第53話 追放された元将軍

「やっば、やっば、ものすごくヤバかった」


 僕は目を回していた馬車の馬たちを《風霊術ふうれいじゅつ》の《風の声》の力で落ち着かせつつ、ひたいの汗を腕でぬぐった。

 王都から少し離れた人気の無い大運河の北岸ほくがん、もうすぐ日が昇り始めるという時間帯ということもあって、周囲に人の気配は感じられない。


「まさか、ここで敵の《風霊術》使いが出てくるなんて」


 馬車の上には馬たちと同じように目を回した面々が倒れ伏している。

 あの、普段は飄々ひょうひょうとしているディムナーテですら、荷台のふちに掴まって微動だにしない。


「あれって、《トルネリア大橋おおはし》の上からの攻撃だったよな」


 みんなが復活するまで時間がかかりそうなので、僕は攻撃を受けたときのことを思い返していた。

 橋の上から放たれた複数の《風の矢》が、僕が馬車を覆っていた《風の衣》に衝突し、微妙なバランスで維持していた《風の衣》が派手に乱れたのだった。


「アレって、スリルをウリにしているジェットコースターより激しかったよね。っていうか、僕、もっと褒められてもイイと思うんだ」


 敵の《風の矢》による攻撃を無効化しつつ、操縦が効かなくなった《風の衣》をすんでのところで立て直し、《トルネリア大橋》や大運河水面に衝突するのを回避しつつ、ここまでなんとか逃げ切ったのだから。


「……いや、逃げ切ったのはめてやってもイイけど、物事には限度ってヤツがあるだろ」


 顔面蒼白がんめんそうはくになったフェンナーテが、力を振り絞って上半身を起き上がらせる。

 ここに来て、懸命けんめいにツッコんでくるあたり、無駄に体力使わないほうがイイのにとか思ってしまう僕。

 それはそれとして、僕はあえて淡々たんたんと未だにくたばっている面々に声をかけた。


「みんなが完全復活するまで待ってあげたいんだけど、夜が明けるまでにできるだけ距離を稼ぎたいから馬車を動かすよ。ちなみに、拒否権はありませんし、クレームは一切受け付けません」

「「「「う゛っ……」」」」


 呻き声とともに、誰かが「鬼」と呟いた声が聞こえたが、僕は華麗にスルーする。

 御者台ぎょしゃだいに上がり、手綱たづなを取ってから《風霊術》の《風の声》で、やさしく馬たちの耳へとささやいた。

 そして、ゆっくりと動き出す馬車。


「この先、できるだけ平穏にことが進みますよーに」


 何気なく僕は呟いた。

 ささやかな願い──でも、それが気休めでしかないことは、僕自身が一番よく知っていた。


 ○


「ふあー、ひさしぶりに人心地ひとごこちついたー」


 小さな町の小さな酒場の奥まった一席でフォルティスが大げさな動作でカップを傾ける。

 ちなみに中身は果汁です。未成年飲酒ダメ絶対。

 《トルーナ王国》の慣習では十五歳前後から飲酒を始める風習っぽいけど、そのあたりの常識は、現代日本の価値観の影響を強く受けている僕だった。

 同じく、とても美味しそうにブドウの果汁を堪能たんのうしていたエクウスも、満足げなため息をついた。


「この街で、目的地まで半分を超えたところですかね」


 実は、この逃避行とうひこうの中、一番追っ手に怯えていたのがエクウスだった。

 人質が姿を消した以上、捜索隊が編制されるのは当然のことだし、街々に手配書も配布されるだろう、と。

 そのため、人目のつかない郊外や山道を選び、街や人里を避けて馬車を走らせてきたのだが、《革命軍》の警戒網が厳しくなるような気配は感じられなかったのだ。


「……補給も必要……そして……情報収集も……」


 愛想の良い酒場娘が運んできた料理を食べながらディムナーテが口を開くと、姉のフェンナーテも機嫌良さそうにフォークとナイフを軽く振ってみせる。


「まあ、あまり深く考えても意味がないってことだな。注意深く警戒することも必要だけど、時には運を天に任せてテキトーに突き進むのもアリってことだ」

「うん、それには俺も同意。イブキは慎重を通り越して考えすぎることも多かったからな。たまには頭からっぽにしてカラオケとかでバカ騒ぎしたりすればよかったんだ」

「いや、僕、カラオケは苦手って──!」


 普通に返事をしてから、今さらながら反射的に立ち上がる僕。

 いや、僕だけじゃない、フェンナーテ、ディムナーテ姉妹にフォルティスとエクウス、その場の全員が戦闘態勢に入りかける。


「──って、コウタ!?」


 驚きの声を上げる僕に、恒太こうたは手にしたコップを上下に振って席に戻るように促してくる。


「てかさ、イブキたち油断しすぎ──って、ワケでもないんだけどさ」

「どういうことだ?」


 平然とした態度で料理をつまむ恒太へ僕は問い返す。


「これが俺の《異能いのう》、《ギフト》って呼ぶヤツもいる。まあ、アレだよ異世界召喚にあたっての《チート》ってヤツじゃね?」


 限られた時間だが完全に自らの気配を消すことができる能力──恒太はそう説明した。

 重ねて着席を促す恒太。

 周囲の客や店員の視線も気になるところだし、僕はとりあえず警戒を解かないまま、恒太の指示に従い、他の面々にも椅子に座るよう指示を出した。

 恒太が笑う。


「今の俺はイブキとやり合うつもりはないよ。ていうか、もう《反乱軍の勇士》でもなくなったからな」

「どういうことだ?」


 一瞬、言葉の意味をはかりかねて問い返した僕に、恒太はゆっくりと肩をすくめて見せる。


「俺は《反乱軍》の中核メンバーから追放されたんだよ。将軍位も剥奪はくだつされて、今はただの一兵士ってワケ」

「それって、もしかして……」


 それは、先日の、父、冷血宰相れいけつさいしょう勢力から逃れるために、南領から北領へと逃避行とうひこうを続けた途中の話。

 《オリエンテルプレ》の街で《王国の忘れ形見》の子供たちとともに《革命軍の勇士》の一団に捕捉されかけたところを恒太、テオ将軍の機転で逃してもらったこと──


「──その時のことが原因だったりする?」

「まあ、うん、そういうことだな」


 歯切れの悪い返事をする恒太に、僕はもうひとつ気になることを問いかける。


「ということは、浦城うらきさんも《革命軍》から追放されたとか?」

「ああ」


 恒太はハッキリと頷いた。

 あの騒動の時、僕たちを逃がしてくれたのは恒太だけでなく、浦城さんもその場にいたのだ。


「浦城さんも《革命軍の勇士》から追放されて平民になったけど、《黒髪の聖女》の名声はスゴいからな、俺とは違って、あいかわらずいろんな街を駆け巡ってみんなのために頑張ってるよ」

「恒太だって、将軍として名前が通ってるだろ。平民兵たちには絶大な支持を得ているって話も聞いてるし、もう一回成り上がるのも楽なんじゃないか?」


 アレだ、ラノベとかの追放ものだ、と茶化す僕に、さすがに苦笑する恒太。

 僕は未だに警戒態勢を解かない仲間たちに、再度、落ち着くように促すと。僕自身、大きく息を吐き出して緊張を解く。


「言っとくけど、元とはいえ《革命軍の勇士》としてやってきたことは絶対に許さないからね」


 その言葉に、目の前の元将軍は手にした杯を一気に空にした。

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