戦、その時に、僕は《風霊術》の力をいくつも発揮し、ここにいる兵士たちはそれを目の当たりにしている。そのため、一度火がついた言葉──《風の英雄》は瞬く間に広がっていく。

 だが、そんな渦中かちゅうでも疑問ぎもんていす兵士も少なくない。


「勝てる勝てない以前の話で、どうして俺たちは《革命軍》と戦わないといけないんだ?」

「そうだ、《革命軍》は平民の《三十九勇士》の人たちが率いる軍隊だ。平民たちの国を作ろうとしているんだろ?」


 そういった声を聞きとがめた貴族出身の士官たちが声を荒げた。

 だが、そのやり取りがいさかいにならないように、僕は再び口を開く。


「単純にみんなに考えてみてほしい。今、この《トルーナ王国》はどうなっているのか」


 《革命軍》が興したいくつもの戦の結果、この国の人々──貴族も平民も関係なく、大半の人が戦火に巻き込まれ苦しんでいる。

 一方で、僕たち《王国の忘れ形見》が治めているこの《セネリアル州》は、革命前よりも豊かに栄えている。


「確かに《革命軍》のヤツらは平民の味方だと主張している。だけど、結局は戦争に明けくれて、貧しい人たちの生活なんか無視しているよね」


 僕は右手を胸にあてて、兵士たちへと一歩踏み出した。


「そして、僕たち《王国の忘れ形見》は確かに貴族出身だ。だけど、この戦乱で奴隷どれい扱いを受けて苦汁くじゅうをなめた。だからこそ、他の人たちにも同じような目にはあってほしくないんだ」


 《王国の忘れ形見》の物語──それは《風の英雄》の物語とともに、すでに詩となり歌となり、多くの吟遊詩人ぎんゆうしじんの手で脚色きゃくしょくされ、国内外のあちこちに広がっている。

 もっとも、《革命軍》を批判する内容なだけに、おおっぴらには歌われることない。でも、それでも水面下で人々の間に強い印象を植え付けていく。

 僕としては気恥ずかしさが先に立つものの、あえて、それらの動きを止めようとはしなかった。宣伝効果を重要視したからだ。


「《革命軍》は敵に対して容赦しない。しかも、味方に対しても絶対的な服従を要求する。要するに《革命軍》の意に沿わない人々に生きる資格はないと言っているようなものなんだ」


 その僕の言葉に、兵士たちは息を呑んだ。

 この場にいる兵士たちのほとんどが、過日の《プテラーム城砦》争奪戦の時の《革命裁判》を目の当たりにしていたからだ。

 あの卑劣ひれつな《革命軍》の振る舞い。それが、国単位に広がったらどうなるか。

 兵士たちの一角から声が上がる。


「俺は《革命軍》と戦うぞ! 俺の兄貴はあの革命裁判とやらで殺されたんだ。あの悲劇が繰り返されるというのなら、俺はそれを止めたい!」

「おれの故郷の家族は畑も荒らされ《革命軍》に税金も無理矢理搾り取られ、しかたなく《プテラーム城砦》へと流れてきた。それをドランクブルム様はれてくださって、しかも家と土地も与えてくださったんだ!」


 確かに最近は《セネリアル州》へと逃げてくる人々も増えていた。

 そして、それを受け入れるだけの余裕もできていたのだ。

 だが、僕はあえて兵士たちの間の声に口を挟まなかった。

 勢いはついた──兵士たちは《革命軍》と戦うことをいとわないだろう。


「そうだ、《革命軍》は力と恐怖で俺たちを押さえつけようとしているだけだ!」

「ああ、結局は権力が欲しいだけなんじゃないのか!?」

「それに対してドランクブルム様は実際に《セネリアル州》を豊かに統治されている!」

「そうだそうだ、ドランクブルム様ばんざい!」

「《セネリアル州》万歳!」


 喊声かんせいは一気に爆発した。

 その声を一身に受けて、僕は兵士たちに手を振ってみせる。

 隣で、メイリス将軍が感嘆かんたんの声を漏らす。


「お見事です。ドランクブルム殿は兵士たちの心も掴んでしまった」

「確かに、今、この場では盛り上がっていますけど」


 僕は首だけメイリス将軍に振り向いて苦笑する。


「重要なのはこの次です。この次の戦いに絶対に勝たないと」


 むことのない喊声に、正直なところ、僕は期待半分──そして恐怖も半分感じていた。


「僕たちに勝ち目がないと判断されてしまったら、兵士たちは容赦なく僕たちを見捨ててしまうでしょう」


 勝利の先にあるもの、そして、その勝利へと導く方法──それらへの期待を維持し続けねばならない。

 そのためには結局勝ち続けるしかない。


「そう、勝って勝って勝ち続けなきゃ。僕たちには後がないんだから──」


 兵士たちの喊声は、まだまだ衰えを見せなかった──

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