第48話 トルーナ王国滅亡①〜狂乱の炎上

 《ディアン・フルメンティ》陥落かんらくしらせが、僕の元に届いたのは一週間後のことだった。

 フィラリスレオ兄上の従卒じゅうそつを務めていた少年が、ヒラリス船長に助けられ、船で《セネリアル州》へと逃れてきたのだ。


「ごめん、傷の治療をしながらでツラいとは思うけど、ゆっくりと何があったのか話してほしい」


 《セネリアル州》の《州都しゅうとネール》にある政庁せいちょうへ、僕はプリーシアとマースベルだけを伴って駆けつけていた。

 《プテラーム城砦じょうさい》でエクウス救出計画を練り始めていた僕のところへ、《州都ネール》で政務を担当しているステューディア女史から急報がもたらされたのである。

 目の前の寝台に寝かされているくすんだ蜂蜜色はちみついろの髪の毛の少年──サンラース・ヴェルトゥルムと名乗った彼の全身の傷を確認し終えたプリーシアが、僕に向かってうなずいてみせた。


「ひどいケガですけど、幸いなことに命に別状はないと思います。これから《神聖術しんせいじゅつ》で治療しますので、安静にしてもらえれば、会話も問題ないと思います」


 プリーシア自身、《聖職者殺せいしょくしゃごろしのねつ》から回復してから、さほど期間は経っていないというのに、病み上がりの疲れなどいっさい表に出さずに、マースベルに手伝いを頼んでテキパキと治療の準備を進めていく。

 その様子を横目に、僕はサンラース少年の枕元に椅子を移動させ、そっと腰を下ろしてから、少年の目が開いていることを確認した。


「最初に確認するね。キミの名前はサンラース──ヴェルトゥルム子爵家ししゃくけ長子ちょうしで、兄上──フィラリスレオ兄上の従卒を務めていたということで間違いないかな」

「……はい」


 力ない声で応えるサンラースの手に、僕はそっと自らの右手を乗せる。


「とりあえずは、よく無事にここまで逃げてきたね。この《セネリアル州》に入った以上、僕が責任を持ってキミのことを守るから」


 安心してゆっくり休んで欲しい、と、僕が優しく語りかけると、少年の目元にうっすらと涙が浮かんだ。


「僕だけが生き延びてしまいました。フィラリスレオ閣下や宰相閣下を差し置いて僕だけが……」


 その言葉を聞いて、最悪の予想が当たったことを僕は悟った。

 少なからず衝撃ではあったが、できるだけ表情に出さないようにしつつ、穏やかな口調で少年に語りかける。


「そうかもしれない、でも、キミが生き残ってくれたおかげで、僕たちは真実を知ることができるんだ、とてもありがたいことなんだよ──」


 僕の言葉に目の涙を拭ったサンラース少年は、ポツリポツリと《ディアン・フルメンティ》陥落の様子を話し始めた。


 ◇◆◇


 《ディアン・フルメンティ》の城門が内部から開かれはじめた時、僕──サンラース・ヴェルトゥルムは、フィラリスレオ閣下の従卒という身分で、閣下や宰相閣下方と一緒に城壁の上で防戦にあたっていました。


「いけません、父上! 急ぎ、政庁へお戻りを!!」


 状況を把握したフィラリスレオ閣下が、焦りの声を上げました。

 四方向の城門全てを《革命軍》に攻められている状況では《ディアン・フルメンティ》からの脱出も難しい。

 この城壁も、すぐに敵軍に制圧されてしまうだろう。そうならないうちに、政庁へと戻り、立てこもって時間を稼いで状況の変化に期待するしかない、と。

 その提案に、宰相閣下は少しだけ考え込んだようにみえましたが、すぐに小さく頷いて、自ら先頭に立って政庁へと戻り始めます。


「クソッ、《革命軍》のヤツら常軌じょうきいっしている!」


 政庁に立てこもった僕たちは、激しく攻め寄せてくる《革命軍》、さらには裏切った《王国軍》の平民兵たち相手に必死に戦い続けました。

 食事も休憩もまともにとらず、ただただ、自分たちが《トルーナ王国》の歴史を守るという強い意志の元、気力だけで戦い続けていたようなものです。

 ですが、今となっては敵軍の様子もおかしかったように思えます。

 狂騒きょうそうともいうべきでしょうか。激しい感情をあらわに無謀な突撃を繰り返してくる《反乱軍》や平民兵たちは、まともな様子とは到底いえません。


「大変です! 《革命軍》のヤツら、火を放ち始めました!」


 政庁のあちこちから同様の叫びがあがり、それと同時に火の手が一気に各所に上がったのです。

 さらに、突然乾いた強風が吹き始め、最初は小さかった炎を、ものすごい勢いで煽り始めました。


「うぎゃぁぁっ!!」

「おい、押すな──扉が外から閉められてる!? 頼む出して……うぎゃぁぁぁ!」


 燃え上がる火の手から逃げる貴族兵たち。

 だが、《革命軍》たちは政庁の出口をすべて外側から封鎖してしまったのです。

 当然、貴族兵たちは脱出することができず、無残にも焼き殺されていきました。

 さらに悲惨な状況に追い込まれたのは、上層階へと逃げた人たちです。

 火と煙に追い立てられて狭いバルコニーへと逃げ出したのはイイですが、すぐに、人でいっぱいになって、次から次へと逃げてくる人によって押し出され、地面へと落下し命を失っていきました。

 そんな絶望的な状況下、僕も焼け死ぬか自死するか覚悟を決めようとしたとき、フィラリスレオ閣下が、短剣を握る僕の手を押しとどめたのです。


「……卑怯と言われるかもしれないが、まだ、オレたちは死ぬわけにはいかない。サンラースにも悪いがつきあってもらうぞ」


 そう言うと、フィラリスレオ閣下は僕を伴って、秘密会談から地下へと向かう通路へと向かいました。

 その先には宰相閣下や六務卿など主要な貴族の方々、さらにはフィラリスレオ閣下率いる宰相閣下の親衛隊がすでに避難していたのです。


「ささっ、急いでこの場を離れましょうぞ」


 大貴族のひとりが、宰相閣下を促し、一行は足早に先へと進み始めました。

 先頭を進むのは《ディアン・フルメンティ》の城司じょうしを務める貴族で、慣れた足取りで複雑な地下水路を迷いなく進んでいきます。


「この道はどこに繋がっているんですか?」


 恐る恐る尋ねる僕に、足を止めずにフィラリスレオ閣下が教えてくれました。


「《ディアン・フルメンティ》から少し離れた郊外の廃屋に繋がっているらしい。そこまで逃げおおせたとしても、そこから先、海軍の基地がある《スピナーフレトゥ》まで徒歩で進まないといけない。けっこうな強行軍になるが、ちゃんとついてこいよ」


 そう言って笑うフィラリスレオ閣下に、僕も笑い返そうとしたときでした──


「──残念だが、アンタたちはここで終わりだ、ゲームオーバーってことさ!」


 その声とともに放たれた矢が先頭の《ディアン・フルメンティ》城司の眉間みけんに突き刺さり、城司の身体はそのまま激しく流れる地下水路へと落ちていきました。


「誰だっ!」


 フィラリスレオ閣下が声の方向へ松明を向けると、赤毛の剣士を筆頭に、僕とさほど年の変わらない少年少女たちの一団が姿を現しました。


「誰だ? と訊かれて答えるのもアレだけど、一応《王国軍》のお偉い様方々には自己紹介するのが礼儀ってヤツなのかね」


 バカにしたような口調の赤毛の剣士の横に、金髪の剣士が進み出てきます。


「俺たちは《革命軍の三十九勇士》、おまえたち《トルーナ王国》に引導を渡してやる」

「──ま、《三十九勇士》っても、さすがに全員は来てないけどな」


◇◆◇

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