第57話 そして、戦争へ

 伯爵領はくしゃくりょうでの滞在たいざいは短かったが、最初のとりでからの護送ごそう檻車かんしゃを除けば、手厚い待遇たいぐうで迎えてくれた。

 ジェントフォンヌ伯爵夫人はくしゃくふじんも、口ではグチグチと僕を責め立ててはいたが、これまでの経緯に配慮してくれたのだと思う。


「本当なら、もっとここに留め置いて、ひねくれた性根しょうねをたたき直して差し上げたいところですが」


 ジェントフォンヌ伯爵領の領都《ベリデフェント》から、北の《セネリアル州》との州境しゅうざかいである山岳地帯の入口まで見送ってくれた伯爵夫人が、心底悔しそうな表情で僕の両頬を引っ張ろうとする。

 さすがに抵抗しようとする僕だったが、伯爵夫人が真正面から視線を向けてきたことで、思わず動きを止めてしまう。


「今までだけでも、相当な苦難くなんの道でしたが、ここから先は、また違った意味でいばら道程みちのりになるでしょう。今さら覚悟ができているかと聞くのは野暮やぼだと思いますが、ここから先はもうあとに退くことはできませんよ──」


 そこまで言ってから、一瞬躊躇ためらう伯爵夫人。


「──ノクト様おひとり、いえ、《王国の忘れ形見》の子供たちやお仲間たちだけの幸せを考えるなら、他にも方法がないわけでもありません。この国を脱出して、ささやかな幸福のもとで生活する道もあります」


 この場で言ってはいけないことかもしれませんが、と前置きした上で、伯爵夫人は今度は僕の両頬を手のひらで挟むように押しつぶしてくる。


「むしろ、ノクト様たちが遠くで幸せに過ごした方が、この《トルーナ王国》から戦乱も減って平和になるのかもしれない」

「そうかもしれない──でも、僕は、いや僕たちは《革命軍》の存在を認めるわけにはいかない」


 キッパリと言い放つ僕に、伯爵夫人は笑顔とも泣き顔とも取れる表情を浮かべた。


「……せんなきことを申し上げました、ご容赦ください」


 そう謝ると、伯爵夫人はキリッとした動作で、僕の足もとに膝をつく。


「わたくしも、かつての《トルーナ王国》の栄華えいがを取り戻したいと考える貴族のはしくれです。微力びりょくではございますが、持てる力のすべてを持ってノクト様──ドランクブルム殿にご協力させていただきたく存じます」


 そのかしこまった雰囲気に、一瞬困惑しかける僕だったが、寸前のところで踏みとどまり、同じように膝をついて伯爵夫人の手を取った。


「師匠、この戦局、僕たちだけの力だけでは絶対に勝てません。なので、師匠だけでなく、他の反《革命軍》勢力との連携が必要ですし、そのためにも師匠のお力を借りなければなりません」


 僕は伯爵夫人の手を握ったまま、そっと立ち上がる。


「あの日の《トルーナ王国》を取り戻すために、ここからが本当の勝負です。ご助力、よろしくお願いいたします」


 そう言って頭を下げる僕。

 これは純粋な今の気持ちそのものだ──ただ、一点を除いては。


 ──《革命軍》支配下の王国も、過去の王国も関係ない、この戦乱の先にあるのは僕たちが作る王国なんだから。


 ○


「エクウスだっ! おかえりなさいっ!! ──あ、ついでにノクト様もおつかれー」


 州境の山岳地帯を越えて《セネリアル州》に入った僕たちは、そのまま一直線に《州都しゅうとネール》へと辿り着いていた。

 領主館りょうしゅやかたへと入った僕たちを迎えてくれたのは、留守を守っていた《王国の忘れ形見》の子供たち。

 真っ先に、エクウスへと飛びついたマースベルに続き、他の子供たちも駆け寄ってくる。


「しばらく見ない間になんか身長伸びた?」

「というよりも、大人びた感じですね」

「おれたちだって強くなったんだからな!」


 賑やかに盛り上がる子供たちからそっと離れて、僕は、近くに来ていたステューディアさんとファスクルンきょうに帰還の挨拶をした。


「ご無事のご帰還、お喜び申し上げます。目的も無事果たせたようで良かったですね」

「《プテラーム城砦じょうさい》方面も現在のところ落ち着いているようですぞ。《忘れ形見》のうちのフラーシャ、フラン姉弟とフロース殿が兵たちを率いて守っております。メイリス将軍も補佐しておるし、《革命軍》の侵攻がなければ問題ないかと」


 そのファスクルン卿の報告で、エクウスとはしゃいでる《忘れ形見》の中にフラーシャとフランの双子がいないことに初めて気づく僕。フロースに至っては完全に存在を失念していたが、あとあと面倒なので、このことは綺麗さっぱり忘れることにした。

 それはともかくとして、やはり気になるのは《プテラーム城砦》方面の戦況だ。

 僕はそう告げて、早々に《州都ネール》から城砦へと向かう旨、ステューディアさんに伝えた。

 しかし、ステューディアさんは静かに首を横に振る。


「お急ぎになる気持ちはわかりますが、こちらにはこちらで重要なことがあります」


 《プテラーム城砦》の戦線を支えるには、後方支援のかなめである《セネリアル州》の内政について把握してもらわねばならない、と、ステューディアさんが釘を刺してくる。しかも、他の反《革命軍》勢力と連携をするのであればなおさらだ、とも。


「内政をすべて私に放り投げ──コホン、一任していただくのも識見しきけんというものですが、あくまで領主はノクト殿です。責任を持っていただくためにも、最低限の報告確認と決済はしていただく必要があります」


 コホンと、ステューディアさんが咳払いをすると、ファスクルン卿が後ろから僕を羽交はがめにした。


「え?」


 戸惑う僕にステューディアさんが冷たい笑みを浮かべる。


「大丈夫です、準備は済んでおりますので。貯まっていた案件と今後の方針について一気に片付けてしまいましょう」


 ○


 そして、僕は三日三晩執務室しつむしつに軟禁され、今まで貯まっていた政務の処理を必死にこなした。

 エクウスたちが手伝ってくれたこともあり、ステューディアさん曰く「予想よりだいぶ早く終わった」とのことだった。

 執務室の中でへばっている僕たちに、プリーシアがあたたかいお茶とお菓子を用意してくれた。


「ノクト様、お疲れのようですけど、なんだか嬉しそうにも見えますね」

「え? そう?」


 僕は思わず問い返す。


「表情に出ちゃってたか……いやね、内政面では《セネリアル州》が思っていたよりも良い状況にあるっていうことと、外交面では。反《革命軍》勢力も知らないところで連携を深めていたと言うことがわかって、良い方向に戦略方針を変更しないとなって考えてたんだ」

「わたしには戦のことはよくわからないですけど、みんなにとって楽な方向へ動いているということですか?」

「うん、楽になるかどうかはこれから次第だけど、そうなる確率が高くなってるっていうカンジかな」


 もっとも、戦争に楽観は厳禁だ。

 幾重にも策を巡らせて勝利を引き寄せる必要がある。

 その策の選択肢が広がりを見せている現状、この機会を逃すわけにはいかない。


 僕はプリーシアのお茶を飲み干してから、勢いよく立ち上がる。


「みんな! 《プテラーム城砦》へ帰ろう! ここからが本番だよ、気合い入れて行こう!」


 そのげきに、少年少女たちはそれぞれの表情で応えてくれた。

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