第十章 王国軍対革命軍

第44話 帰還、そして、戦乱

「ちょっと無理をするんで船がれます。みんなどこかにつかまっていてください!」


 ヒラリス船長が声を上げた。

 確かに港の南東方向、大運河だいうんがの入口近くまで大船団だいせんだんが迫ってきているのが遠目とおめにもわかる。

 ついに、父上──《王国軍》が本格的に攻勢にでてきたのだろう。

 僕はつばを飲み込んだ。


「父上は僕の助力じょりょくなんて、最初から計算に入れてなかったのかもしれない……」


 北を抑えた僕の戦力を使えればよし、もし、それがかなわなくても、影響しないような大勢たいせいを作り上げていたのではないか。

 頭の中に、冷酷れいこくな父親の顔が一瞬浮かび上がったが、僕は頭を振ってそれを振り払った。


「今はとにかく《セネリアル州》へ帰ろう。ヒラリス船長、《風霊術ふうれいじゅつ》で風向きを変えることができるけど、どの方向へ吹かせればいいですか?」

「おっ、お客さん、風の使い手なんですか? それはラッキーだ! まずは、進行方向へ追い風になるようにお願いします!」


 ヒラリス船長の指示に従って、僕は風の力を誘導し始める。

 その風にあわせて船長が帆を操作すると船にグイッと力がかかって、次第に速度が上がっていく。

 それにつれて、《オリエンテルプレ》北岸ほくがんの港が遠ざかる。


「《革命軍》のヤツら、やっぱりクラスのヤツらだったんだな……」


 わかっていた──いや、わかっているつもりだった。

 今、僕は逃げるように《オリエンテルプレ》を後にしたが、あの場で全員を相手に戦う選択肢もあったのだ。


「──ノクトの選択、間違ってなかったと思うぞ」


 不意に横から声をかけてきたのはフェンナーテだった。

 そして、反対側からフォルティスも陸地に視線を向けたまま語りかけてくる。


「あそこでバトってたら、子供たちはもちろん、周りのフツーの人たちまで巻き込んで大惨事だいさんじになっていたんじゃないか」

「……逆に、よく冷静に判断したね……ノクト、エラい……」


 ディムナーテが背後からやさしく呟いた。


「……あそこで《風の英雄》の力を……解放してたら……《オリエンテルプレ》の北街区……深刻な被害を受けてただろうから……」

「うん、そうかもしれないね……」


 ディムナーテはともかく、真っ先に《革命軍》の面々とにらみあっていた、頭に血が上りやすいフェンとフォルティスにも撤退判断をめられて、僕は心の中から何かがスッと消えていくのを感じた。


「んじゃ、その《風の英雄》の力、みんなにちょっと見せちゃおうかな」


 そう言うと、僕は《精霊王せいれいおう指輪ゆびわ》を握りしめ、複雑な《精言せいごん》を口の中で唱える。

 そして、腕をおおきく振って、南岸に近づいてきている《王国海軍船団おうこくかいぐんせんだん》に向けて手のひらを向けた。


「風の王よ、その激しい息吹いぶきにて木の葉のように吹き散らせ!」


 すると、遠目にも《王国海軍》の船々の動きが止まり、左右に複雑に揺れているように見えた。


「三日間くらいは、王国の船を足止めすることはできると思う。恒太こうた浦城うらきさん──いや、テオ将軍と聖女様に対しての借りをひとつ、これで返した」


 僕は大きく息を吐き出して、みんなの方へと振り返る。

 すると、そこにはキラキラとした尊敬の光を瞳に浮かべた仲間たちのリスペクトしてくるような視線が集中していて、僕は居心地いごこちの悪さを感じて、思わず一歩後退してしまう。


「《風の英雄》様──いや、お伽話とぎばなしで聞かされてはいましたけど、本当にいたなんて、感激だ!」


 そう声を上げたのは、子供たちに交じって尊敬の念で僕を見つめてくるヒラリス船長だった。


「あ、いや、《風の英雄》って言葉のあやというか、冗談だから、あまり真に受けないで。それよりも、早く船を《セネリアル州》に向けて欲しいなーとか、思ったりなんかして……」


 ヒラリス船長は、僕の言葉に我に返ると、最敬礼さいけいれいほどこして操船そうせんにあたる。

 そして、《セネリアル州》の《港町クィターヴ》へと向かう間、僕は、フェンナーテとフォルティス、それにフロースたちにからかわれ続けるのだった。


 ○


 《セネリアル州》の《港町クィターヴ》への船旅は、僕の《風霊樹》の力でブーストしたこともあり、通常の半分の日程で到達することができた。

 ヒラリス船長が感嘆かんたんの言葉を次から次へとかけてくる中、僕は、思うところがあって数日の間、《クィターヴ》に停泊ていはくしているように要請ようせいする。

 僕たちが乗ってきた船の横に、一隻、漁船とも商船とも異なる豪奢ごうしゃな小型船が同じように停泊しており、僕は急ぐ必要を感じていた。

 そして、港の役場から馬を借りて、子供たちの中で、一番馬の扱いに長けているマースベルだけを伴って、急いで先に《州都しゅうとネール》へと向かったのだった。


「おや、ドランクブルム殿、ちょうど良いところに戻られました」


 《州都ネール》の政庁に足を踏み入れた僕を、驚いたような女性の声──ステューディア女史じょしの声が出迎えた。

 玄関ホールにはステューディアさんの他、騎士ファスクルンきょうともうひとり、数人の従者じゅうしゃを引き連れた壮年そうねんの男性が驚きの表情を浮かべて僕を見つめている。


「──風の王よ、その風を戒めの縄とし、愚か者どもを束縛そくばくせん」


 問答無用で、僕は《精言せいごん》を解放し、ステューディアさんとファスクルンさんと対面していた壮年の男性一行を《風霊術》で拘束こうそくしてしまう。

 ステューディアさんがわざとらしく声を上げた。


「あらあら、ドランクブルム殿。こちらの方々は王国宰相おうこくさいしょう──あなたの父君からのご使者ですよ。それをこんな扱いをなさるとは」

「父上──いや、王国宰相殿から出兵を命じにきた使者で間違いないですよね」

「それはなんとも」


 そう言って肩をすくめる女史。


「なにせ、これからお話しを伺うというタイミングに、ドランクブルム殿のこの仕打ちですから」


 後ろでファスクルンさんが小さく吹き出すと、父上からの使者たちは「むぐっ! むぐぅーっ!」っと拘束された全身を折り曲げるようにして暴れて必死に何かを訴えようとした。

 もっとも、僕は聞く耳を持つつもりはないけど。


「マースベル、頼んでもイイかな。兵士たちを呼んで、この使者たちを袋にでも詰め込んでヒラリス船長の船で、南領の適当な港へ送り返してもらって」

「りょーかいっ!」


 元気に返事をした少女が兵士たちの詰め所へと駆けていくのを見送って、ステューディアさんが、笑いを堪えながら僕に問いかけた。


「彼らを乗せて港に来ている船はどうするんです?」

「もちろん、お帰り願いますよ。こちらの使者の思惑通り、宰相閣下の意を受けた《セネリアル州》と行動を共にするので、いったん、南領なんりょうの《港町スピナーフレトゥ》に戻るように、と」


 今、大運河の東出口オリエンテルプレは、《王国海軍》と《革命軍》の戦闘状態に入っているので、大きく迂回した方が良いと伝えることも忘れずに、僕はテキパキと差配さはいする。

 それらの慌ただしい動きが一段落したところで、ようやくステューディアさんが真面目な表情で近づいてきた。


「それで、今、状況はどう動いているか、ご説明いただけますか?」


 僕は短く頷いて、会議室へと席をうつすことにする。


「とりあえず、僕が把握している部分だけ共有しておきますね」

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