第4話 革命裁判

「これより、革命裁判をり行います!」


 眼鏡をかけて黒髪を長く伸ばしたキリッとした顔立ちの少女。続けてユースティア・エクスと名乗ったが、中の人はクラスの風紀委員を担当していた衣端きぬはたさんだ。

 集まった群衆たちに朗々ろうろうとした声で語りかけている彼女の態度には迫力があった。


「……他の誰かが風霊術ふうれいじゅつを使ってるな」


 僕はそうつぶやき、自分たちの周りに展開させていた風の幕を和らげる。

 可能な限り、僕が風の精霊術せいれいじゅつ──風霊術を扱えることを隠しておきたかった。

 一方、衣端きぬはたさんは自分たちの大義を大きな声で唱えていく。その衣端きぬはたさん──ユースティアの声は、この広大な王城広場おうじょうひろばに集まった群衆全体に届くよう響き渡っているようだった。


「──以上、この国は無能な国王を利用する冷血宰相れいけつさいしょうと、一部の大貴族どもにより搾取さくしゅされてきた! よって、私たちは立ち上がったんだ!」


 衣端きぬはたさんの煽動せんどうにより、広場に集まった民衆たちが、口々に賛同の声を上げる。

 その声々が絶頂に達したとき、彼女は勢いよく右手を天へと掲げた。


「今、この瞬間、この時、この国は変わる! これより革命裁判を執り行う!」

「……なんだ、この茶番」


 僕は呆れたように呟いたが、同時に背中に冷たい氷塊ひょうかいが滑り落ちていくような錯覚も覚えていた。

 冷や汗が噴き出し、胸元を濡らしていく。

 その原因は、処刑台と呼ばれた台の上に挙げられた姉たちの姿だった。

 不吉な予想が全身を締め付けてくるような感覚。


「みんなっ、ちょっと待ってっ!」


 鉄格子を掴んで声を張り上げる僕。

 必死に訴えかける僕に対し、何人かのクラスメイトたちは気づいたようだが、バツが悪そうに視線を逸らすヤツ、露骨ろこつに無視する態度をみせるヤツ、そして、見下すように冷笑れいしょうを向けてくるヤツ──そんなヤツらばかりだった。


 そして、衣端きぬはたさんに続いて、軽鎧けいよろいをまとった剣士風の少年が、くすんだ金髪を風に揺らしながら民衆の前に進み出る。


佐野木さのぎ……」


 僕は口の中でクラス委員長の名前を呟いた。

 その佐野木さのぎは、自らをリッチ・タウランと名乗り、手にした羊皮紙ようひしの書類をわざとらしく大げさに開いてみせる。


「これより、この国を食い物にしてきた貴族どもを裁く!」


 『うおおおおおっっ!!』と、民衆の咆吼ほうこうが王都の空に放たれた。

 処刑台の上の貴族たちの中から、老年と壮年の男性、それに数人の女性が引きずり出される。


「ははうぇっ!!! 父上っ、お祖父さまぁっ!」


 僕の隣にいた少年が、鉄格子てつごうしの隙間から顔を出そうと必死にあがく。

 だが、その悲痛ひつうな声は群衆が踏みならす足音と、打ち交わされる武器の音、それに憎しみに満ちた声の中にき消されてしまう。


『殺せ! 殺せ! 殺せっ!!』


 佐野木さのぎ──剣士リッチは神妙な面持ちで、熱狂する群衆たちをしずめてみせる。


「今さら、罪状をひとつひとつ読み上げるまでもない。この場に集まった市民たちの総意の元に死刑を宣告する!」

「ちょっ、それってムチャクチャすぎるっ!」


 さすがに抗議の声を上げる僕。

 だが、民衆の声の中、どうしても届かない。

 僕は意を決して、風霊術で声をクラスメイトたちの元へと送る。

 でも、彼らは僕の声を完全に無視した。


「母上っ、父上っ!」


 狂ったように泣きわめく少年の声も、僕の声と一緒に届いたはずだ。

 だが、彼らは一顧いっこだにしない。

 剣士リッチが自らの剣を引き抜いて号令ごうれいをかける。


「セレーロ伯爵はくしゃくとその一族、民衆に対する搾取さくしゅ虐待ぎゃくたいの罪、その命であがなえ!」


 僕は絶叫した。


「オマエたち、やって良いことと悪いことがあるだろっ!!」


 だが、処刑台に上がったリッチや赤毛のレド、それに数人のクラスメイトたちの剣が止まることはなかった。

 僕は必死に両親たちの助命を訴える少年を抱きかかえるようにして、視界を覆い隠す。

 

『殺せ、殺せ、殺せ、うおおおおおーーーーっ!!』


 振り下ろされる剣、ほとばしる血、処刑台から下の石畳に落ちる首、そして、蹴り落とされる首を失った胴体。


『きゃあああああっっっ!?』


 他の子供たちから上がる悲鳴。

 そして、状況を察した少年が一際ひときわ高く泣き声を上げる。

 僕の服の胸が少年の涙で熱く濡れていく。

 僕は顔を上げて、周りの少年少女たちに集まって、互いに視線を覆い隠すように声をかける。

 だが、自分の両親が、家族が目の前にいるのに、目をそらすことなどできないことはわかりきっていた。

 処刑台で貴族の誰かが首を刎ねられる度、鉄格子の中の少年少女たちの中から、悲痛な叫びが放たれる。

 そして、そんな子供たちの様子を、群衆たちは娯楽でも楽しむかのようにはやし立てていた。


「オマエたち──」


 ここまで人を憎いと思ったことは一度もなかった。いや、みにくい、か。

 《革命の英雄》とか、《三十九勇士》とかもて囃されているクラスメイトたち。

 それに、この場に集まっている民衆や兵士たち。

 もういい、もうたくさんだ。

 僕は怒りのままに魔力を解き放つべく、自分の周りに風を集めていく。


「ノクト!」


 だが、群衆のざわめきをあっして放たれた澄んだ声。

 その声が、僕に冷静さを取り戻させた。

 声の主は、処刑台に最後に引きずり出された、僕の五人の姉──その中央に毅然きぜんと佇んでいる長姉のステーラ姉だった。


「ノクト! あなたには、まだやらなければならないことがあります!」


 僕はハッとした。

 目の前で両親や家族たちを無残に殺され、泣き疲れ、放心状態ほうしんじょうたいになっている子供たちに視線を向ける。

 ステーラ姉は満足げに頷いて見せた。


「その幼い子たちのことを頼みましたよ!」


 そう言うと、姉たちは処刑台の上で胸を張る。


「さあ、遠慮無く私たちの首をおねなさい!」

「せいぜい、一時の勝利におぼれるがいいっ!」

「私たちは命を奪われようと、誇りを奪われはしない!」

「権力は美酒びしゅ、そして毒薬。あなたがたが自滅するさまをみられないのが残念だわ!」

「結局父上たちを捕らえることもできないなんて、あなたがたがやっているのは単なる革命ごっこにしかすぎないわ!」


 僕は目を見開いて姉様たちの姿を脳裏に焼き付ける。

 最後まで誇り高く膝を屈しようとしない高貴な女性たち。

 だが、そのささやかな反抗も終わりを迎えた。


「無駄なさえずりはそれくらいにしておけよ」


 赤毛のレドが冷たく言い放ち、剣を水平に走らせる。


「姉さまぁっ!!」


 ねられた首が宙に舞い、残された胴体も後を追うように処刑台の下へと蹴り落とされる。

 そして、他の姉たちも、元クラスメイトたちの手によって、次々と首をねられ、他の貴族たちの死体が積み上がった山に落とされていく。


『うおおおおおーーーーっ!!』


 再び熱狂に身を委ねる群衆たち。

 そして、今度は残された僕や貴族の子供たちに視線が集中する。


『殺せ! 殺せ! 殺せ!』


 その狂気とも言える奔流に、子供たちは怯え、僕の元に身を寄せてきた。

 僕も必死に手を伸ばして、できるだけたくさんの子供たちを抱きかかえ、必死に「大丈夫だから」と言い聞かせる。

 だが、群衆たちは、次第に僕たちがいれられた鉄格子の馬車へと距離を積めてくる。


「この状況はまずい……」


 すでに投石が再開され、僕は再び風の幕を展開し、子供たちを守る。

 だが、そんなことはお構いなしとばかりに、ついに、群衆たちの一部が馬車へとたどり着き、力に任せて倒そうと群がってきた。

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