第23話 帝国へ

「ふいー、やっとついたぁ」


 そう言って桟橋さんばしにへたり込んだのは、なぜかついてきていた《山の民》の族長の息子──フォルティスだった。


「やっぱり《山の民》は軟弱なんじゃくだねぇ、これくらいの船旅でへばっちゃうなんて」

「……そういう……お姉ちゃんの足も……笑ってる……よ?」


 冷静な妹にツッコまれてムキになって反論しようとする《森の民》のフェンナーテだったが、次の瞬間、口元を手で押さえて桟橋の反対側へと駆けていく。

 姉とは異なり、いつもと同じく平然と佇んでいるディムナーテに声をかける僕。


「ディムナーテは船に乗るの平気なんだ」

「……そう……みたい……」


 僕は振り返って、乗ってきた小型の帆船に視線を向ける。

 まあ、確かに船が小さい分揺れも大きいし、いつもは穏やかだという内海も、今日に限って少し荒れ気味だったらしい。

 ただ、その割にはエクウス以下、他の子供たちは平然と船から下りてきている。


「よーし、みんな揃ってるなー!」

『はーい!』

「それじゃ、目的地まで馬車で移動するぞー!」

『はーい!』


 なんか、このノリ──修学旅行とかみたいな雰囲気で、少し楽しい気分になるな、と、思いつつ、子供たちを連れて歩き出す僕。

 今、僕たちは《セネリアル州》から《ディアリエンテ大内海》を船で越え、北の《マグナスプラン帝国》へと足を踏み入れていた。


 ○


 《マグナスプラン帝国》──《トルーナ王国》の北部にある《カムフラン山脈》を挟んだ先にある強大な軍事国家である。

 経済規模では交易こうえきで富み栄えている《トルーナ王国》が一歩先んじているが、純粋な軍事力では帝国の方が上だ。

 一応、ここ最近は良好な外交関係を保っているが、それはあくまで表面的なもので、何かきっかけがあれば、容易に崩れてしまうだろう。


「──だから、内乱が続く今、それが長引けば長引くほど帝国に攻められちゃう危険性が高まるんだよ」


 そう、子供たちに説明する僕の背後で小さな咳払いが聞こえる。


「……こほん」


 振り返ると、そこには眼鏡をかけた細身の壮年の男性が立っていた。服装から見て文官のように思える。


「たしかに、ドランクブルム殿のおっしゃることは間違っていませんが、それをこの場であからさまにお話になるのはいかがなものかと」


 ここは《マグナスプラン帝国》内海沿岸地域にある小さな港町パールム、その政庁の中にある応接間。

 僕は入国の手続きが済むまでの間の時間を利用して、帝国の簡単な地理や歴史、王国との関係などを、子供たちに説明していたのだ。


「申し遅れました、小生しょうせいは、この《マグナスプラン帝国》の《パールム》を預かる執政官しっせいかん、グラヴィス・アヴンクルスと申します」


 そう挨拶すると、アヴンクルス執政官しっせいかんは何通かの書状を僕に差し出してくる。


「噂では聞いておりましたが、ドランクブルム殿がこのセネリアル州の領主に就任されたこと、およろこび申し上げます」

「ありがとうございます」


 僕は執政しっせい官の言葉を素直に受け取って、感謝の言葉を述べる。


「国は違えどお隣どうし、これまで以上に良好な関係を築きたいと考えております」

「同感です。平和にまさるものはありませんからな。それで、これからドランクブルム殿はどうなさるおつもりですか? できうる限りの便宜べんぎはからせていただきます」

「感謝します、執政官しっせいかん殿」


 今回の旅の目的は、将来的に《マグナスプラン帝国》中央との交渉窓口を確保するための布石も兼ねて、内海を越えて直接繋がる交易ルートを新規開拓することだった。


「それでしたら、今晩はこちらでお休みになって、明日、領主オプスクルームはく居城きょじょうがある《ウルブフローム》へ赴かれるのがよろしいでしょう。護衛の手配もしておきます」


 その申し出に、僕は素直に感謝の意を述べる。だが、護衛については遠慮した。


「《ウルブフローム》までは、それほど距離がある旅でもありませんし、帝国は治安が行き届いているとうかがっています。私たちにそこまでご配慮いただかなくても大丈夫です」

「しかし、宰相さいしょう殿のご子息で、一地方の領主でもある貴殿きでんを丸腰で送り出すわけには……」

 

食い下がる執政官しっせいかんに、重ねて丁重に断る僕。

結局、執政官しっせいかんは折れて、代わりにと、《ウルブフローム》までの詳細な地図と、大型馬車を用意してくれることになった。


 ○


「この馬車、揺れが少ない、いい馬車だなー」


 《山の民》族長の息子フォルティスが感心したように呟く。


「ていうか、あの船が揺れすぎなんだよ。アレだったら、オレたちの《大迷宮》を越えて帝国に入った方が良かったよな」

「え?」


 僕はギギギィっと顔をフォルティスへと向ける。


「もしかして、《山の民》の人たち、あの《カムフラン山脈》を超えるトンネルとか掘ってたりするの?」

「あるよ?」


 ちょっと待って、海路とは別に踏破とうは不可能とされる《カムフラン山脈》を超える道があるなら、いろいろ話が変わってくる。

 言葉を失って口をパクパクさせる僕に、フォルティスはキョトンとした表情で言葉を続けた。


「もっとも、さっきも言ったけど《大迷宮》っていうくらい複雑な道だからね。《山の民》でも一部のヤツしか道を知らないし、人がすれ違うのがやっとくらいの細い通路だし、抜けるまで数日かかるけどな!」


 なぜか自慢げに胸を反らすフォルティス。

 僕はどっと疲れたように馬車の側壁そくへきに寄りかかる。


「今、《セネリアル州》に必要なのは荷物を輸送する交易ルートだからね、その《大迷宮》だと、ちょっと厳しいかもだねー」


 今回、《マグナスプラン帝国》との間にひらこうとしている交易路を拓くにあたって、想定しておかないといけない点が三つある。

 ひとつは、《セネリアル州》の生産物の中で、帝国において需要があるものを用意できるかということ。まずは、これが最優先事項となる。これがないと、わざわざ交易商人を《セネリアル州》へと来てもらうことができない。

 二つ目は、《マグナスプラン帝国》側に、《セネリアル州》にとって魅力的な商品があるかどうか。これについては必須事項ではないが、これがあるかどうかで、交易商人は往復両方で利益を上げることが可能になり、参入することに対する大きな魅力になる。

 そして、最後の要件──それは、かさばらない、付加価値の高い産物であること。

 《セネリアル州》と《マグナスプラン帝国》とのルートについては、《ディアリエンテ大内海》の海路をつかうことになる。海路といえば大型船を用いた大規模交易が一般的だが、《セネリアル州》沖は遠浅とおあさの海が延々と広がっているため、大きな船による大規模な交易は不可能なのだ。そのため、小型の帆船でも一定以上の利益を上げられる産物を提供する必要がある。


「そういうことなら、《大迷宮》越えルートはちょっと厳しいかもだなー」


 フォルティスはあぐらをかいた格好で僕を見て残念そうに笑う。


「もし、《大迷宮》を使うっていうなら、案内人の手配料と通行税で、思いっきりふんだくってやろうと思ったんだけど──」


 その時だった。

 馬車が急に止まり、中の僕たちや子供たちは座ったまま転がるように倒れ込んでしまう。


「どうした!?」


 転倒を避け、身軽に身体をひるがえして御者台ぎょしゃだいへと身を乗り出すフェンナーテ。

 僕は下敷きにならないように庇った最年少のシーミャを起き上がらせつつ、フェンナーテに声をかける。


「フェン! 何があった!?」

「少し先で馬車が襲われる、盗賊とうぞくか!? ──お、ヤバイ、こっちに気づかれた!」


 予想しないハプニング。できれば、《マグナスプラン帝国》にいる間は騒動を起こしたくなかったんだけど──というか、フェンナーテの声が嬉しそうに聞こえるのは僕だけだろうか。


「プリーシア、年少組のことは頼んだ、絶対に馬車から外に出しちゃダメだぞ」


 僕はそう言うと、緊張の表情を浮かべる年長組の面々に声をかける。


「とりあえず、僕が交渉でなんとかしてみるけど、ダメそうなときには力を借りることになると思う」


 その言葉にうんと頷く面々。


「優先事項はこの馬車を守ること、いいね──優勢になっても深追いは絶対禁止だからね!」


 念を押す僕の言葉に、もう一度、うんと頷く子供たち。


「オッケー、それじゃあ、行きますか!」

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