第47話 冷血vs残酷

「いったい、なにが起きたというんだ!?」


 《トルーナ王国南領》の中心都市──《宰相派王国軍勢力》の本拠地である《ディアン・フルメンティ》。

 その政庁のバルコニーから、冷血宰相れいけつさいしょうの三男──フィラリスレオが、攻め寄せてくる《革命軍》の大軍を前にあせりの声を上げた。


「兵力では、こちらが《反乱軍》を圧倒していたはずだ! 現に《王都トルネリア》へヤツらを追い詰めた、なのに、なぜこんな状況になってしまったんだ!?」


 フィラリスレオのその叫びは、《王国軍》の指揮官しきかん参謀さんぼうたち共通の思いだった。

 敵である《反乱軍》の規模や戦略を想定し、万全の準備を持って充分な兵力を送り出したのだ。

 多少の苦戦は覚悟しつつも、敗退どころか壊滅状態かいめつじょうたいにまで追い込まれるなど、まったくもって想定していなかった。


「報告!《反乱軍》が進軍を停止! その中から、少数の部隊がこの街に近づいてきています。もしかすると、交渉の使者かもしれません!」


 街の北門を守る指揮官からの伝令でんれいに、宰相の執務室内に緊張が走った。

 フィラリスレオをはじめとした幕僚ばくりょうたちの表情に動揺どうよういろが浮かぶ。

 そんな空気の中、重々しい動作でゆっくりと王国宰相インブロスレオ・サミランド・ドラックァが立ち上がった。


北門きたもんへ向かう」


 そう言い残すと、返事を待たずに部屋を後にした。


 ○


 《反乱軍》からの交渉の使者かもしれない──伝令のその言葉は間違いだった。

 この街へと向かってくる《反乱軍》の小部隊は何台かの車を引いてきていた。

 そして、その車には《王都トルネリア》へと進軍していた《王国軍》の指揮官や兵を率いていた貴族の子弟していたちが、みすぼらしい姿で棒に縛り付けられていたのだった。

 最初は人質ひとじちを用いた交渉の提案かと、フィラリスレオも思った。

 だが、宰相が城壁上へ姿を現すと同時に、《反乱軍》の兵士たちの何人かが、長槍ちょうそうを高々と掲げる。


「あ……兄上方……」


 宰相の隣でフィラリスレオが声を震わせた。

 槍の先端に突き刺さっていたのは、宰相の長男と次男──フィラリスレオの兄たちの首だったのだ。

 しかも、《革命軍》の兵士たちは、その首を槍から取り外し、あろうことかまりに見立てて蹴り合い始める。


「なんてことを……」


 あまりの光景に歯ぎしりしながら、拳を城壁に打ちつけるフィラリスレオ。

 だが、《反乱軍》の蛮行ばんこうは、まだはじまったばかりだった。


「──父上っ!!」

「──兄上っ!!」


 次に引き出されてきたのは、《王国軍》士官を棒に縛り付けた台車の数々だった。

 その様子を無言で見下ろす宰相の横で、フィラリスレオは城壁から身を乗り出すようにして声を上げる。


「ミラリスレオ、カファーレオ、ユリスレオ、それにオクトーラレオまで──っ!!」


 フィラリスレオは、捕虜たちの中に自らの弟たちの姿を認めて、正面へと城壁上を移動する。


「兄上、お願いです! 僕たちを助けてくださいっ!」


 そう懇願こんがんしてきたのは、宰相家の七男──フィラリスレオからみるとノクトよりひとつ上の弟になるオクトーラレオだった。

 オクトーラレオの声を皮切りに、捕虜となった貴族たちから救いを求める声が次々と上がる。

 だが、次の瞬間、その声は悲鳴へと変わった。

 車に上がってきた《反乱軍》の兵士たちが、手にしたムチや棒、短剣などで救いを求める貴族たちを責め立てたのだった。


「ぐぶうっ!?」

「や……やめて……ぶぐぅっ!!」


 《反乱軍》の兵士たちは、まさに狂気きょうきゆだねたかのようだった。

 笑みを浮かべながら、抵抗できない貴族たちを一方的になぶっていく。


「おい、ヤメロ! こちらにも交渉の用意はある! 捕虜ほりょへの虐待ぎゃくたいめてくれ!!」


 フィラリスレオが、城壁から落ちるギリギリまで身を乗り出して声を上げる。

 だが、《反乱軍》は一切聞く耳を持とうとはしなかった。


「聞け! 勇敢な我が《王国軍》の勇士たちよ!」


 突然、重く鋭い声が城壁から放たれた。

 フィラリスレオは驚愕の表情を浮かべて、その声の主──冷血宰相こと、王国宰相インブロスレオ・サミランド・ドラックァの姿を見つめる。

 いや、フィラリスレオだけではない。兵士や貴族、《反乱軍》の面々も含めた、この場にいる全ての視線が宰相へと集中する。


「おぬしたちの最後まで敵に屈しようとしない態度、実に感じ入った! だが、これ以上、おぬしたちを苦しませるのも忍びない。せめてもの情けだ。我らの手により、その命もらい受けよう」


 宰相が右手を挙げると、城壁上に控えていた宰相直属の兵たちが、一斉に弓に矢をつがえた。


「父上、なにを──」


 事態を察したフィラリスレオが宰相へと駆け寄ろうとした刹那せつな、無情にも宰相の右手が振り下ろされる。


「おぬしたちはそこで死ね。そして、新しき王国のいしずえとなるのだ」


 ざっ、と音を立てて無数の矢が捕虜となった貴族たちへと放たれる。

 だが、次の瞬間、飛び立った矢の全てが、複雑な風に絡め取られて地面へと落ちていく。


「これは、《風霊術ふうれいじゅつ》!?」


 フィラリスレオが再び声を上げた。

 何度か城壁上から矢が放たれたが、それらの全てが風によって叩き落とされていく。

 そして、《反乱軍》による、残虐ざんぎゃくな見せしめが再開された。


 響き渡る悲鳴。

 泣き叫ぶ貴族の子弟たち。

 そして、それらの声も次第に力を失い、か細くなっていく。


「ああああ……」


 力なく城壁上に両膝をついてしまうフィラリスレオ。

 本当なら、今すぐにでも門を開いて打って出て、しいたげられる彼らを救いに出たい。

 だが、彼我ひが兵力差へいりょくさが大きすぎて、今は籠城ろうじょうしのぐことを第一に考えなければならない。

 自らを守るために、弟たちを見捨てないといけない。そのジレンマにさいなまれてしまう。


 しかし、その思いを踏みにじるような報告が城壁の上にもたらされた。


「大変です! 守備兵の一部が反乱を起こしました! すでに門の内側が占拠せんきょされ、開門がはじまっています」

「なんだって!?」


 フィラリスレオだけではない、城壁上にいた《王国軍》の士官たち全員が下へと視線を向ける。

 その先では、重々しい巨大な鉄の扉がゆっくりと開き、待ち構えている《反乱軍》兵士たちの間から、歓喜かんきの声が上がり始めていた。


 ◇◆◇

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