第56話 伯爵夫人との過去②~実はスゴい人

 《ジェントフォンヌ伯爵領はくしゃくりょう》に入った僕たちは檻車かんしゃ──おりのついた馬車に乗せられて、中心都市《ベリデフェント》へと護送ごそうされていった。

 檻の中という環境自体は、別に僕たちにとってはどうってことなかった。

 だけど、それよりもツラかったのは隣を進むジェントフォンヌ伯爵夫人はくしゃくふじんがとめどなくこぼす愚痴ぐちだった。

 しかも、その愚痴が昔の僕に対することばかりで、さすがに当事者である僕としてはウンザリだし、他の仲間たちにも申し訳ない。


「だいたい、ノクト様は興味がないことに対して徹底的に手を抜くのが最大の欠点なんです。そのせいで、わたくしたち教師陣がどれだけ苦汁くじゅうをなめさせられたか──」


 ○


「ノクト様、いい加減、屋根の上から降りてきてくださぁーい!」


 王城の塔の一つにある屋根の上で、僕が持ってきた書物を胸に置いたままうつらうつらしているところへ、遥か下の中庭から若い女性の声が聞こえてくる。

 ここまで通る声を発することができるのは、若くして戦場で武功を重ねた女傑じょけつ──ジェントフォンヌ伯爵夫人の他にいない。

 僕は《風霊術ふうれいじゅつ》を発動させて、下にいる伯爵夫人に声を届ける。


「そんなバカみたいに声を張り上げなくても聞こえるよー」

「はっ!? 気配は塔の屋根の上にあるのに、声は横から聞こえてくる!?」


 っていうか、だいぶ離れた塔の上の気配まで探れるとか、バケモノか。

 それはともかく。


「アレ? 言ってなかったっけ、ま、イイや」


 《風霊術》を調整して、ジェントフォンヌ伯爵夫人の周囲を適当に位置をずらしながら、混乱させようとする僕。


「実は気配はダミーで近くに身を隠していたりして」

「でも、そう簡単には見つからないもんね」

「見つけられたら、素直に授業をうけるよー」

「でも、無理だと思うけどねー」


 半ば冗談で《風霊術》で声の発生位置をあちこちに変えて試してみる。

 だが、伯爵夫人はその素直というかバカ正直というか、一本気いっぽんぎな性格なのか、あっさりと僕のトラップに引っかかった。


「──このわたくしにで挑むなど、身の程知らずもはなはだしいですね……そこっ!」


 木剣ぼっけんから放たれた気合いが斜め後ろの草むらを揺らすが、もちろん、それは空振り。


「ぬっ、わたくしとしたことが……なら、こちらっ!」


 またも空振り。

 僕は屋根の上からその様子を見下ろし、《風霊術》でテキトーに声を発して、夕陽が沈みかけるまでおちょくり続けたのだった。


 ○


「──一事いちじ万事ばんじこんな感じで」


 しみじみと語る伯爵夫人に、なぜか「わかる、わかる」と言ったような同情の表情を見せるフェンナーテとフォルティス。

 ディムナーテが呟いた。


「……ここに……フロースがいたら……もっと、盛り上がったかも……」

「なんで、ここにフロースの名前が出てくるのか、意味わかんない」


 僕はなんとなく自分の立場が悪化したように感じる。

 そんな僕に援護射撃えんごしゃげきをしてくれたのが、エクウスだった。


「えっと、あの……ジェントフォンヌ伯爵夫人と言えば、あの《サマルカリーナ地方》の反乱を少数精鋭しょうすうせいえいの部隊が鎮圧したときの指揮官でしたよね」


 その金髪の少年の問いかけに、伯爵夫人の肩がピクッと動く。


「しかも、ジェントフォンヌ伯爵夫人は、未だひとのご婦人でいらっしゃるのに、その功で伯爵号はくしゃくごうを得られたと伺っています。ぼくたち貴族の幼い子弟たちの間でも英雄のように尊敬されていました。ご本人に会えて感激です」

「単に行き遅れただけ──ぶふっ!?」


 音も立てずに抜き放った短剣から放たれた気が、檻の隙間をくぐり抜けて、僕の頬を殴り飛ばす。


「行き遅れって言うなー!」


 半分涙目で、伯爵夫人は抗議の声を上げた。

 だが、自分に集中する周りの視線に気がついたのか、一回、小さな咳払いをしてから、馬上の姿勢を元に戻す。


「……まぁ、いいでしょう。そこの金髪の少年の素直な態度に免じて、とりあえず、この場限りではありますが、過去のことは水に流すとしましょう」

「この場限り、とか、小っちゃ──ふごっ」


 再び気合いの拳が僕の顔面にヒットした。

 伯爵夫人は僕のクレームを無視して、今後のことについて話し始める。


「《革命軍》に関して言えば、すでに戦いの準備は整っています」


 《革命軍》たちは南領なんりょうの《宰相派王国軍》に相対するため、北領ほくりょうには最低限の軍備だけを残して反《革命軍》勢力を牽制していた。


「わたくしたち反《革命軍》組織も兵力の増強や連携のための連絡に時間を要してしまいました。その結果、ドランクブルム公爵閣下の大攻勢に呼応することができず、あのような結果になってしまい痛恨つうこんきわみです」


 だが、悔やんでいてもしかたない、と伯爵夫人は前を向く。

 決して大規模ではないが、それ相応の反《革命軍》勢力が組織されたと力強く頷いてみせた。

 そんな伯爵夫人にツッコむ僕。


「その反《革命軍》勢力とやらの話、僕たち《セネリアル州》には来てないんだけど」


 すると、伯爵夫人はこめかみに血管を浮かび上がらせた。

 なんか、血圧が高すぎるんじゃないかと、僕は少し心配してしまった。


「なんども使者を送りましたよ、お隣ですしね。でも、その度に領主たるノクト様が不在で、話を進めようにも進められませんでした」

「ギャフン」


 短く一言応えて、伯爵夫人の血圧をさらに高めさせてしまう。


「……まあ、イイや。どちらにせよ、協力しないと《革命軍》には抵抗できない」


 僕は檻の中で姿勢を正し、指で床に図を描きながら、伯爵夫人に今後の方針についていくつか示す。


「具体的な反《革命軍》勢力の内容については《ベリデフェント》の街に着いてから情報共有してもらうこととして、基本的な方針について考えを聞かせてもらえると嬉しいかな」

「基本的な方針──とは?」


 ひとつは、《革命軍》が全軍を持って《セネリアル州》の《プテラーム城砦じょうさい》へと攻め込んできた場合。

 もうひとつは、《革命軍》が全軍で順番に孤立している反《革命軍》勢力の各個撃破かっこげきはに出てきた場合。

 最後のひとつは、《革命軍》が戦力を分散させて、同時に各地の反《革命軍》勢力にあたってきた場合。


 エクウスが僕の顔を見上げてきた。


「ノクト様の予測はそのうちのどれになりますか?」


 ポンと、僕はエクウスの頭に手を乗せる。


「多分高確率で──敵、《革命軍》は《セネリアル州》、僕のところへ全軍を投入してくると思う」


 僕のその言葉に、みんなが一瞬沈黙してしまう。

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