第43話 恩と怨

「そろそろ限界ってカンジでしたしね、あっち」


 神殿と仲間たちが逗留とうりゅうしている宿屋やどやとの間を定期的に行き来してくれていたフロースが、僕と動けるようになったプリーシアに向かって肩をすくめてみせる。


「宿屋組の皆さんがが爆発する前に、プリーシアさんが快復かいふくしてくれて良かったですよ」

「ありがとう、フロースさん」


 ──そう、治療に入ってから三日後、プリーシアは自分の足で歩けるまでに回復していた。

 僕は、ポンとプリーシアの頭に手を乗せる。


がりのところで悪いけど、さっそく《セネリアル州》へ向かおう。また馬車の旅でツラいかもしれないけど、とりあえずみんなと合流して──」

「──で、そのことなんだけど」


 少しだけ開いた部屋の扉の外から、恒太こうたがそっと顔を出してきていた。


「ひとつ、提案があるんだけど、いいかな?」


 ○


「え、この船、《セネリアル州》に向かってくれるの?」


 神殿を出た僕たちは、数日間宿屋に引きこもることを余儀なくされてストレスを限界まで溜めていた仲間たちと合流し、《オリエンテルプレ》の《大運河だいうんが北岸ほくがんの港へとやってきていた。

 案内してくれた恒太が、ひとりの青年を呼び寄せた。


「彼がこの船の船長だ。昔からのつきあいで信頼してくれて大丈夫だよ」

「テオ将軍が、まだした兵士だったころに海賊かいぞくに襲われたところを助けてもらったんだ。だから、将軍の頼みなら、どんな依頼でも絶対に断れないさ」


 そう言って笑うと、青年船長はヒラリス・デルフィと名乗って右手を差し出してきた。

 一瞬躊躇ためらった僕だったが、なんとなく流れで握手してしまう。

 信頼しても良いものか、僕はとっさに考えを巡らせる。

 もちろん、ここから船で《セネリアル州》へと向かえるのは願ってもないことだ。これ以上、敵地とも言える《革命軍》支配下の北領ほくりょう縦断じゅうだんしていくのは正直厳しい。それに、回復したとはいえ、プリーシアの体調も気になる。できれば、早めに安心できる環境で休ませたい。


「──ありがとう、その提案。ありがたく受けるよ」


 僕がそう答えると、恒太は嬉しそうな笑みを浮かべた。

 同行してきていた浦城うらきさんも、ホッとした様子だった。

 だが、僕は釘を刺しておくのを忘れない。


「これはこれで借りひとつってだけだからね。プリーシアの治療の件も含めて別の形で必ず返す」

「プリーシアちゃんの件は、神殿への寄進で充分すぎると思うけど……」


 浦城さんは軽く頭を振ってから、僕を正面から見つめてきた。


「今は、すぐに和解しようとは言わない。でも、対話する機会だけは──またチャンスをください」

「……約束はできないけど、考えておく」


 その僕の答えに浦城さんは自分を納得させるかのように何度か頷く。

 それを見てから、僕は少し離れていた場所に待機させていた、仲間たちの馬車へと声をかける──いや、かけようとした時、馬車にみんなの姿がないことに気づいた。


「あれ? みんな、どこへ……」

「ノクト様! あっちです!」


 フロースが焦りの声を上げて、僕の顔を無理矢理横へと向けた。


「いきなり何するんだ──って!?」


 僕は思わず言葉を失ってしまう。

 視界の先では、それぞれ剣を抜いた子供たち、それにフェンナーテとフォルティスのふたりが、身なりの良い少年少女の一団と対峙していたのだ。

 いつの間にか、近くに来ていたディムナーテが状況を説明してくれた。


「……ドラックァがあっちのひとりと肩がぶつかって……それで、向こうが因縁つけてきた……」

「ああ、だから騒ぎを起こすなっていったのに……って!?」


 再び言葉を失う僕。みんなとトラブルを起こしている相手の少年少女たち──


「こんな街中で、みんな何をするつもりなの!?」


 浦城さんが焦りを含んだ声を上げる。

 そう──その一団は、《革命軍かくめいぐん三十九勇士さんじゅうきゅうゆうし》と呼ばれている元クラスメイトだったのだ。


「ああん、なんだ? このガキたち。俺たちを《革命軍かくめいぐん勇士ゆうし》様と知ってのその態度かぁ?」


 そうすごんで見せたのは、濃い紫色っぽい髪色の少年──転生前の名前は永戸ながと 光哉みつやだった。

 永戸は自分たちが《革命軍の三十九勇士》だと示すことで、子供たちを威圧いあつしようとしたのだろうが、それは完全に逆効果だった。


「《革命軍の勇士》だって!?」


 その名前に過敏かびんに反応したのは子供たちだった。

 まさに、自分たちの親や大切な人たちのかたきが目の前に現れたのだ。

 そして、あのまわしい《革命裁判かくめいさいばん》の日と異なり、今は、目の前の仇と戦える力を持っていると思っている。

 子供たちの中でも武闘派筆頭ぶとうはひっとうとも言えるフラーシャを先頭に、フラン、マースベル、ティグリス、パークァル、レイファスがそれぞれの武器を構え、そこに面白半分でフェンナーテとフォルティスも子供たちを煽りつつ参加する。


「ちょっと、なんなの、このガキども。ちょームカツクんですけど」

「コイツら、自分たちが何をしようとしてるかわかってるのかな。身の程知らずにも程があるってカンジ」


 さらに、《革命軍の勇士》の中から、小柄な少女──南田みなみだ 亜梨子ありすと、狐を連想させるような容貌の少年──影近かげちか ナオキのふたりが歩み出てきて、子供たちを挑発する。


「このままじゃ、マズイ……」


 僕は手の中の《精霊王せいれいおう指輪ゆびわ》を握りしめ、子供たちの前へ割って入ろうとする。

 ざっと見たカンジ、永戸ながと南田みなみださん、影近かげちかの後ろにも、新牧あらまきごう河山かわやまさん、善明ぜんみょうさん、それに双子の益守ますもり兄妹きょうだいの姿を確認できた。

 《革命軍の勇士》たちは僕と同じ転生者、どんな力を持っているかわからない。そんな複数の相手と、この場で乱闘らんとうに持ち込まれるのは絶対に避けなければならない。

 だが、そんな僕を恒太が制した。


「ここは俺に任せろ」


 そう言うと、恒太は僕を力強く押しのけて、子供たちと永戸たちの間に割り込んでいった。


「双方とも剣を引け! この《オリエンテルプレ》の街中でトラブル、というか、私闘を起こすことは、この将軍テオの名において許さない!」


 その発言と態度は、先程までのおどおどした恒太とはうってかわって威厳いげんに満ちたものだった。

 すかさず、浦城さんも恒太の隣に立って、状況の変化についていけてない子供たちに、僕の元へ向かうように促す。


「さあ、みんなは早くノクトさんと一緒に船に乗り込んで。ここは私たちに任せて、はやく行きなさい!」


 戸惑う子供たち。

 だが、必死の形相で睨む僕の姿に気がついて、気持ちが折れたのか、次々と剣を収めて駆け寄ってくる。

 状況を察したヒラリス船長が先導してくれる。


「さあ、みなさんこっちです。出航の準備はできてますから、今のうちに乗り込んでくださいよ」


 そんな僕たちの動きに《革命軍の勇士》たちのひとり、益守ますもり妹が気づいたようだった。


「あ、アイツら逃げ出した──って、アレ? あの一番後ろにいるの竜宮たつみやじゃない?」

「って、おい、テオ! なにやってんだよ!? 竜宮を捕まえろよ!」

「アンジェラも……って、あんたち竜宮を逃がすつもりなの?」


 声を荒げる元クラスメイトたちを抑えようとする恒太と、浦城さん。

 その喧噪けんそうを背に、船へと駆け出す僕たち。

 港はにわかに騒然となったが、さらにけたたましい鐘の音が、それらの声を掻き消していく。

 恒太──テオ将軍の下に幾人かの兵士が駆けつけてくる。


「大変です! 南街区からの急報です! 王国軍の海軍が攻めてきたとのことです、大船団の襲来です!」


 あたりに悲鳴が巻き起こった。

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