第三章 セネリアル州を奪い取れ!

第11話 トルーナ王国動乱

 ──ここで、少し状況を整理したいと思う。


 といっても、自称戦える美少女メイドのフロースから得た情報だけだけど。


 僕たちが《王都トルネリア》を追われて北東の辺境セネリアル州へと送られていたとき、フロースは、革命軍の手から辛うじて逃れることができた国王の末王子シラリスとともに逃亡の渦中かちゅうにあったそうだ。


「それで、シラリスはどうしたんだよ、一緒だったんじゃないのか?」

「それがですね、《セネリアル州》に入る少し前のところで、追っ手に追いつかれてしまいまして……」


 ◇◆◇


「フロース! 先に行け! オレがこいつらを引きつける!」

「って、そんなことできるワケないじゃないですかっ!? いくら、シラリス様が槍の天才だからといって、アレだけの数をひとりで防げるわけないじゃないですかっ!」

「槍の天才か、悪い気はしないな──じゃなくて。逆だ、オレひとりならアイツらを相手にしつつ逃げ延びることができる。フロース、オマエはその指輪を絶対にノクトのところへ届けるんだ、いいなっ!」


 シラリスはぐっと親指を立てて見せてから、有無を言わさずフロースを山道の下へと突き落とす。


「ちょ、ちょっと! 問答無用もんどうむようってことですか!? というか、いきなり崖下がけしたに突き落とすとか、ケガしちゃったら元も子もないじゃないですかー!」


 そう言いながらも、身軽に身体を回転させつつ、かすり傷ひとつなく降り立つフロース。


「もう、しかたないんだからっ! ちゃんと、ノクト様のところで合流してくださいよっ!」


 後ろ髪を引かれつつも、フロースはきびすを返し、山の奥深くへと分け入っていく。


◇◆◇


「──シラリスらしいね。たぶん、シラリスのことだから逃げおおせているとは思うけど」


 というか、逃げ切っていてほしい。

 深い森の結界けっかいの中にある《帰らずの森》へ逃げ込んだ今となっては、シラリスが僕たちの居所いどころつかむのは無理な話だ。

 まずは、僕たちが森の外へと戻り、拠点きょてんを確保する必要がある。

 厳しい現実だが、シラリスとの合流については、その後の話だ。


「フロースが言ったように、シラリスは槍の名手だし、それに謎の魔法耐性も持ってる。ああみえて打たれ強いし、野生児やせいじ属性もあるし、それこそひとりだけなら逃げ延びてくれるさ」

「同じようなことをシラリス様もおっしゃってました。ノクト様はつぶしても死なない黒虫くろむし並のしぶとさを持ってるから、絶対に生きているって」

「……それ、オマエの創作だろ」

「否定はしませんが、だいたい同じようなことは言ってましたよ、シラリス様」

「まあ、いいや。とりあえず、シラリスのことはわかった。あとは、王国内の情勢だ」


 僕は《森の民》の族長から借りた《トルーナ王国》の地図を床に広げてから、フロースの顔を見上げた。

 《森の民》のみんなも、この緊急事態を受けて、情勢をつかむべく再度王国各地へと情報収集に走っている。

 来週の《大精霊祭アニュース・ピリト・フェス》は延期ということになりそうだが、そんなことにこだわっている場合じゃない。

 なので、各地に派遣された面々が帰ってくるまでは、フロースが唯一の情報源ということになる。


「《革命軍》は王国全土を支配しているわけじゃないみたいなんですよ」


 フロースが言うには、《革命軍》の支配下にあるのは王都と大運河より北、国土の北半分──いわゆる《北領ほくりょう》だけらしい。南部、《南領なんりょう》に関しては、いち早く国王の身柄とともに逃亡することに成功した僕の父──冷血宰相れいけつさいしょうが、第二の都市《ディアン・フルメンティ》に入って掌握することに成功。軍を集めて《革命軍》に対抗する姿勢を示しているということだ。


「ノクト様のお父上だけではなく、お兄様方や、シラリス様のご家族の方々も《ディアン・フルメンティ》に入られたようです。また、政府要人も《六務卿ろくむきょう》と《四司卿よんしきょう》のうち半分の方々が《革命軍》の手を逃れて、宰相閣下さいしょうかっかと合流なされたとか」

「《革命軍》も王都を急襲した割には抜けてるところが多いな……軍の状況は?」

南領なんりょう軍は完全に宰相閣下さいしょうかっか掌握しょうあくしたそうです。それと、海軍《海蛇船団うみへびせんだん》も宰相閣下側についたとのこと。全船団が南端の港町《スピナーフレトゥ》に向かっているそうです」


 陸軍の約半分と、海軍の八割が父上──冷血宰相れいけつさいしょう側についた。

 結果として、王国の食料庫とも言える豊かな南領なんりょうと、経済の要である海上交易を《革命軍》から奪い取った形だ。

 もちろん、《革命軍》側も負けてはいない。

 王国北部──北領ほくりょうには豊かな鉱山資源と森林地帯がある。そして、何よりも大運河を擁する巨大な王都トルネリアを支配下においたことで、純粋な兵数はともかく、武器や兵器など総合的な軍事力としては王国軍を凌いでいる。


「これは、もしかして泥沼どろぬま突入フラグかな……」


 僕は呟きつつ、王国地図の上に指を走らせる。


「おそらく、《王国軍》と《革命軍》が次にぶつかるのは、こことここ──大運河の東西の入口にあたる《オリエンテルプレ》と《オーテュデスプレ》の争奪戦が主戦場になる」


 王都に繋がる大運河を完全に支配下に置くため、《革命軍》はこの二つの都市を掌握することが絶対条件だ。

 一方で、王国軍がこの二つの街を押さえることができれば、逆に大運河を使い、一気に王都まで攻め上ることが可能になる。


「で、どちらが有利なんですか?」


 問いかけてくるフロースに、僕は素直に首を振って見せた。


「正直わからない。ただ、一番厄介やっかいなのは、ズルズルと長期戦に突入して、この国全体が疲弊ひへいしていくことなんだ」


 国を二つに割っての大規模な内乱。

 これほど、トルーナ王国にとってダメージが大きい事態はそうそうない。

 しかも、影響はこの国だけではなく、周囲の国へと及ぶ。

 ここ最近は、外交面でも安定しており、周囲の各国とは良い関係を構築できていた。

 だが、《トルーナ王国》が内乱で勝手に弱体化していけば、様々な権益けんえきを狙って各国が動き出すことも容易に想像できる。


「──だったら、こっから先はノクト様の出番ですね」

「はぁ?」

「《漁夫ぎょふ》ってヤツですよ、とっととシラリス様と合流して、《王国軍》と《革命軍》が戦争でヘロヘロになったところを後ろから蹴り飛ばしてやるんです。シラリス様と話してたじゃないですか、この国を新しく作り直すって。バッチリ良い機会だと思います!」


 無邪気むじゃきな笑みを浮かべて親指を立ててみせる自称美少女メイドに、僕は呆れたようにため息をつく。


「言うのは簡単だけどさ、今の僕はひとりきり──いや、十二人の子供たちしか味方はいないんだよ」

「あー、ヒドい、あたしもいるのにー」


 ブーブーと文句を言うフロース。

 不意に横から声がかけられる。


「……面白そうな……話をしています、ね……」

「うおっ、ディムナーテ、いつの間にそこに!?」


 僕は驚きのあまり転びそうになる。

 気づかないうちに、物静かな《森の民》の少女が、僕の隣に並んで地図を見下ろしていたのだ。

 その様子に、笑いを含んだ声が背後からかけられる。


「確かに言うのは簡単さ。だけど、ノクトは『無理だ』とは言わないんだな」


 フェンナーテは、そう言うと、僕の髪の毛をクシャクシャと搔き回してくる。


「面白そうじゃねーか、せっかくだからあたいたちにも一口乗らせろよ」

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