第42話 僕は絶対に許さない

 未練みれんはあるが、病室にいると他の病気がうつる可能性もあると浦城うらきさんに指摘され、プリーシアの容態ようだいも少し落ち着いてきたように見えたこともあり、僕は恒太こうたうながされて別室へと移った。


「……その、なんと言っていいか」


 気まずそうに視線をらす恒太。

 もちろん、居心地いごこちが悪いのは僕も同じだ。

 フウッと息を吐き出しながら、寝台に腰掛ける。


「今さら、何を言ったって言い訳にしか聞こえないからね。僕は絶対に《革命軍》を許さない」


 僕の脳裏のうりに、あの《革命裁判かくめいさいばん》の時の光景が描き出される。

 そして、それは恒太にとっても同じだったようだ。


「確かにあの裁判──処刑は見せしめが理由とはいえ、やりすぎた。止められなかったことは今でも後悔している」

「だから言い訳は聞かない」

「それでも──!!」


 恒太は正面から僕の顔に視線を向けてくる。


「──今からでも、なんとかできないか? やっぱり、俺はイブキと戦争なんてしたくない……この世界はゲームじゃないんだ、こちらの住民たちを巻き込んだリアルな命のやり取りなんだから」

「でも、先に引き金を引いたのはそっちでしょ」


 えて冷たく突き放す、僕。


「僕たちの大事な存在をあんなかたちで無残に殺しておいて、今さら仲良くしよう──だなんて虫が良すぎない?」


 そう言いつつ、僕は《精霊王せいれいおうの指輪》を握る手に力を込めた。

 説得が無理だと考えた恒太が、実力行使に出るかもしれないと判断してのことだ。

 だが、恒太は半分だけ身体の向きを変え、床に視線を落とした格好で口を開く。


「俺は、北領の西部にある名前もない村に転生した──」


 恒太はポツリポツリと自らの生い立ちを語り始めた。

 もちろん、その意図いとを僕は察していたが、さえぎるのも大人げないと思ったので、とりあえず聞くだけは聞いておく。

 そして、恒太が語る内容も、おおかた予想通りの内容だった。


 ──荒れた農地で僅かな作物を育てる家族。

 ──その日の食事にも事欠き、飢えが続く日々。

 ──泣く泣く人買いに売られていく兄弟。

 ──そして、容赦なく税や作物を取り立てに来る貴族の代理人。


「──俺だけじゃない、《革命軍》に加わっているみんなも似たり寄ったりの境遇だった。だから、貴族が我が物顔で支配するこの国を変える必要があったんだ」

「それが、恒太たち──《革命軍》の大義名分ってことなんだよね」

「イブキ……」


 僕は冷たい口調を崩すことはなかった。


「確かに貴族たちのやってきたことは糾弾きゅうだんされるべきなのかもしれない。でも、だからといって、《革命裁判》とかテキトーなイベントをでっち上げて一方的な虐殺ぎゃくさつをしたことを本気で正当化できるの?」


 貴族の一員だからといって、まだ幼い子供たちの前で大切な家族たちを無残に殺戮さつりくしたことを、胸を張って誇れるのか。

 そう問いかける僕に、恒太はあきらかに怯んだ様子を見せる。


「もし、アレが正しい行いだったと正当化できるのなら、僕とコウタたちは相容あいいれない。逆に間違いだったと認めたとしても、今さら謝ってすむ話でもない」


 淡々と口にする僕の横で、恒太の顔が蒼白そうはくになっていく。


「少なくとも、僕だけじゃなく、みんな──《王国おうこくわす形見がたみ》の子供たち全員を納得させるだけの答えを見せてくれないと話にならないよ」


 言外げんがいに《革命軍》と融和ゆうわするつもりは毛頭もうとういという意志を伝えて、僕は寝台にごろんと仰向けになった。


「──で、どうする? 僕を捕らえて、サクッと処刑しちゃう? たぶん、それが一番手っ取り早いよ。もちろん、抵抗はさせてもらうつもりだけど、今ならプリーシアを人質に取られているようなものだからなぁ」

「そんなことできるわけないだろ!」


 激しく頭を振って声を荒げる恒太。


「……ゴメン、少し熱くなった。少し頭を冷やしてくる」


 恒太はそう言うと、足早に部屋から出ようと扉に手をかける。そして、顔だけ半分振り向いて言葉を継いだ。


「その……言っても信じてもらえないと思うけど……俺、イブキに会えてよかったと思ってるよ」

「……」


 僕は返事をしなかった。

 すると、恒太が扉を開けるより先に、外から人が入ってきた。


「「浦城うらきさん……」」


 恒太と僕の呟きがハモった。

 部屋に入ってきたのはつややかな黒髪を腰まで伸ばした少女、黒髪の聖女様こと浦城さんだった。


「ごめんなさい、もしかして話の途中だった?」

「いや、とりあえず終わったところ」


 ぶっきらぼうに答える僕の態度に、何か感じることがあったようだが、浦城さんはその点については突っ込んでこなかった。


「あの女の子のことだけど──」

「プリーシアに何かあったのか!?」


 ガバッと起き上がる僕に、少し驚いた浦城さんだったが、安心させるように軽く手を振る。


「あ、大丈夫。もう容態は落ち着き始めてる。後は栄養を摂りつつ安静にしていれば、二、三日で快復すると思うわ」

「そっか、食事や薬に代金が必要なら遠慮無く言って、言い値で払うから。プリーシアを治すためならなんでもする」

「お金のことは心配しなくてもイイけど……もし、払ってくれるのなら、神殿に寄進きしんしてくれると嬉しいな」


 僕は深いため息をついて、寝台に深く座り直した。


「……プリーシアの件に関しては感謝する。あとで、フロースに託して神殿に寄進するようにするし、この借りはいつか必ず返す」

「だったら、やっぱり、俺たちと──」


 もう一度、説得しようと口を開く恒太を、浦城さんが制した。


「ゴメン、途中から話に加わって余計なことを言っちゃうかもしれないけど、今回の女の子──プリーシアちゃんの治療は取引材料にしていいものじゃないと思うの」

「浦城さん……」

「もちろん、私も竜宮たつみやくんと和解できたらと思ってる。でも、それは私たちと竜宮くんの関係性の問題であって、プリーシアちゃんの存在を巻き込むべきじゃないわ」


 そう言い切った上で、浦城さんは僕を正面から見つめてきた。


「プリーシアちゃんが快復かいふくするまで、少しだけど時間もできたし、できればゆっくりとお話ししましょう」

「……たぶん、話は平行線のままだと思うけどね」

「それなら、それでもいい。でも、お互いの思うところは率直に話し合っておく必要があると思うの……」


 浦城さんは、正直、やりづらい相手ではあった。

 一方の恒太は、クラスメイト時代につるんでいた相手のひとりでもあったので、気心が知れている分、丸め込むのも容易だったのだ。

 だが、黒髪の聖女様は、正論と感情論双方を意識してか否か巧みに組み合わせて説得しようとしてくるため、反論するのも疲れてしまう。

 それでも──


「──僕は絶対に許さない」


 結局は、この結論に落ち着くのだった。

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