第七章 元凶が待ち受ける、幽界の階層その二
数十分間は歩き続けた俺の前に、空へと伸びている坂道の通路があった。まるで意地悪な山道のように曲がりくねり、遥か遠方へと繋がっている。
先が見えないその光景に、気が遠くなってしまったが、諦める訳にもいかない。俺が覚悟を決めて上がろうとした時、遠雷が鳴り、空に間断なく紫電が走った。
「どこまで歩けばいいのか知らんが、真奈美達も律儀にここを通ったのか?」
あれからいくら待てども、神代雪羅とユカリが追ってくる気配はない。こんな虚無のような空間をずっと一人で歩いてきては、やや不安にもなってくる。
それでも進まねば終点に辿り着けないなら、足を止める訳にはいかなかった。一歩一歩だが、俺は確実に坂道を上がって進んでいく。
急がなければならないのは、十二分に理解している。タイムリミットがある上、もしこんな道幅の狭い場所で敵に攻められたなら、極めて危険なのだから。
ただ、どんな罠があるかも分からず、不用心に全力疾走する訳にもいかない。だから、俺は気持ち程度だけ早めに歩いた。
****
あれからどれだけ歩いて来ただろうか。やがて斜め上方に、何かが見えてくる。坂道をずっと上がっていくにつれて、その正体が分かってきた。
それに伴い、自然と俺の足が速くなる。坂道は徐々に太くなり、周囲に文明の痕跡と思しきものが現れ始める。
坂道の周辺に、無数の瓦礫が宙に浮かんでいるのだ。それらは崩れた家の形をしていたり、息絶えた鬼が石のように物質化していたり――。
空に近づいていく程、それらの瓦礫や破片は数を増していく。また天上から凶暴に振り撒かれている殺気が、どんどん膨れ上がっていくのにも気付いた。
「あれが、終点か……」
それが見えた瞬間、俺は至近にまで迫っているその威容に気圧されかかる。横幅数十メートル程の浮遊する円形の島、悍ましい殺気はそこから放たれているのだ。
それでも俺は殺気に耐え、ついに長い坂道を登り切る。島へと到着した俺を待ち受けていたのは、坂道とは材質が違って見える床と、中心に建つ神殿だった。
床は白を基調とした色彩であり、無数の突起が天に伸び、先端部は淡く七色の光を発しながら揺らめいている。
島中央に建つ神殿は鮮やかな朱色をしていて、上品で鮮やか――建物自体は現実世界の神社と外観はほぼ同じで、あれを二回り大きくした程度だった。
「……いるんだな、あそこに」
俺は、自然と神殿に向かって駆け足で歩いていた。まるであの神殿自体が、俺を呼んでいるかのような錯覚を味わう。
いや、道中から感じていた途轍もない殺気の出所があそこなのだ。誰かが自分はここにいるぞと自己主張することで俺を挑発し、手招きしている。
それを嫌という程に理解してしまう。神殿から放たれる突き刺さるような鋭いそれは、近付く程に俺のいる方向へと集束して向けられているのだから。
強い意思でその殺気を跳ね返しながら、神殿へと向かう。幸いにも、ここはさほど広くはない円形の島だ。
そう時間はかからず、神殿の前まで辿り着くことはできた。すぐさま俺は、その入り口に上がるための階段の一段目に足をかけようとする。
「待ちわびていたぞ、私の同胞、九条ヨミ」
「――っ!」
階段の上から声をかけてきたのは、カズマだった。神社の入り口付近の柱にもたれ掛かり、腕を組みながら俺を見下ろしている。
俺は闘争心を全開にし、一息に階段を一番上の段まで駆け上がった。
そして入り口まで続く短めの通路で、あの男と数メートルの間合いを取る。臨戦態勢に入り、いつでも攻撃を仕掛けられるように。
「待たせて悪かったな、神代カズマ。戦う気なら、こっちはもう準備は万端だ」
「待て、そう急く必要もない。こっちに来て、見てみろ。神殿の中をな」
「何だと……」
戦いの出鼻を挫かれた俺を尻目にかけ、カズマは柱から背を放した。そのまま彼は、神社の入り口へと歩いていくと、その内部を指で差す。
入り口には、扉も何もない。中は丸見えなのだが、不可思議な障害を感じた。まるで何かが遮っているかのようなプレッシャーが伝わってくるのだ。
試しにその何もない空間に触れてみると、見えない壁が存在している。しかし、俺が驚きで目を見開いたのは、その向こう側に見知った女性がいたからだった。
その女性、真奈美は不動鬼宿洞窟の最奥で見た外見とそっくりな巨大な鬼神の銅像の前で、じっと立ち尽くしている。
「ま、真奈美っ! やはりここにいたんだなっ! 俺だ、返事をしてくれ!」
俺は探し求めていた真奈美に呼びかけ、見えない壁に何度も体当たりした。手段を今度は拳に変えて、手加減抜きで殴り続けてみても、ビクともしない。
次第に拳に血が滲み始めた時、俺の腕をカズマが背後から掴んで止めた。邪魔をされた怒りで振り返るが、途端に奴の武術で膝を折られ、俺は尻餅をつく。
「神代カズマ、貴様……っ!」
「入ろうとしても、無駄だ。私も、ずっとここで立ち往生しているのだからな」
カズマは床に尻をつく俺を見下ろしながら、そう答えた。この円形の島が見え始めた時から感じていた殺気の主は、こいつじゃない。
俺に向けられている尋常じゃない殺気は、今も背中にひしひしと感じている。考えるまでもなく、神殿の内部からだった。
「あの女は、鬼神伝承を再現しようとしている。鬼神本来の肉体を、その身に宿そうとしているのだ。その儀式が終わるまで、何者にも邪魔させないつもりだろう」
「信じられるかっ。きっと何か手があるはずだ、あの壁を破壊する手段が!」
「忌々しいが、恐らく単純な力では、あの不可視の壁は壊せん。すでに何度も試した。お前があの切り札を使った所で、無駄にその肉体を痛めるだけだ」
そう答えて、カズマは俺の腕から手を放す。技の術中から解き放たれたことで自由になった俺は、すぐに負けん気を奮い起こして立ち上がる。
そのまま奴の胸倉を掴もうとした――が、この男の十八番は武術による技だ。力技が通用しないことを思い出し、直前で思い留まる。
「私は天啓を受け、鬼巌村に来た。我が神は、いつも私の脳裏に声を届けて下さる。神がどこにおられるかなど知る由もなかったが、ここへ来てそれを理解した」
カズマはそう言って、神殿入り口の先、見えない壁の向こう側を再び指差す。真奈美と、中に安置されている巨大な鬼神の銅像を差しているのだろうか。
カズマは苦々し気にそれらを見つめ、ぎりぎりと歯ぎしりまでしている。
「あの鬼神本体からだった。だが、今……神は私ではなく、あの女を選んだ。私では期待に応えられないと思われたのだろうなっ。十数年前から鬼巌村の有力者、北条宗一郎に働きかけ、手を尽くしてきたというのに!」
カズマは憤って、神殿の床を片足で勢いよく踏み抜いた。その目は怒りで濁り、隠そうともしていない殺意が漏れ出ている。
そこまで激昂しているこの男の姿を見て、俺の方は逆に冷静になれてきた。またカズマが話したことで若干、引っかかったこともある。
「鬼神がお前の異能を利用して、天啓を伝えていたと言ったな。だが、あれは鬼神の肉体の方だぞ。魂の方は、不動鬼宿洞窟の最奥に封じられていた。あの鬼神の銅像には、魂など宿っていないはずだ」
「では、私にこれまで語り掛けてきたのは、誰だと言うのだっ!」
「確証はない。ただ、心当たりがある。お前も現実世界のあの神社に来たということは、手に入れたはずだな。あの誰のものか分からない、肉体の部位を」
俺がカズマに、そう訊ねた時だった。神殿内から外まで、亡者のような咆哮が轟き出す。それに連鎖するように、神殿自体が大きく揺れ動いた。
俺達二人は、揃って入り口から中の様子を覗き込んだ。真奈美の背中の向こう側には、粉々に砕けた鬼神の銅像の破片が散らばっている異様な光景がある。
そして禍々しい雰囲気を漂わせて、彼女はこちらを振り向いた。
「あれは真奈美、なのかっ? しかし、あの姿は……」
真奈美は俺達の方を見つめながら、笑っている。整った顔は美しく、全身に絡みついた細長い触手の間から見える白い肌も、きめ細かい。
ただ、目元から頬に駆けて走る稲妻のような紋様に加えて、額には紅く光る第三の目があり、そこが人間とは違っていた。まさか鬼神と融合したのだろうか――。
ぐるんと彼女の眼球が裏返り、瞳孔が左右に揺らめき、止まった。敵として認識されたと感じ、俺とカズマは反射的に飛びずさって、距離を置く。
瞬間、神殿内から……いや、彼女から衝撃波が迸った。それは建物をあっという間に崩壊させ、破片を円形の島の四方に散弾のように飛び散らせる。
「ぐ、うおおあぁっ!!」
俺とカズマはその衝撃波で吹き飛ばされ、島の床に手をついて着地した。それでもあまりの強烈さに、後方へとずざざざと後退させられる。
「君島真奈美、この悪魔めっ! 我が神……いや、鬼の血を引く者の末裔としての責務だっ! お前を抹殺し、神を我らが一族の元に奪い返してくれるっ!」
カズマは猛りながら叫んで、駆け出した。崩れて瓦礫となった神社の上に立つ真奈美の方へと、猛ダッシュで一直線に向かっていく。
少し遅れてから俺もあの男に続いて走り、その背中に大声で呼びかけた。
「勘違いするな、神代カズマ! あれは神なんかじゃない!」
「では、何だというのだ!? 人にあれだけ強大な力を授け、あれほど神々しい姿に変えるのは、まさに神の御業に相違ないではないかっ!」
俺達の到着を待たず、真奈美の方もゆったりと歩き始めた。殺意と殺気は相変わらず全開で放ち、俺とカズマのどちらも殺す気満々だ。
口元が弧を描き、どこか遠くに向かって微笑んでいるようだった。
「あはっ、凄いよ。見て、ヨミ君。僕は……僕は、この力で望むがままの世界を作るんだ。弟みたいに思ってた君と、僕ら特殊埋葬課の仇敵である神代カズマ。手始めに君達を消し去ることでさぁ……っ!」
「ほざけえぇぇっ!!」
カズマの拳は真奈美の目前に迫り、その顔面に向かって振り抜かれる。だが、やはり真奈美のその目は、俺やカズマなど見てはいない。
カズマの拳など避けようともせずに、顔に直撃を喰らう。それでも尚、何事もなかったかのように、笑顔を崩していない。
顔を仰け反らせることなく耐え切り、瞬き一つすらしていなかった。
「馬鹿、な……っ!」
驚くカズマを余所に置き、ぶつりとぶつりと何かが切れた音が繰り返される。目を凝らすと、その音の出所は真奈美の身体に絡みついている複数の触手だった。
それらが彼女の足元にある瓦礫群から外れ、あるいは千切れていく。どうやら今まではあの幾つもの触手で、地面と接続されていたようだ。
それが解かれたことで、今――彼女の身は自由となった。そして外れた触手二本の先端部分が、ゆっくりと持ち上がる。
「まずいっ……!!」
一瞬、高速でぶんっと残像が走ったように見えた。俺がそれを避けられたのは、頭で考えるよりも先に勝手に身体が動いたからだ。
硬い物が砕けた轟音が、鳴り響く。先端が特に太くなっている触手が、俺が先ほどまで立っていた床を、真上から打ち砕いていた。
本当に危ない所だった。その威力を見て、俺の額から冷や汗が流れ出す。
一方、真奈美の間近にいたカズマは触手を回避し切れず、その恵まれた体躯を、俺がいる場所の後方まで弾き飛ばされてしまっていた。
「ぐう、うおああぁっ!! お、のれ……あの悪魔めっ!」
後ろを見ると、カズマが床に手をつきながら立ち上がろうとしている。足はがくがくで、口から血を吐いているものの、戦意は失っていないようだ。
俺は再び前を向き、こちらに悠然と歩いてくる真奈美を見据えた。彼女の身体に宿っている誰かの正体は、見当がついている。
ただ、それはあくまで推測の域を出ないものだ。それでも俺はその仮説に賭けて、真奈美の中のそいつに話しかけた。
「お前の名前が、何なのか知らん。だが、お前の正体なら分かるつもりだ。数百年前に鬼神に見初められた、真奈美の前任だったシャーマンだな?」
勿論、確証などある訳もなく、鎌をかけてみただけだ。だが、俺が言うなり、真奈美はぴたりとその歩みを止めた。
しばらくそのまま無表情で俺の顔を見つめていた彼女は、やがてケタケタと笑い始める。
「そう、そうだよ! 大正解だよ、ヨミ君さぁ! 僕の中にいる私はね、大昔に信濃国で思う存分に暴れた鬼神の力の継承者なんだよ! ふふ、ふ、楽しかったなぁ、あの頃はさ。あぁ……また昔みたいに、殺しを楽しみたい」
「やはりか。お前は、鬼神ではなく人間。人間が神の力を得て、生き神に……」
この女は、真奈美であって真奈美ではない。あるいは、どちらでもある。自我や信念が混ざり合い、鬼神の力を完全に操れる化け物が再臨したのだ。
真奈美の姿をした怪物は、恍惚の表情のまま、足でとんっ……と床を蹴った。すると、次の瞬間には、彼女はすでに俺の目の前に現れていた。
ぎょっとして咄嗟に身構える俺の顎を、彼女はぐいっと掴んで持ち上げる。
「うん、やっぱり君は可愛い。昔、懐いていた僕の弟にそっくりだよ。ええと、あれ……弟がいたのは、どっちの僕だったっけ?」
「さあな。考えている最中だが、お前を救うにはどうすればいいか、見当もつかない。だが、それ以上に……お前を現実世界に来させる訳にはいかなくてなっ!」
俺の身体は、真奈美に片手で持ち上げられ、足が浮いている状態だ。そんな腰に力が入らない体勢からだったが、彼女の腹に精一杯の蹴りを喰らわせる。
だが、そんなものは生き神となった彼女にとって、些細な抵抗だったようだ。笑いながらの彼女に、身体を思いっきり振り上げられて、床に叩き付けられた。
背中から激しく強打し、俺は口からごぼりと血を吐き出す。当然、全身にも痛みという名の電気信号が、痛烈に駆け巡った。
「はは、あはっ! 可愛いよね、君はさ! 弟の君だけは側に置いておきたいけど、どうしよう。やっぱり殺すかな! うーん、迷うし、どうすればいいかなぁ!」
真奈美は、言葉でこそ迷う素振りを見せている。しかし、それとは正反対に、行動は容赦なく残虐で無慈悲だった。
仰向けで倒れる俺を、その足で執拗に何度も踏み付け続けてくる。背中をつけている床が、ビキビキとヒビ割れて砕け、俺の身体は地中へと沈んでいく。
数十秒近く俺がその猛攻を耐え凌いだ後、ようやくその攻撃は止まった。
「あー、ごめん。痛かったかなぁ、ヨミ君? まあ、君は後回しだよ。僕が一番殺したいのは、あそこにいる大蜘蛛一族の大悪党なんだからね」
「自分をよく見ろ……。今のお前が……正義だと思うのか、真奈美」
俺がようやく絞り出した、そのか細い言葉を無視して、真奈美は離れていく。向かった先は、仇敵のカズマがいる所だろう。
全身の痛みと戦いながら、俺はごろんと身体を転がらせて、うつ伏せになる。真奈美が去った方に顔を向けると、もうすでにあの二人は面と向かい合っていた。
一触即発の中、先に仕掛けたのはカズマの方だった。直立不動の真奈美に、叫びながら拳による殴打を加え続けているが、一歩すら後退させられない。
それでもあの男は、まったく怯まず動じない彼女に数分間は殴り続けていた。しかし、逆に息が上がっていったのは、カズマの方だった。
「まだ……だ、まだ終わってたまるものかぁっ! 先代首領にあの地獄から拾われた恩を返し、大蜘蛛一族の再起を果たすまで――っ! 私のその望みを邪魔立てされてなるものかっ! 貴様如き、悪魔にぃっ!!」
劣勢のカズマは苦し紛れに、最後の渾身の一打を放った。あいつが拳で狙ったのは、真奈美の喉元――しかし、その攻撃でさえも、通用しなかった。
真奈美の振り上げられた複数の触手が、彼の頭上から一斉に襲い掛かる。それらはカズマを叩き潰し、その全身を床に押し付けて、更に何度も打ち付けた。
「がっ! ああっががぁぁっ!! うがぁあっ!!」
カズマは絶叫を上げ、血と床の破片が天に向かって高く飛び散っていく。それを触手で行いながら真奈美は、赤黒い空を見上げながら高笑いしていた。
「あは、はははぁっ! 死ね死ね、このゴミっ! 今まで僕ら警察の手を煩わせやがって、汚らしい犯罪者野郎がさぁ!」
「――っ! が、あ……ぁっ」
次第にカズマの声が弱くなり、抵抗もなくなっていく。そして最後にトドメと言わんばかりに真奈美は、自身の足で彼の後頭部を踏み潰した。
あの男の耳から血がぶしゃっと噴き出し、ついにその動きを完全に止める。憎き相手を仕留めた結果に満足したのか、真奈美は攻撃をやめて高笑いを続けた。
「真奈美、そこまで……堕ちたか」
狂事を終えた真奈美の背中を、離れた位置から見つめながら、俺はそう呟く。いくら犯罪者相手とはいえ、あれでは一方的ななぶり殺しだ。
以前の彼女は、いくら心のブレーキが壊れていても、まだ節度は弁えていた。前任のシャーマンと混じり合ったことで、人としての良心まで失ってしまったのか。
その残酷な現実に打ちのめされ、俺は悔しくて仕方がなかった。
「うーん、いい汗かいちゃったなぁ。そろそろ元の世界に戻らないとね。久しぶりの現世なんだし、帰還したらまた人間達を殺しまくろっか。あいつらには、散々虐待されてきたしねぇ」
真奈美は現世に帰還することで頭が一杯なのか、俺に見向きもしなかった。コツコツと靴音を鳴らして遠ざかっていき、ある地点で床を蹴って高く跳躍する。
跳んだ彼女が向かった先は、空に赤黒く輝いている太陽だ。それに直撃すると、ビシリ――と、亀裂が入り、ガラスのように簡単に割れ砕けた。
真奈美は、そのまま漆黒の割れ目の中へと消え、同時に幽界全体にも影響が出始めた。立つのもままならない程の揺れ、そしてあちこちで亀裂音が鳴り響く。
実際に島が傾き始めて、幽界のあらゆる場所の空間が、ヒビ割れ始めている。
「崩壊し始めたのか、幽界そのものが……?」
そうだ、もしもこの場所が、前任のシャーマンと鬼神の肉体を封印するためだけに存在していたのだとしたら――。
その二つが現世に逃れたことで、役目を失ったのかもしれない。俺の身体が傾く島の上で重力に従い、下へと床を滑り落ちていく。
床の窪みに沈むカズマも同様に、何もない無の空間へと落下し始めていた。
そしてついには足場だった島自体も、無情にも大きく砕け割れてしまう。当然、俺達二人は、岩や瓦礫と共に完全に空中に投げ出されてしまった。
「うわぁぁっ――!」
手で掴むものが何もないため、抗うことも出来ない。俺とカズマは隣り合いながら急速に落下していき、虚無が広がる眼下まで真っ逆さまだった。
もうどれだけ叫ぼうとも、意味はない。そう思いつつも、俺は叫ばざるを得なかった。砕けた太陽があった暗黒の歪へと消えていった、真奈美の名を――。
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