第54話 テオ・クラックドール将軍──上住 恒太

 元《革命軍かくめいぐん三十九勇士さんじゅうきゅうゆうし》のひとり、テオ将軍こと上住うわずみ 恒太こうたと僕は、引き続き酒場のテーブルで向き合っていた。

 酒場の中は夕食時の賑やかさから、飲み会モードのまったりとした雰囲気に移行している。

 先に部屋に戻ってイイよ、と、フェンナーテたちには伝えたのだが「ふざけんな、ボケ!」と一蹴され、四人とも緊張した面持おももちで僕と恒太のやり取りを見つめていた。


「……正直やりづらいんだけど、それもこれもコウタのせいだから文句は言わないでよ」

「あー、まー、わかってる」


 恒太は頷きながら杯を傾ける。

 ちなみに、中身は麦酒ビールに替わっている。


「未成年飲酒……」

「ここは日本じゃないだろ、大目に見ろよ。飲みたい気分なんだよ」


 なんか、大人というかいっぱしの口をきくなぁ、と、目の前の元クラスメイトを僕は眺めた。

 《オリエンテルプレ》で会ったときよりも、なんか老け込んだように感じられる。

 大人びたというのとは少し違う、老け込んだ少年──矛盾した表現だけど、そんなカンジ。


「失礼だな、単に気苦労が絶えないから疲れてるようにみえるんだよ。将軍からヒラ兵士に一気に降格されるのって、周りの予想よりも心労がキツイんだぞ」


 僕が容赦なくツッコむと、恒太はため息交じりに、再び酒をあおる。

 《革命軍》の将軍として名声を得ていた存在が、その《革命軍》に追放され、一番したの兵士として前線に送られる。

 そのことに同情してくれる民衆は一定数存在するものの、逆に厳しくあたる人々の方が圧倒的に多いんだと、酔いの回った口調で語る恒太だった。


「俺のことは、この際どーでも良いんだよ」


 恒太はやや強めにコップをテーブルに置いた。


「イブキはこの先どーすんだよ」

「どーすんだって、決まってるだろ。《革命軍》を撃破して、この国を奪い返して、この事態を引き起こした《三十九勇士》たちを処刑台に送り込む」


 キッパリと言い切る僕に、横に座っているエクウスが拳を胸のあたりにあてて力強く頷いた。

 その様子に恒太は気づいたが、あえて触れずに、僕に向かってだけ言葉を続ける。


「本気で元クラスメイト全員を処刑──殺すって言うのか? 俺と同じように追放されたとはいえ、あの浦城うらきさんも含まれてるんだぞ」

「関係ないね」


 僕はバッサリと切り捨てる。


「あの夜、《革命裁判》とかいう茶番で僕たちは理不尽りふじんにも大事な人たちを《革命軍》によって無残に殺された。それに対する復讐を捨てることはできない。それに、戦争の結果とは言え、僕の父上や兄上たちに無残な最期さいごいた。確かに父上とはそれほど関係も良くなかったけど、それとこれとは話は別。僕に対して《革命軍》は一方的な暴力で大事な人や貴重な生活を奪い続けてきたんだ──」


 一方的に殴り続けてきて、こちらが殴り返そうとしたら、それはおかしいと言い出すのは卑怯ひきょうじゃないか? と、思わず早口で語る僕に、恒太は、何か言い返そうとして口をつぐんでしまった。

 気まずい沈黙が降りる。

 それを振り払うかのように首を振った恒太が、言葉を選ぶように考えながら口を開く。


「理不尽に大事なものを奪われ続けていたのは、俺たちも同じだ。だからあらがった。その結果、イブキたちも大事なものを失った」

「だから、お互い痛み分けにしろって話? そんなの、都合の良い押しつけでしかないよ」

「だけど、もしイブキが《革命軍》を滅ぼしたとして、今度はその復讐を試みる人間が出るだけだ」

「負のスパイラルってヤツね。確かにどこかで断ち切ることができれば平和になるのかもしれないけど、それって、最終的に誰かに理不尽な我慢を押しつけるってことだよ」


 少なくとも、僕はごめんだ。そう言うと、恒太も何も言えなくなる。

 空になった杯を回収に店員が来たので、あたりさわりのない会話をしつつ、新しい飲み物を持ってきてもらう。

 少しろれつが回らなくなってきた恒太だったが、さらに酒を追加するようだった。


「クラスメイトたちは全員がチート能力を持って転生したんだ、多少のレベルの差があるとはいえ、その力は強力だ……それをイブキ一人で相手にしないといけないんだぞ……それとは別に、たとえ一兵卒の身で前線に立つことになったとしても、イブキたちが攻めてきたら、俺は全力でそれを止める……」

「コウタ、さ……悪いことは言わないから、《革命軍》も追放されたんだし、この際、どこか遠くの場所で新しい生活を見つけるっていう手もあるよ」


 いささか酒量が増えたせいか、半分うつらうつらとしている恒太に、僕はそっとささやきかけた。


「浦城さんもそう。僕はこの国を取り戻すことを考えているけど、この国の外にまで手を出そうとは思わないから……」


 周りにいるエクウスたちに申し訳ないと思いつつ、僕はコウタに情けをかけてしまった。

 これはエクウスたち《王国の忘れ形見》の子供たち、それに自分自身に対する裏切りだとわかっていながら、今、目の前の恒太に語りかけてしまう僕だった。

 そして、その言葉を最後に、僕はみんなを促して席を立った。


「聞いてたよね、ごめん、エクウス」

「はい、正直、今この場で、あの元将軍の首を取りたいところですけど、騒ぎを起こすわけにはいきませんし──」


 エクウスはまっすぐ僕の目を見つめてくる。


「ノクト様の前世──でしたっけ、いろいろ複雑な状況があるということは理解できるように務めます。それにプリーシアたちを助けてくれた相手だとディムナーテさんが教えてくれましたし、上手く言葉にできないのですが、今、この場のノクト様の判断をぼくは支持できます」

「ありがとう」


 僕は短く笑ってエクウスの頭にポンと手を乗せる。


「みんなには悪いけど、今すぐ出発するよ」


 そう言うと、心得ていたと言わんばかりにそれぞれ動き出す仲間たち。

 そんな様子を頼もしく思いながら、宿の女将おかみへと歩み寄って食事と宿屋の精算を済ませる。


「あ、悪いけど、あそこで酔い潰れてるヤツの分も払うから、一緒にまとめてくれる?」

「あいよ! けっこう長話だったみたいだけど、知り合いなのかい?」

「うん、なんというかくさえんってヤツかな。酔いがめるまで、あのままにしてやっておいてくれる?」

「わかったよ! まあ、店を閉める時間が来たら、外に放り出しちゃうけどね!」


 そう豪快に笑う女将に、チップも渡してから、僕は宿屋の外へと出て仲間達と合流する。

 準備ができた馬車に飛び乗り、走り出す荷台の上から遠ざかっていく酒場を見送った。

 また、恒太と出会うことはあるのだろうか。

 そして、その時はどんな形で対面するのか。

 そう想像しかけたが、僕は頭を振って考えるのを止めた──

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