第3話 革命軍の三十九勇士

「──まあ、何らかの理由で俺たちのクラスのヤツらだけが、この世界に転生したってワケだ。しかも、この国のにな」


 伏木ふしき憎々にくにくしげに吐き捨てた後、一瞬の沈黙が部屋の中を支配する。

 僕はようやく唾を飲み下し、口を開いた。


「底辺って……」

「あー、もーいい。これ以上話すのも時間の無駄だ。浦城うらきさんもこれくらいにしとけ。俺らには他にやらなきゃいけないこともあるんだからな」


 さっきまでと同じ調子に戻った伏木ふしきが、部屋の外から兵士たちをさらに呼び込んで、僕とシラリスの身柄を厳重に拘束こうそくさせる。

 僕は考える。

 この状況、僕の《精霊術》を使えば、シラリスと二人で、この場から逃げ出すことはできるだろう。

 だが、伏木ふしきたちの言うに参加している人員がどれだけいるかわからない。

 なんといっても、王城の最深部にある宰相の居住区まで制圧されているのだ。

 宰相家や王家の人間がどうなっているかもわからない。そんな中、無闇に暴走するわけにもいかないだろう。

 そんなことを考えているうちにも、僕はシラリスと引き離され、別々の通路へと引き立てられていく。

 シラリスがこちらを振り返って声を上げた。


「ノクト! 絶対におまえは助ける! だから、絶対にあきらめるなっ!」

「シラリス! 僕もキミを助ける! だから、絶対にあきらめないでっ!」


 伏木ふしきが僕の髪の毛を掴んで顔を無理矢理上げさせる。


「学芸会レベルの友情ごっこはその程度にしておけよ、見てるこっちが寒くなる」

「それで、僕たちはこれからどうなるの?」


 声を低めて問いかける僕に、伏木ふしきは片頬をつり上げた。


「もちろん、次のイベントが用意されてるよ──っていう最高の舞台がな」


 ○


 僕たちが転生したこの国は《トルーナ王国》という。

 東西に大きく広がる《ティールデオルム大陸》、その西端にある大きな半島のほぼ全域を占める商業国家だ。

 もともとは豊かな自然の恵みのもとに生活していた純朴じゅんぼくな国だったのだが、先代の国王の時代に大きな転換点を迎える。

 それは、東の《ディアリエンテ大内海》から《王都トルネリア》を経由して、西の《ゼフィロシア大洋》とを繋ぐ《大運河》が完成したことだった。


「大運河、か……」


 鉄格子てつごうしめられた窓越しに、僕は巨大な大運河を見つめていた。

 遥か向こうに見える対岸には、《王都トルネリア》の南街区の建物が並んでいる。

 いつもなら、運河には船、岸壁がんぺきには商人や作業員たちがひしめき合って、ものすごい活気に包まれていたんだけど、今、この状況下では、ほとんど船も人も姿が見えない。


……か」


 湿った石壁に背中を当てて床に座り込む。

 ここは王城の地下牢ちかろうだ。

 もっとも、王城の地表部分から運河の水面までは切り立った壁になっており、地下牢といっても、こうして運河をのぞける鉄格子つきの小窓がついている。


「風の精霊よ──」


 僕は魔力を集中し、それから周囲へと放つ。

 空気の流れがそよ風となって、僕のいる地下牢を中心に広がっていく。


 この世界には魔法が存在する。

 《精霊術せいれいじゅつ》と《神聖術しんせいじゅつ》の二種類の魔法系統があり、僕は《精霊術》を扱うことができる。

 しかも、もしかしたら転生チートみたいなものなのかもしれないけど、普通の《精霊術士》よりも、遥に強力な力を持っていたりもして。

 ただ、風の精霊王との契約の証──魔法を使う際の触媒しょくばいでもある《精霊銀ミスリル》の指輪を連行されるときに奪われてしまい、今は簡単な術しか使えなかったりするのだが。


「……兵士の数は、それほど多くない。あと、周りの牢屋ろうやにも人の気配……これは子供たち?」


 まだ、したらずな幼児の泣き声も聞こえてくる。これは、さすがにシャレにならない。

 僕は鉄で補強された分厚い扉に飛びついて、足で強く蹴りつける。

 どうやら、見張りは少し離れた出口あたりにたむろしているようだ。


「おい、見張り! ちょっとこっちへこい!」


 扉を蹴りつつ、声を荒げるが、聞こえているのかいないのか、いっこうに反応は無い。


「くそっ!」


 最後に強く扉に蹴りをいれてから、僕はそのまま床に座り込む。


 ○


 ろうの扉が開いたのは三日後のことだった。

 僕は再び両手を拘束こうそくされ、通路へと引き出される。


「とっとと、歩け!」


 兵士の一人が僕の背中を殴りつける。

 だが、僕は呆然ぼうぜんと佇んでしまった。

 なぜなら、僕の目の前の通路には、同じように兵士たちに追い立てられる年端としはもいかない少年少女たちが列を作っていたのだ。

 僕は背後の兵士へと問いかける。


「おい、これからなにをするつもりなんだ」


 その問いかけに兵士は答えず、みにくい笑みを浮かべるだけだった。

 そして、僕と子供たちは大きな鉄格子がついた馬車に乗せられる。

 馬車の行く先は王城正面の大広場、そこにはすでに大勢の群衆が詰めかけていた。

 集まった市民たちは、まだそれぞれ武器を手にしており、広場の中央につくられた巨大な木製の台を中心に、気勢きせいを上げたり、歌ったり、異様な熱狂に包まれている。

 そんな中へ、鉄格子に入れられた僕たちは運び込まれた。


「大貴族のガキどもだっ!」


 誰かが上げた声を皮切りに、一斉に群がり寄ってくる民衆たち。


「なんの苦労も知らずにぬくぬくと育ちやがって!」

「うちの子供なんか食べるものも食べられずに死んでいったっていうのに!」

「とっとと、処刑台しょけいだいにあげちまえよ!」


 その暴力的な迫力に子供たちは僕を中心に身を寄せ合い、怯え震えることしかできなかった。


「イタっ!」


 僕の隣にいた少年の額に血が流れていた。

 民衆たちが投石しはじめたのだ。

 僕は周囲にばれないように魔力をつむぎ出し、鉄格子の中に風の幕を展開して、飛び込んでくる石をさりげなく外へと弾き出させる。


「ねえ、お兄さん」


 額の血を拭いてやった少年が、怯えに満ちた表情で問いかけてきた。


「ボクたちどうなるの……処刑台って……」


 処刑台──広場の中央に作られた木製の巨大な台のことだろう。

 隣の少女が、ギュッと僕の腕を握ってくる。


「わたしたち、殺されちゃうの?」


 恐怖が限界に達してしまったのだろうか。

 周りの子供たちは泣きわめくことはなく、事態を受け止め切れていないように呆然と僕を見つめてくるだけだった。

 そんな子供たちを抱き寄せつつ、僕は必死に頭の中で考えを巡らせる。


 ──この場から全員で逃げ出す。


「なんかのきっかけさえあれば……」


 とにかく、この馬車を乗っ取って王城を脱出する。

 その後のことは、その時考えればいい。

 今、あの処刑台に上げられることだけは、絶対に回避しないと。

 幸いなことに、風の精霊術には動物──馬を操ることができる魔法もある。

 それに、石や矢を落とすくらいなら、精霊王の指輪無しでもなんとかなる。


 そこまで考えが至った時。

 大きな銅鑼どらの音が響き渡り、群衆の注意が僕たちの馬車とは反対側の方向へと向く。


「──お母様、お父様!?」


 僕の横にいた少女が勢いよく立ち上がった。

 広場の反対側から現れたのは、ここにいる民衆とは違い、豪奢ごうしゃな服をまとった男女の一団だった。

 もっとも、着ている服は泥やすすで汚れ、破れ、民衆たちから冷笑れいしょうを向けられる。

 そして、僕も言葉を失ってしまった。

 処刑台へと引き上げられていく百人を超える男女──上位貴族の一族たち。その中に、僕をやさしくはぐくんでくれた五人の姉も含まれていたのだ。


「姉さまッ!!」


 思わず叫んでしまった僕に気づいた姉たちが、驚きの表情の後、笑みをこちらに向けてきた。

 そのまま、毅然と背筋を伸ばして、処刑台の上から民衆たちに相対する姉たち。

 再び始まる投石。

 だが、自分の身を守ろうと不様を晒す他の貴族たちとは異なる姉たちの姿に、民衆の怒りが集中する。


冷血宰相れいけつさいしょうの娘たちだ、服をいで大運河に突き落としてやれ!」


 怒りに支配された民衆たちは暴発一歩手前の状態になり、処刑台の前に殺到しようとする。

 だが、そこへ、さらに異なる一団が割って入ってきた。


「みんな! 落ち着いてくれ!」


 一際太い声が広場に響き渡る。


「おお、クラックドール将軍だ! 《三十九勇士》の方々が勢揃いだぞ!」


 民衆たちの歓声があたりに満ちた。


「《三十九勇士》……? もしかして……」


 僕はおそるおそる処刑台の前に整列した三十九人の少年少女たちに視線を向ける。

 そして、想像は当たった。


「クラスのみんな……本当に全員が転生してたんだ……」


 集まった群衆に対して笑顔で手を振ってみせる少年少女たちにクラスメイトたちの面影おもかげが重なっていく。

 だが、誰ひとりとして、僕と視線を交わそうとする者はいなかった──

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