第十一章 人質奪還作戦決行

第50話 王都潜伏

 僕は《王都おうとトルネリア》の北街区きたがいく、その下町にある目立たない一軒の家にひそんでいた。


「それじゃ、エクウスくんを助け出してくるね」


 不本意ふほんいながら留守番役担当となった子供たちをなだめる様に手を振って、《セネリアル州》を出て二週間弱。

 僕たちは《王都》の街中に潜入することに成功していた。


「……王城周りの情報は揃いつつ……あるけど……肝心のエクウス君の居場所が……まだ、つかめない……」


 いつも通り背後に立った《森の民》の少女──ディムナーテが、静かに状況を説明してくれる。

 そう、《王都》に潜入するにあたって、《王国おうこくわす形見がたみ》と呼ばれている仲間の子供たちは《セネリアル州》に置いてこざるをえなかったが、代わりに、このディムナーテ、それに双子の姉のフェンナーテ。そして、《山の民》の族長の息子フォルティスが同行してくれた。

 他にも、すでに《王都》で密偵みっていとして働いている《森の民》の偵察兵ていさつへいたちも協力を約束してくれており、情報収集や様々な工作活動に動いてくれている。


「あとはエクウスの居場所だけなんだ、その情報さえ揃えば、一気に乗り込んで救い出すことができるのに」

「……そうだね……逃走する手配も済んでるし……本当にあとは居場所を探り当てるだけ……」


 僕は小さくため息をついてうなずいた後、窓際へと寄って外の様子をうかがう。

 この家の辺りは下町の中心部に近い場所だが、それでも、《革命軍》の熱狂ぶりの余波よはが届いている。

 正直、この《王都トルネリア》に入る時に正門を通ったが、その道の脇に《王国軍》指導者や貴族、王族たちの首が雑然ざつぜんと並べられている場所があって、さすがの僕も大きな精神的ダメージを受けてしまった。

 さらにこたえたのが、その首に向かって《王都》の民たちが、毎日のように唾を吐きかけたり投石したりしているという現実だった。


「子供たちを連れてこなくて良かった……」


 その僕のつぶやきに、ディムナーテが同感といったように頷き返す。

 残酷な光景を見せたくないという思いの他に、僕も含めて《王都》で生活していた《王国の忘れ形見》の子供たちは、どこで知っている人間に遭遇するかわからない。メイドとして働いていたフロースも同様だ。

 なので、悔しがる子供たちだったが、僕はキツく留守番を命じたのだ。

 そして、僕も《王都》に入ったのはいいが、基本、この隠れアジトで留守番と情報の分析役を担っている。


「ちょっと、手詰まりだな」


 んっ、と腕を伸ばす僕に、ディムナーテがお茶を差し出してきた。


「……あせりは禁物きんもつ……果報かほうて……」

「ん、そうだね」


 僕はくすりと笑って、ディムナーテからカップを受け取った。


 ◇◆◇


「最近の調子はいかがですか? お客人」


 《王都トルネリア》の北街区、大運河沿いにそびえる《王城おうじょう》にある塔のひとつ。

 そこに黒ずくめのよそおいに身を包んだ黒髪の少年──コジット・アミコーラが足を踏み入れた。


「さっきまで上々でしたけど、たった今、最悪な気分になってしまいました」


 そう皮肉ひにくっぽい笑みを浮かべて応える金髪の少年──彼が《セネリアル州》からの人質エクウスだった。

 コジットもため息をつきつつ、小さい笑みをみせる。


「お元気そうで何よりです。少し、ぼくが《王都》から離れてる間に、ツラい目に遭わせてしまったようで、慌てて帰ってきました。きみに何かあったら竜宮たつみや──じゃない、ドラックァ殿に顔向けできないどころか一生かけて命を狙われてしまう」


 ツラい目にあわせた──それは、《王都》の正門前に並べられた《宰相派さいしょうは王国軍おうこくぐん》の首脳しゅのうたちの首実検くびじっけんにエクウスも同行させられたことを指していた。

 エクウスの親族は、そのほとんどが《王都》陥落時かんらくじの《革命裁判》によって彼自身の目の前で処刑しょけいされてしまっている。

 それでも、今回さらされた首の中にも、遠い親類や交流のあった貴族たちも含まれていて、成長期にある少年とは言え、その心理的ダメージは計り知れなかった。

 なので、コジットも彼なりに慎重に言葉を選んでいるようだった。


「……それはそれとして、最近、お客人のことを探っている人が増えているようですよ」


 どうやら、あと半年先を待てない人がどこかにいるようだ、と、コジットは肩をすくめる。

 エクウスが、ゆっくりと立ち上がった。


「まさか、それは……」

「おそらく、北のお方でしょうね。南領なんりょうが陥落して、状況が大きく変わりつつあることを認識しての行動でしょう」

「それをわかっていて、なぜ、アミコーラ殿は僕にそのことを伝えたのですか?」


 金髪の少年のその問いかけに、一瞬、言葉に詰まる黒髪の少年。

 すると、全てを悟ったようにエクウスが笑う。


「……そうですか、僕の人質としての価値が無くなってしまったんですね」


 躊躇ためらいつつも、コジットはエクウスの言葉を肯定した。


「南領の《宰相派王国軍》を壊滅させ、南領自体の制圧も完了しつつあります。そうなると、今度は北領へ全軍を振り分けることができるようになりますし、《セネリアル州》と全面衝突するのも時間の問題ということらしいです」


 そうなると、手元に置いている人質は意味を無くしてしまう、というかむしろ邪魔な存在だ。

 だったら、《革命裁判》なりなんなりで理由をつけて、北方征伐ほっぽうせいばつを盛り上げるための血祭りにあげてしまおう──そんな声も上がっているとのこと。

 コジットは苦虫にがむしつぶしたような表情になる。


「最近の《革命軍》や支持する兵士や民衆たち──彼らはいろいろあって、特に王族や貴族相手に対して正常な判断力を失いつつあります。まあ、結局のところ、僕たちの自業自得じごうじとくっていうことでもあるんですけど」

「自業自得──?」


 いぶかしげに問い返すエクウス。だが、コジットはそのことについては答えなかった。


「──というわけで、せめて、ぼくだけでも冷静に判断し、動きたいと思っているわけです」

「それは僕としてはありがたいかぎりですが、結局のところ、なにをどうすれば良いんでしょう?」

「とりあえず、ぼくの方からアクションを起こしてみました。次は、ドラックァ殿がどうリアクションを見せるか、っていうターンですね」


 そう言い残して、一礼してからコジットはエクウスの部屋を後にした。


 ◇◆◇

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る