第55話 伯爵夫人との過去①〜再会

 僕たちは北上して、北領ほくりょうの中央都市《レナンディ》付近まで近づいたところで、東方へとルートを変えて進んでいった。

 《レナンディ》には北領軍を束ねる軍司令部があり、その軍隊は、ほぼほぼ全軍が僕たちの拠点セネリアル州の《プテラーム城砦じょうさい》へと矛先ほこさきを向けている。

 北方には《マグナスプラン帝国》という大国との国境もあるのだが、ここ最近は帝国内の内戦が活発化しており、《トルーナ王国》への侵略の気配は無いと判断しているらしい。

 そのため、最低限の軍勢だけを国境警備にあたらせ、残り全軍で僕たち《セネリアル州軍》を警戒しているというのが現状だ。


「というわけで、北から直接《プテラーム城砦》に入るルートを抜けるのは無理ゲーなので、今回はお隣の《ジェントフォンヌ伯爵夫人はくしゃくふじん》を頼って南から山を越えて《セネリアル州》へと戻ることにします」

「む、むりげー?」


 思わず出てしまったに眉をひそめるフェンナーテだったが、それはそれとして、仲間たちから異論は出なかった。

 《ジェントフォンヌ伯爵領》は《セネリアル州》の南に山脈を挟んで位置するお隣さんで、僕自身も領主の《ジェントフォンヌ伯爵》とは幼い頃に面識がある。

 もっとも、《セネリアル州》に本拠を構えてからは忙しくて挨拶にも行けてないけれど。


「《ジェントフォンヌ伯爵夫人》は若い頃からやり手でねー、今の伯爵領も自分の力で王家からゲットしたようなものだから、愛着心あいちゃくしんも人一倍強いんだよ」


 愛着心と言うより執着心しゅうちゃくしんのほうが言葉として相応ふさわしいかもしれないと思いつつ、馬車に揺られながら、《ジェントフォンヌ伯爵領》とその主人についてみんなに説明していく。

 エクウスが首をかしげた。


「じゃあ、もしかして、僕たちが鉱山奴隷こうざんどれいから逃げ出すとき、《ジェントフォンヌ伯爵領》へ向かう選択肢もあったということですか?」

「そうだね」


 同じように僕も首をかしげて考え込んで見せた。


「鉱山から逃げ出す距離を考えたら、山脈を越えないと行けないこともあって現実的じゃなかったかも。どちらかというと《森の民》のみんなを巻き込んだ後、それでも不利な状況に陥ったら頼った可能性はあるよね」


 もっとも、正面から助けを求めにいっても、あの伯爵夫人のことだから、無条件で受け入れはしてくれなかっただろうけど、という僕のつぶやきに困惑の表情を浮かべる仲間たち。

 フェンナーテが呆れたような声を上げた。


「おいおい、そんなんで、この先向かっても大丈夫なのかよ」

「正直言うと、ぶっちゃけわからない。たぶん、領地内を通るだけなら大丈夫だと思うんだけど」


 さらに不安な表情へと移行する仲間たちに、僕は「あはは」と笑って手を振ってみせる。


「でも、これしか方法がないんだからしかたない。とにかく、当たって砕けろの精神でいってみよー」

「……砕けちゃダメだろ」


 フォルティスの小さなツッコミを、僕は華麗にスルーすることに成功した。


 ○


「どのツラ下げてノコノコやってきたんですか、この不義理弟子!」


 《ジェントフォンヌ伯爵領》の入口にある《サンダルフォン砦》、その地下牢に澄んだ声が響き渡った。


「えへ、ご無沙汰してしまってすみません、師匠──じゃなかった、伯爵夫人殿」

「あー、もー、わざとらしいったらありゃしないっ! 絶対内心で小馬鹿にしてるでしょ! とっととそこから外に出なさい! 昔みたいにそのひねた根性鍛え直してあげます!」

「お言葉を返すようですが、外に出ろとおっしゃられても、僕たちは牢に閉じ込められてますので無理な話です」


 再び、えへ、と笑ってみせる僕に、鉄格子の外に立つ上品そうな若い貴婦人が地団駄を踏む。

 というか、上品そうな若い貴婦人が取る態度では無いと思うが、これ以上のツッコミは控えておいた。

 それはともかくとして、僕たちは無事に《ジェントフォンヌ伯爵領》へと辿り着き、その前線の要である《サンダルフォン砦》の中へと入ることができていた。

 もっとも、砦の中の地下牢の中に案内されてしまったワケだが。

 エクウスがため息をついた。


「なんか事態が急展開してついていくのがやっとですけど、これ以上、事態をややこしくするのは止めた方がいいかと思います……」

「ややこしいかなぁ」


 僕は指を折りつつ、ここまでの経緯を整理してみせる。


「《革命軍》の斥候部隊に見つかって、夜の闇に紛れて必死にこの砦の近くまで逃れてきて、《風霊術》で馬車ごと空を飛んで、ちょっと無理して城壁の上を越えて、砦の内部の広場に降りるものの、不審者扱いされて、身分を明かしたのに信じてもらえなくて地下牢に放り込まれたけど、さすがに無視できなかったのか、わざわざ伯爵夫人殿がここまで足を運んでくれただけ──だよね」

「状況はよーくわかりました」


 こめかみのあたりに血管を浮かび上がらせた伯爵夫人が、僕に対する態度とは百八十度違う堂々とした面持ちで、部下の兵士たちに僕たちを牢から出すように命じた。


「昔のことはどうあれ、今は《革命軍》に対抗する貴重な戦友であることは確かですし、昔のことはどうあれ、ノクト・エル・ドランクブルム殿に相違ないことをわたくしが保証できますし、昔のことはどうあれ……」

「ノクト様、昔、伯爵夫人殿との間になにがあったんですか?」


 ウンザリといった表情のエクウスに、僕はしれっと返す。


「別に、フツーの剣の師匠と弟子の関係だよ」


 フォルティスがヤレヤレと首を振ってみせた。


「フツー、ね。絶対嘘だろ」


 そのやり取りが聞こえたのか、伯爵夫人が引きつった笑顔をこちらに向ける。


「ほう、気になりますか。このノクトがどれだけ手を焼かせてくれたバカ弟子だったかということを話してあげましょう」

「……いや、別に無理に聞かせてもらわなくても構わないけど」


 伯爵夫人の声の変化に、たじろぐフォルティスたち。

 だが、夫人の笑顔はあいかわらず引きつった状態だった。


「なに、遠慮はいらない。わたくしの館がある《ベリデフェント》まで護送して差し上げますので、その間、暇つぶしがてら、昔のノクト殿の悪行三昧エピソードをたっぷりと披露させていただきますわ」


 ──あ、なんかフェンナーテたち全員の視線が痛い。


 こうして僕たちは、《ジェントフォンヌ伯爵領》へ入ることに成功し、《サンダルフォン砦》から中心都市の《ベリデフェント》へと向かうことに成功した。

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