第五章 交易路を新規開拓せよ!

第22話 革命軍と王国軍、そして僕たち

 《山の民》と正式な交渉の席に着いた後、互いに納得した上で契約を交わしてから、僕たちは《ネール》の領主館りょうしゅやかたへと戻ってきていた。

 これで、僕たちたちは《森の民》と《山の民》という強力な味方を得ることができた。

 その兵力とも大きいが、それ以上に今まで《セネリアル州》──モラティオ子爵ししゃくと対立していたふたつの異民族勢力を味方に取り入れたという事実。

 この二つの側面から、《セネリアル州》の人々が僕たちを見る目は良い方に変わりつつある。


「《革命軍》が優勢……か」


 各地に派遣した《森の民》たちからの情報が届きはじめ、僕たちは、このタイミングで、ようやくこの《トルーナ王国》の現状を知ることができた。

 床に広げた大きな《トルーナ王国》の地図に、各地の情報をいろいろ書き込みながら考えを巡らせる僕。

 そして、その様子を、興味深く眺めるエクウス以下の子供たち。


「この光景も見慣れたものになりましたね」


 ステューディア女史じょしが苦笑しつつ呟いた。


 ○


 王国北部を掌握した革命軍と、南部を拠点とする僕の父──冷血宰相れいけつさいしょうドランクブルム公爵こうしゃくが率いる王国軍。

 当初は大運河を前線として、膠着状態こうちゃくじょうたいおちいるものと僕は考えていた。


「でも、予想よりも《革命軍》の勢いが強いんだよね──」


 《革命軍》は電撃作戦を展開させた。

 大運河両端の街《オリエンテルプレ》と《オーテュデスプレ》を時間差をつけて主力を集中させて一気に制圧してしまったのだ。

 おそらく、王国軍は二つの都市に海軍が到着した後、二方向かつ陸路と大運河の双方から軍を進発しんぱつさせて、《王都トルネリア》を包囲しようと計画していたのだと思う。


「もちろん、そのことは革命軍のヤツらもわかっていた。だから、先手を打ったんだ」


 僕は地図の上に置いておいた駒を動かして、エクウスたちにもわかりやすいように説明する。


「まず、海軍が到着する前に、両方の都市を抑えなければいけない。最悪、どちらかの都市さえ奪ってしまえば挟撃は回避できる」


 《革命軍》は、まず東側──《ディアリエンテ大内海》との連絡口にあたる《オリエンテルプレ》へと全軍で進撃を開始した。

 もちろん、定石じょうせき通り《オリエンテルプレ》は城門を閉じ、籠城戦ろうじょうせんの構えを見せる。

 そして、反対にある西側の《オーテュデスプレ》からは、《オリエンテルプレ》を攻める《革命軍》主力の背後を討つべく、こちらも主力の騎馬隊を《王都トルネリア》を北へ大きく迂回するルートで進発させたのだ。


「冷静に考えて、革命軍は詰んじゃったよね。二つの街の軍隊──自分たちより多数の兵力に挟み撃ちされちゃうんだから」


 でも、事態は予想外の展開を見せる。

 なぜか、あっさりと《オリエンテルプレ》の城門が中から開かれたのであった。

 驚愕から混乱に陥る《オリエンテルプレ》の守備兵たち。

 そのゴタゴタの中で、街と守備兵の指揮官たる城司じょうしのホーケスト伯爵はくしゃくの首が挙げられ、《オリエンテルプレ》は完全降伏してしまう。


「たぶん、アイツらがなにかやったんだ……」


 僕の頭の中にクラスメイトたちの顔が浮かぶ。

 風の精霊王の力を与えられた僕のように、それぞれが、なんらかのチート能力を持っていてもおかしくない。

 こうなると、逆に《オーテュデスプレ》の騎馬隊が窮地きゅうちおちいってしまった。

 相手の背後を突こうと意気揚々と進軍してきた騎馬隊の目の前に現れたのは、迎撃準備を完了した《革命軍》だったのだ。

 ここで、一目散に撤退すれば、傷口は小さくてすんだであろう。

 だが、騎馬隊の指揮官であるルイスネガー子爵ししゃくは、まだ《オリエンテルプレ》が陥ちていないと思い込み、挟撃作戦を実行するつもりで正面から突撃し、そして粉砕された。

 子爵ししゃくは革命軍兵士に討ち取られ、包囲殲滅ほういせんめつってしまう。


「こうなったら、もう、主導権は《革命軍》が握っちゃったようなものだよね」


 陸上軍である騎馬隊を失ってしまった《オーテュデスプレ》は、もはや丸裸といっても過言では無い。

 迫り来る革命軍に対し、城門を閉めて海軍の到着に賭けることにしたものの、こちらも戦闘と言える戦闘が起きる前に、城門が内部から開けられてしまい、あっさりと街の内部も制圧されてしまう。

 城司じょうしたるクインラボラート伯爵はくしゃくは自らの執務室で最後まで抵抗の姿勢をみせたが、多勢に無勢、《革命軍》の兵士たちの無数の槍を身体に突き刺され、血の海に沈んでしまった。


 これらの一連の流れについては、《革命軍》が大々的に喧伝けんでんしていることもあり、複数の筋から情報が入ってきている。


「これでもまだまだ戦況はどっちに転ぶかわからないんだけど、うまく宣伝を使っているよね。この話が南領なんりょうにも広がると、父上たちも手こずることになるかもしれないな……」

「あの……ノクト様」


 エクウスが問いかけてくる。

 ちなみに、子供たちには僕のことはノクト──と、呼び捨てでかまわないと再三言っていたのだが、このエクウスとプリーシアだけは頑なに様づけで呼ぶので、僕ももう好きなようにさせようと割り切っていた。


「ぼくたちと、この《セネリアル州》のことは、もう噂とかになって広まったりしているのでしょうか」

「お、いいところに目をつけたね」


 僕はエクウスの頭に軽く手をのせる。


「今のところ、それほど話題になってないみたい。《革命軍》の武勇伝の影に隠れてるのもあるけど、《セネリアル州》は辺境の一地方だからね。もともと、それほど注目されていない──というか、この地方の存在自体知らない人たちも多いんじゃないかなぁ」


 少し残念そうな顔をするエクウスたちだったが、これはこれで好都合だと僕は考えている。


「《革命軍》に目をつけられないうちに、できるだけ足場を固めてしまおう」


 父上たち王国軍には、もっともっと頑張ってあわよくば共倒れとは行かないまでも、戦力を削り合ってもらわないといけない。

 そういって笑ってみせた僕に対し、子供たちは多少ひいていたように見えたが気にしないことにしておく。


「……で、次は……どうする……の?」

「うああっ!」


 突然背後からかけられた声に、僕は思わず座ったまま跳び上がってしまう。

 いつのまにか《森の民》の少女──ディムナーテが近くに佇んでいたのだ。

 そして、部屋の入口からこの様子を見ていたもう一人の少女──フェンナーテがお腹を抱えて笑っている。


「なんだよ、ふたりとも。いつの間に来てたんだよ!?」


 僕は動揺を必死に抑えつつ、なんとか平静さを取り戻そうとするが、あまり上手くいかなかったみたいだ。

 とりあえず、咳払いをして、周りの空気を抑えようとする。


「──ごほん。えっと、次の一手だっけ?」


 うんうんと頷くディムナーテと、ニヤニヤと笑うフェンナーテ。

 その二人を無視して、僕は子供たちに指を立てて説明する。


「今度もちょっと旅に出ることになるよ。目的地は──」


 ──《マグナスプラン帝国》。


 僕は地図の北側を指さした。

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