第12話 綱渡りの交渉

 《セネリアル州》の《州都しゅうとネール》と《帰らずの森》の、ほぼ中間地点に位置する《セラリア盆地ぼんち》。

 その中央を西から東へと流れる《プルマストラ川》と三本の街道が交差する場所に《セネリアル州》第二の都市《オクリヴィジニス》はあった。


「……と、調子に乗ってここまで進軍してきたは良いが、さすがに《オクリヴィジニス》をとすのは至難しなんわざじゃぞ」


 丘の上から、高い外壁に守られた《オクリヴィジニス》を遠望しながら、完全武装モードの《森の民》の族長がひげしごいた。

 フェンナーテも天をあおぐ。


「もともとあの街は、外のヤツらがあたいたち《森の民》の襲撃におびえてつくったらしいしな。見たカンジ厄介やっかいそうだ」

「しかも、塀の内側にもって徹底抗戦てっていこうせんする構えだもんね。敵の指揮官は優秀だねぇ」

「なに、他人事ひとごとのようなこといってるんですか」


 ノホホンとつぶやいた僕に、フロースがすかさずツッコんできた。

 まあ、フロースの言いたいこともわかる。

 この先《森の民》を率いて《州都しゅうとネール》へと攻め上るためには、この《オクリヴィジニス》を制圧する必要がある。

 無視して進む手もあるが、通り過ぎたところを後ろから攻撃されたり、補給ほきゅうや《帰らずの森》との連絡経路を断たれると厄介やっかいどころか、戦線せんせんの維持が不可能になってしまう。


「と、いうことで、僕がちょっくら交渉に行ってきます」

『はぁっ!?』


 族長とフェンナーテとフロースの声が見事に三重奏さんじゅうそうかなでる。

 呆然ぼうぜんとする三人をそのままにしておいて、僕は後ろについてきていたエクウス──王都から一緒に行動してきている子供たちの中で最年長の金髪の少年に声をかけた。


「エクウス、悪いけど僕と一緒に来てくれるかな」


 すると、エクウスは勢いよく首を縦に振った。


「うん、行く! というか、連れてって!」

「ありがと、身の安全は僕が絶対に守るから」


 僕がそう言って肩を叩くと、《森の民》風の軽鎧けいよろい短剣たんけんを身につけた金髪の少年は信頼に満ちた視線を僕に向けてくる。

 エクウスを連れていくのには理由がある。

 単純に、十五歳──逃亡中に誕生日が過ぎて一つ年を取った僕と、十三歳のエクウスであれば、《オクリヴィジニス》の兵士たちも、油断とはいかないまでも、緊張はゆるむだろう。

 それに、エクウスは実戦経験こそないものの武芸ぶげい心得こころえを有していて、《炎の精霊術せいれいじゅつ》も扱える。万一の時、自分で自分の身を守ることができると僕は見ていた。

 ちなみに、この戦についてきた子供は、エクウスだけではない。

 後方部隊の馬車の一つに乗って、他の子供たち全員がこの戦場にいる。

 本当なら戦場に子供たちを連れてくるなどありえないことなのだが、当の子供たちが泣いて暴れて、結局こちらが折れざるをえなかったのだ。

 勝手に《森の都》を抜け出して、《帰らずの森》の中へと迷い込んでも困るし、それなら、目の届くところにいてもらった方が安心ということもある。

 ただ、子供たちは子供たちで、自分たちのできる範囲で邪魔にならないように手伝いをしていたりもする。王都からの厳しい状況が続く中、普通では考えられないほどの成長を見せているのだ。


「──って、ダメですよ!」


 それはともかく、最初にフロースが我に返って、僕に詰め寄ってくる。

 さらにフェンナーテも続く。


「そうだぞ! たった二人で敵の街に行くなんて無茶にもほどがある!」

「わしも同意見じゃ」


 うんうんと頷く長老。

 僕は、少しだけ考え込む。


「わかった、じゃあ、ディムナーテ、一緒に来てくれる? 僕よりも一つ年下だし、それでいて、弓と《地霊術ちれいじゅつ》の腕は確かだしね」

「……うん……わかった……」


 いつの間にか背後に来ていたディムナーテが僕の言葉に頷いた。

 だが、納得いかないとばかりに身を乗り出してくる二人。


「なんであたしじゃないんですか!?」

「なんであたいじゃないんだよっ!?」


 それに対し、ジト目で見返す僕。


「……だって、二人とも連れていったら、空気を読まずに口を挟んで、まとまる話もしっちゃかめっちゃかにするから」


 僕の冷静なツッコミに涙目になる二人。

 というか、自分たちが絶対に黙っていられないっていう自覚はあるんだな。


 ○


冷血宰相れいけつさいしょうのご子息──あなたがやろうとしていることは復讐ふくしゅう以外のなにものでもない……」


 《オクリヴィジニス》の政庁せいちょうに通された僕とエクウスとディムナーテは、武器を回収されることもなく、会議室を兼ねた広間に案内された。

 そんな僕たちの前に現れたのは数人の兵士を引き連れた文官風の女性と、完全武装した壮年の騎士きしだった。

 そのうち、ステューディアと名乗った文官が、開口かいこう一番、僕を復讐者と断罪だんざいする。


「もちろん、あなたには復讐する権利がある。だが、その対象は《革命軍》であって、我ら《セネリアル州》の民を巻き込むのは筋違いというものだ」


 ステューディア女史じょしの落ち着いた態度に、僕は気を引き締めた。

 この人はしっかりとした芯を持っている。小手先こてさきの交渉術などは通用しない手強い相手だ。

 だが、それは話がわかる相手ということでもある。

 僕は腰を据えて説得にかかることにした。


「確かに、僕──いや、僕たちは《革命軍》に対しての復讐心に突き動かされています。その点に関しては一切否定しませんし、むしろ、声を大にしてアピールしたいくらいです」

「革命軍がぼくたちにしたこと、父君や母君にしたことは絶対に許さないです──」


 エクウスが一歩前に出て、さらに言い募ろうとするのを僕は制した。


「失礼しました。ですが、気持ち的には僕も彼と同様です。そして、ゆくゆくは《革命軍》の統治をくつがえすつもりです」

「なにをバカなことを!」


 今度は壮年の騎士が身を乗り出してきた。


「戦争は子供のケンカとは違う。どうやってかは知らないが《森の民》を味方につけたようだが、たかだか、それだけのことで《革命軍》──国に対する戦争を起こそうなど、片腹痛かたはらいたいわ」

「ファスクルン殿──」


 ステューディア女史が僕と同じように手を挙げて、ファスクルンと呼ばれた壮年の騎士を下がらせる。


「こちらも失礼した」


 どうやら、《オクリヴィジニス》ではステューディア女史が主導権を握っているようだ。

 僕は一通の書状を取り出し、女史の前へと差し出した。


「これをご覧ください。これから僕たちがやろうとしていることを簡単ではありますが、まとめてみました」

「これは──!?」


 書状の封を解いて中を見た女史の動きが一瞬止まる。

 目だけを動かして内容を追っていくにつれて、端正な表情が驚きへと変わっていく。

 僕はその様子に手応えを感じていた。


「僕からのお願いはとりあえず一点──僕たちが《州都しゅうとネール》を攻めるにあたって、一切の干渉や妨害を行わないこと。中立を守っていただければ、それで十分です」

「あなた方が勝つという前提なら、それも良いですが。もし、あなた方が敗走するようなことがあれば、後々《モラティオ子爵ししゃく》に私たちが責任を追求されることになります。そんな危険は犯せません」

「なら、僕らがここを通り過ぎた後、軍を出して背後を追ってくれば良い。そして、僕たちの分が悪いと判断したら、その時は《州都しゅうとネール》の守備隊との間で挟み撃ちにしてくれればイイだけです」

「なにをバカなことを──」


 開き直りともいえる僕の態度に、絶句するステューディア女史と騎士ファスクルン。

 椅子から立ち上がりながら、僕は二人に笑いかけた。


「今、この《セネリアル州》は大きな岐路きろを迎えています。今のモラティオ子爵ししゃく統治下のまま、《革命軍》の支配下に入り搾取さくしゅされ続ける道。もしくは、モラティオ子爵ししゃくを追放し、僕たちとともに新たな国へと歩み出す道。両方ともいばらの道であることにかわりはありません。でも、すこしでも明るい未来を、この州の人たちに、子供たちに見せてあげたいとは思いませんか?」

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