第49話 トルーナ王国滅亡②~冷血の慈悲

 話していくうちに興奮してしまったのか、顔を紅潮こうちょうさせてしまうサンラース少年。

 僕はいったん落ち着くようになだめると、プリーシアの許可をもらって、水を飲むようにサンラースにすすめた。


「……すみません、どうしてもあの時の光景がなんどもよみがえってしまって」


 サンラースは水を飲み干した後、大きく息を吐き出した。

 どうやら、心の整理もついたように見える。


「《革命軍の三十九勇士》たちといっても、相手は五、六人。それに対してこちらには親衛隊しんえいたいだけでも五倍くらいの護衛兵がついています。正面からぶつかれば返り討ちにできると僕も思っていました──」


 ◇◆◇


「──チッ、手応えのないヤツらだな」


 赤毛の剣士が剣についた血を振り払いながら、足もとに転がった親衛隊のひとりを地下水路へと蹴り落としました。

 しかも、赤毛の剣士が切り捨てたのは、その親衛隊員だけではありませんでした。

 他にも数人の甲冑かっちゅうまとった親衛隊員が、地下通路の床に死体となって転がっています。

 まさに、一瞬のできごとでした。

 こちらへと踏み込んできた赤毛の剣士が剣を振るった瞬間、何人もの精鋭せいえいとも言える親衛隊員を一刀のもとに斬り捨てたのです。


「うあああああっっ!」


 緊張と恐怖に耐えられなかったのか、貴族の子弟していのひとりが剣を抜いて、赤毛の剣士へと打ちかかっていきました。

 続いて、何人かの貴族たちも突撃していきます。

 ですが、実力差はあきらかでした。


「──ふうっ!!」


 赤毛の剣士の横に並んだ金髪の剣士が、容赦ない斬撃を青年貴族に叩きつけると、負けじと赤毛の剣士がもうひとりの貴族の身体に剣を突き刺します。

 続いて、他の《革命軍の勇士》たちも進み出て、僕たち一行へとやいばを向けてきます。


「……ここは私が時間を稼ぎます。父上は政庁せいちょうへとお戻りください。決して御身おんみを《革命軍》にお渡しにならぬよう」


 そのフィラリスレオ閣下の言葉に、僕は思わず声を上げてしまいそうになりました。

 その言葉は、負け──いえ、死を覚悟したように僕には聞こえたのです。

 そして、その僕の考えは間違っていませんでした。


「サンラース、この俺に今までよく仕えてくれた。そして、こんな終わり方になって申し訳ないが、最期さいごまで我が父──宰相閣下さいしょうかっかともを頼む」


 僕にそう優しく語りかけてくれたフィラリスレオ閣下の笑顔は絶対に忘れません。

 半分泣き出しそうになりながらもうなずく僕の頭を、三度、軽く叩いてから、フィラリスレオ閣下は周りの貴族たちに対して声を上げました。


「事ここに至ったからには、我らの王国貴族の意地を見せつけてやるまでだ! 《革命軍の勇士》と称する敵の首魁しゅかいどもを、ここで切り捨てて、敵に一矢いっしむくいてやるぞ! 《トルーナ王国》万歳ばんざい!!」

「「「おおおおーっ! 《トルーナ王国》に栄光あれ!!」」」


 すでに、敵と剣を交えていた親衛隊の騎士たちまで、フィラリスレオ閣下の声に唱和し、地下水路の水の音を掻き消してしまう程でした。

 僕は未練みれんを断ち切り、フィラリスレオ閣下たちが戦う音を背後に聞きながら、宰相閣下の後に続いて地下通路の入口へと戻ります。


「──うっ!?」


 宰相閣下が鉄の扉を開くと、中からは熱風ねっぷう──いえ、灼熱しゃくねつ炎気えんきが吹きだしてきました。

 さすがにいったん怯んでしまいましたが、僕は意を決して地下通路から政庁へと戻ろうと足を踏み出しかけました──その瞬間。


「えっ!?」


 激しい衝撃と供に、僕の身体が宙に浮き、そのまま地下水路へと落ちていきます。

 水面へと落ちるわずかな瞬間に、宰相閣下が僕の身体を突き落としたのだとわかりました。

 そして、激しい水音とともに僕の身体は暗く冷たい水の中へと沈んでしまいました──


 ○


 僕が意識を取り戻すまで、どれだけ時間が経ったのかは正直わかりません。

 気づいたときには、僕はひとり、街の外の貯水池ちょすいちの外れにある草むらの中に流れ着いていました。


「あの冷血宰相れいけつさいしょうと呼ばれた方が……まさか……」


 遠い先で燃え上がる《ディアン・フルメンティ》を見つめながら、僕はしばらく呆然としてしまいました。

 まさか、冷血宰相と怖れられていたあの方が、最後の最後に僕の命を救ってくれたのかと。

 正直、僕はこの先、どうしたらいいか、まったく考えることができませんでした。

 そんな僕の頭の中によぎったのは、弟のことを自慢げに語るフィラリスレオ閣下の姿、そして託された最期さいごでした。


「俺ら兄弟の中でも、ノクトのやつが一番優秀かもしれない。なんてったって奴隷どれいに落とされた状態から、《セネリアル州》を乗っ取ってしまうんだからな。この先、この国になにか起きても、ノクトがいればなんとかなるんじゃないかって思うぞ」


 そのフィラリスレオ閣下のドヤ顔に、もう一度、泣き出しそうになってしまう僕でしたが、意を決して涙を拭いて立ち上がります。


 ──《セネリアル州》。


 僕は残りの知恵と力を振り絞って、フィラリスレオ閣下の弟君──ノクト様に、父上や兄上の最期を伝えるために歩き出しました。


 ◇◆◇


「それで、敗残兵はいざんへいりがうようよしている南領なんりょうの中を抜けて、港町まで辿り着き、偶然にもヒラリス船長に拾われて、ここまで来られたなんて……とてつもない強運、いや、サンラースくんの冷静な判断と武芸や身体能力の結果だね。本当に頑張ってくれたんだ」


 兄上はすごく優秀な従卒じゅうそつに支えてもらっていたんだね、と、僕が感心のため息をつくと、サンラース少年は誇らしげな笑みを浮かべた。


「なにはともあれ、兄上や父上の最期の様子を伝えてくれて、本当に感謝するよ。この情報があるとないとでは、今後の動きを決めるためにも大きな影響を受けるからね」


 《革命軍》は《トルーナ王国》全土に向けて、捷報しょうほうを急速に拡散させていた。

 その中で、父上──冷血宰相ことインブロスレオ・サミランド・ドラックァ公爵こうしゃくは捕縛後、臨時革命裁判が開かれ、火刑に処してその死体は完全に燃やし尽くしたということになっている。また、宰相家の一族や、宰相派の王族や貴族たちは全員が、同じく革命裁判によって首をねられ、それらの首は《王都トルネリア》の正門前の広場にさらされているとのことだった。


「《革命軍》のヤツらは、いったい何をやりたいんだ……何をやるつもりなんだ」


 僕はサンラース少年にゆっくり休むように伝えてから、彼のことをプリーシアに任せ、いったん廊下に出て、壁に背中をつけて考え込んでしまう。

 正直、父上の死については感慨も湧かないが、フィラリスレオ兄上の最期については大きな精神的ダメージを受けていた。


『──後始末を押しつけるようで悪いが、この国のことを頼む』


 それが、サンラース少年が伝えてくれた、フィラリスレオ兄上の最期の伝言だった。

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