第46話 後悔先に立たず

「《王都》を攻めていた《王国軍》が壊滅かいめつした──!?」


 偵察ていさつに出ていた《森の民》斥候兵からの第一報に、僕は思わず声を上げてしまっていた。

 その後も、間を置かずに他の斥候兵せっこうへいからも複数の報告が入り、《革命軍》が《王国軍》を撃破したことが、ほぼ確実となる。


「まさか、こんなにも早く決着がつくなんて……」


 僕は動揺しつつも、情報を分析して整理していく。

 当初の予想通り、《王国軍》は所有していた《海軍船団かいぐんせんだん》をふたつに分けて、大運河の東西両端《オリエンテルプレ》と《オーテュデスプレ》双方を同時に攻撃した。

 大机の上に広げた地図を見つめていたドラックァが僕に向かって顔を上げる。


「《オリエンテルプレ》も《オーテュデスプレ》も、《革命軍》は抵抗せずに街を明け渡しちゃったんだよね」

「そうらしいね。たぶん、《王国軍》の海軍と陸軍を《王都》まで誘い込んで一気に叩く戦略を立てていたのかな」


 自軍の兵力を分散させずに集中させるのは、戦略的には間違っていない。

 だが、この場合《革命軍》の軍隊を《王都》に集めることができるのと同時に敵である《王国軍》の兵力も同様に集中させてしまうことになる。

 結果として、《王国軍》に押されて《王都》まで退却した《革命軍》という形になって、《王国軍》の勢いを強めることになってしまいかねない諸刃もろはつるぎだ。

 子供たちの中から、すでに甲冑かっちゅうまとって戦闘態勢に入っているフラーシャが剣環けんかんらして、地図の上に身を乗り出してくる。


「この状況だと、完全に《王国軍》が有利だよね。《王都トルネリア》は陸上側からの攻撃に対しての守りは固いけど、中央をつらぬく大運河に敵船団の侵入を許したら、内側と外側、両方から攻撃されることになっちゃう」

「うん、フラーシャの言う通りなんだ」


 《王都トルネリア》はその巨大な都市の中央を東西につらぬくように大運河が横断している。

 そのため、大運河の両端の街《オリエンテルプレ》と《オーテュデスプレ》を海軍戦力で突破されてしまうと、大運河側からの敵兵力侵入を許してしまうことになり、危地きちおちいってしまう。


「そのことは《革命軍》のヤツらもわかっていたはずなんだ。なのに、あえて《王国海軍船団》を《王都》へと誘い込んだ……」


 まだ、断片的だんぺんてきな情報しか入ってきていないが、《王都》に突入した《王国海軍船団》は、その全てが爆発炎上して沈没してしまったらしい。

 今度はフラーシャの双子の弟、フランが地図上の駒に手を伸ばす。


「《王国海軍船団》壊滅後、《革命軍》は《王都》の南街区に攻め寄せてきていた《王国陸軍》に対して、全面攻勢に出たらしいよ。《王国軍》は完全に混乱してしまって潰走状態かいそうじょうたい。《革命軍》は勢いに乗って《南領なんりょう》への侵攻を開始したんだよね」

「うん、状況がこうなったら、《革命軍》としては一気に勝負をつけるために、《王国軍》の本拠地──父上がいる《ディアン・フルメンティ》を目指すだろうね」


 僕は駒を動かしながら思考を巡らせていく。

 動くなら今をおいて他にはない。

 地図上の《セネリアル州》におかれた駒に手を伸ばしかける僕。

 だが、それ以上、僕は手を動かすことができなかった。


「せめて、エクウスが置かれている状況がわかれば……」


 《革命軍》に人質ひとじちに取られている大切な仲間エクウス。

 《森の民》の斥候に頼んで居場所や待遇について調べてもらおうとしたが、彼に関する情報はほとんど得られなかった。

 何度か、僕たちへの手紙も届いたが、たりさわりのない内容で、あきらかに《革命軍》による検閲けんえつを意識している様子だった。


「エクウスを救出に行くなら、オレも乗らせろよ」


 そう先回りして身を乗り出してきたのは《山の民》の族長の息子、フォルティスだ。

 彼にとっても、エクウスは神聖な儀式で直接拳で殴り合ったという経緯があり、特別な思いがあることは僕にもわかっている。

 単身でエクウスを救出に行く──そのことも何度も頭をよぎっていた。

 もちろん、実際に動くとなると、フォルティスだけでなく、フェンナーテたちも協力してくれるだろう。

 成算せいさんもある。だが、失敗したときに失うのはエクウスの生命いのちなのだ。万が一のミスも許されない──やっぱり、そんな賭けにエクウスの運命を委ねるわけにはいかないという結論に至ってしまう。


「……みんな、ゴメン。今回も動けない」


 僕は地図の上に両拳を押しつけて、そのまま頭を下げる。

 エクウスを人質に出してしまったことを、今は本気で後悔していた。

 この提案を持ち出してきた元クラスメイトの田野上たのうえ 純樹じゅんき──コジット・アミコーラの面影が頭の中をよぎる。

 アイツは、いや、アイツらは、ここまでのことを見通してエクウスを人質として連れ去ったのだろうか。


「もし、そうだったら、完全に僕はしてやられた──!」

「ノクト様」


 机の上の僕の拳に、そっと手のひらが重ねられた。


「プリーシア……」


 それは病から完全に回復した少女だった。


「ノクト様、未来は誰にもわからないです」


 プリーシアは言う。

 エクウスが人質になると決まったとき、その時点で、それぞれが未来に対して思惑を描いていた。

 もちろん、《革命軍》も彼らの思惑があってエクウスを人質に取った。

 だが、現状が《革命軍》の思い通りに事が運んだ結果とは限らない。


「結局、経緯を悔やんでもしかたないと思います。今重要なのは悔やむことじゃなくて、ここから、どう前に進むかと言うこと。なので、ノクト様がご自分を責めてもしかたないと思うのです」

「……ありがとう、そうだね」


 僕はプリーシアの手を取って握り返す。


「決めた」


 会議室に集まった子供と仲間たち全員に向けて、僕はゆっくりと語りかける。


「僕は──いや、僕たちは、ハッキリと《革命軍》と敵対する」


 その僕の言葉に、フェンナーテを筆頭に、好戦的な子供たちも興奮した表情を見せた。


「そして、残り半年程度ではあるけれど、一日でも早くエクウスの身柄を取り戻せるようにあらゆる手を尽くす」


 フォルティスが右の手のひらに左拳を打ちつけて、ニヤリと笑ってみせる。


「《革命軍》が《王国軍》と泥沼どろぬまたたかいを繰り広げているうちに、背後から襲いかかって《革命軍》を撃滅する!」


 そして、《革命軍》を撃ち滅ぼした後は、その功績をもって父上──冷血宰相れいけつさいしょう殿に影響力を行使し、王国の再建に尽力する。

 そう方針を告げると、子供たちと仲間たちは次々と頷いて、僕の提案に賛同してくれた。


「みんな、ありがとう! ここからが正念場だ、気合いを入れていこう!」

「「「おおーっ!!」」」


 会議室内にみんなの掛け声が響き渡る。


 ○


 ──だが、事態は僕たちの予想を遥かに超えた展開へと転がり込んでいく。


 予想外の展開、ひとつめ──それは《王国軍》の完全滅亡だった。

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