第10話 導火線に火花散る

「なんと、外はそのような状況になっておったのか……」


 長老ちょうろうは長いひげをしごきながら、重々しく呟いた。

 もちろん、《森の民》たちも、独自の情報網じょうほうもうを持っている。

 だが、今月、百年に一度の大きな祭礼さいれいが予定されており、先月くらいから《トルーナ王国》各地に散らばっている《森の民》たちも《帰らずの森》へと戻ってしまっていたのだ。


「平和ボケと指摘されたら返す言葉もないが、逆に言えば、《トルーナ》の革命のゴタゴタに巻き込まれなかったのは幸いかのう」


 そう呟いてから、長老は改めて僕に頭を下げた。


「状況を把握できていれば、ノクトだけでも救出にむかったのじゃが、あいすまなかった……」

「頭を上げてください、お祖父じいさま」


 僕は長老へと向き直る。


「僕だけが助かっても意味がありません。ここにいる子供たちやフロースも大切な仲間たちです」

「うむ、そうじゃ……そうじゃな」


 長老はゆっくりと優しげな眼差まなざしを子供たちとフロースに向けた。


「おぬしら、絶望的な状況の中、よくここまでたどり着いた。わしら《森の民》はおぬしらの味方じゃし、この《森の都》は安全じゃ。しばらくは、なにも考えずにゆるりと身体を休ませるがよかろう」


 それに、来週は《大精霊祭アニュース・ピリト・フェス》もある。料理や菓子など美味うまい物が食べ放題じゃぞ、と、長老が子供たちに語りかけると、ようやく子供たちの顔に笑顔が戻った。

 その様子を満足げに眺めてから、長老は改めて僕に向き直る。


「なにはともあれ、お前たちの身柄は、この《森の民》族長──フォルティルプスが責任を持って預かろう。とりあえずは、身体を休ませること。そして、その後のことも悪いようには──」

「──族長、大変だ!!」


 突然、数人の《森の民》の兵士が、この場に駆け込んできた。


「なんじゃ! 今、すごく良い雰囲気になりかけたところじゃというのに!!」

「それはまた後でやってくれ、今はそれどころじゃないんだ! 外のヤツら、森に火をかけてきやがった!!」

「なんじゃとっ!!」


 族長が色めき立って立ち上がった。


 ◇◆◇


「なんてことをするんですかっ!」


 眼鏡をかけた文官風の青年が、炎の中に燃え落ちる森を眺めやるオリヴァールに食ってかかる。

 数人の《炎霊術》の使い手から放たれる炎が森の木々へと燃え移っていく。

 先日の大雨の影響で火のつきは悪いものの、それでも、広い範囲の木々が黒焦げの荒れ地へと化していた。


「オリヴァール様、これは《森の民》に対して戦争をふっかけているようなものですよ!」

「知ったことか! 革命軍に反旗はんきひるがえしたガキどもをあぶり出すためにやっていることだ。イヤだというなら《森の民》どもは俺たちに協力すべきなんだ」

「だったら、まず《森の民》に使者を送って協力を仰ぐべきです! それに、そもそも我々は革命軍と言っても大勢が決まってから合流した外様とざま扱いで、物資と資金の供出を強要されているだけの立場──!?」

「黙れっ!!」


 オリヴァールは眼鏡の文官の頬をしたたかに殴り飛ばす。


「だからこそ、革命軍に対して貸しを作ることが重要なのだ。扱いに困った子供たちの処分を請け負ったのもそのひとつ。だが、それすら失敗したとしたら、新体制の中で、我が子爵家ししゃくけの立場はどうなるのだ!?」


 なおも言い募ろうとする文官をこの場から追い出して、オリヴァールは苛立いらだたしげに右拳を左手に打ちつける。


「《革命軍》とか大層なことを言っているが、やっていることは盗賊と一緒だ」


 今まで自分たち下級貴族を見下してきた大貴族どもが、《革命軍》によって一掃されたのは痛快だった。

 だが、その革命軍の剣は地方の下級貴族にも向けられたのだ。


「公平な税制度だと──クソッ! 俺たちからも搾取さくしゅするなんて、誇り高き貴族の特権をなんだと思ってるんだ」


 所領や財産規模に応じた負担を強いられることになった地方貴族たちは、今や革命軍に協力したことを後悔し始めていた。

 だが、王都を抑えた《革命軍》の勢いの前では後の祭りにしか過ぎない。


「まあ、いい」


 オリヴァールはギリッと歯を食いしばった。


「とにかく《革命軍》にあなどられることは避けるべきなんだ。それに、多く取られるというなら、その分は領民どもからしぼり取ればいい。なんなら《森の民》や《山の民》たちに金品を要求する方法もある。そうだ、そうなんだ、そのためにも、今は、我らの力を誇示することが必要なのだ!」


 戸惑う兵士たちを再び叱咤しったし、次々に火を放っていく。

 激しく燃えさかる炎を前にした貴族の少年──その瞳にも狂気めいた炎が揺らめきはじめていた。


◇◆◇


「外のヤツらどもめ……」


 森の民の長老は苦虫にがむしを噛み潰したような表情で床に足を打ちつける。

 取り急ぎ、兵を整える一方で、抗議の使者を向かわせたのだが、モラティオ子爵ししゃく名代みょうだいを名乗る長子オリヴァールは、森に火を放ったことを正当化するばかりか、逆に《森の民》たちに要求を突きつけてきたのだ。


「森へ逃げ込んだ子供たちを狩り出せ、もしくは、死体を探し出して引き渡せ──」


 要求書を読み上げたフェンナーテは呆れたように書状を窓の外へと放り投げる。

 しかも、要求はそれだけではすまなかった。


「毎年納めている上納品じょうのうひん上納金じょうのうきんに加えて、同じ規模の上納金じょうのうきんを追加で納めよだと!?」


 族長の髭がブワッと膨れあがったように見えた。


「そもそも上納金じょうのうきんとはどういうことだ! 我々は対等の立場で交易こうえきはしておるが、一方的に服従しているつもりなぞ、全くないぞっ! 上納じょうのうなどと儂らへの侮辱だっ!」


 僕は隣に無言で佇むディムナーテに問いかける。


「もしかして、外との関係って、ずっとこんなカンジだったの?」


 だが、ディムナーテは首を横に振った。


「……先代のモラティオ子爵ししゃくとは、族長もウマがあって仲良くしてたんだけど……代替わりしてから疎遠になってた……」

「そうなんだ……」


 僕は少し考え込む。

 僕も完全に把握しているわけではないけれど、この混沌とした状況、《セネリアル州》を統治するモラティオ子爵ししゃくとしては《森の民》を敵に回してしまうのは下策も下策だ。

 なのに、僕たちを捕まえるためとはいえ、このような強硬策きょうこうさくに出てくるとは──


「もしかして、アイツらも何かに追い詰められている?」


 僕の頭の中にいくつかの光が閃いた。

 もしかすると、ここが逆転の第一歩になるのかもしれない。


「ねえ、お祖父じいさま。ひとつ提案があるんだけど」

「うん? なんじゃ? 遠慮はいらぬ、言ってみよ」


 一呼吸置いてから、僕は短く言い放った。


「──《セネリアル州》をが奪い取る」

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