第六章

第六章 夕闇と共に、近付いてくる終末の足音その一

 あれからどれだけ時間が流れたのか、分からない。日の差さない洞窟の中で、俺は全身を金縛りに遭ったまま、ずっと立ち続けていた。

 だが、その間、何もしていなかった訳じゃない。流す涙はとうに枯れても、絶えず奥歯を噛み締めて抗い続けていた。

 やがてその長い努力が実を結び、ようやく束縛から解き放たれた俺は、前のめりに倒れた。


「はあ、はあっ……今、何時だっ」


 俺は地面に両手をつき身体を支えながら、左手首の腕時計を確認する。すでに午前九時三十分をやや回っていたことに、驚きを覚えた。

 少なくとも、洞窟に入って一日以上が過ぎていたからだ。首を動かして辺りを見回すと、川から這い出してきた鬼達も、奴らと戦っていたカズマの姿もすでにない。

 嵐が過ぎ去ったかのように、ただ静かな川の流れだけが聞こえてきている。

 金縛りの最中に、いつの頃からか戦闘音が途絶えていたのは気付いていた。鬼達は俺に目もくれず、カズマも俺を相手にしている余裕まではなかったらしい。


「何とか拾った命だ、有意義に使わなければな……」


 時間を無為に過ごしてしまったが、嘆いても仕方がない。これからの行動で挽回すべく、俺は立ち上がった。

 ずっと金縛りと戦っていたために、足はふらふらで、疲労感も半端ない。逸る気持ちを抑え、まずは腹ごしらえをしようとして、旅行カバンのことを思い出す。

 確か真奈美を追跡中に、荷物になるからと途中で地面に放り捨てたのだった。

 俺はそれを回収しようと、洞窟を流れる川を後にして歩き出す。足元には、カズマに殺されたと思われる、喉が潰れた鬼達の死体が散乱している。


「あの男、俺のことを同胞だと言っていたな……。最初はただの寝言かと思ったが、やはり……あいつも、俺と同じ呪術の儀式に捧げられた生贄なのか?」


 そう考えれば、腑に落ちることもある。宗教集団に強制的に生贄として捧げられ、同じ境遇の子供達と、血みどろの殺し合いをさせられた――。

 その極限の状況の中から生き残り、特異な能力を発現させた俺と同類の人間。

 だからなのだろうか。あの男も、俺の念視を妨害できる超能力が使用できたのは――。もしそうなら、あの男に同情の念が湧きもする。

 人間として許されない外道であることには違いないが――俺も一歩間違えれば、人格が歪み、同じく修羅の道を辿ったかもしれないのだ。


「もしあの男が言っていた通り、俺達が顔見知りの関係だというのなら、俺が引導を渡してやらなければな」


 そう呟きながら、俺はカズマと大蜘蛛一族の殲滅を決意する。それにきっと奴らは、真奈美を救おうとする過程で障害として立ちはだかる気がした。

 こんな無様を晒した俺にそれができるか不安にもなるが、気を強く持った。為せば成る、やるしかないのだと自分に言い聞かせる。

 洞窟内を戻り続け、ここに来るまでの通路で目当ての旅行カバンを見つけた。さっそく俺は中をがさごそと漁り、ペットボトルを見つけ出す。

 極度の渇きから、かぶりつくように飲み口に口をつけ、ごくごくと飲み込んだ。カラカラだった喉が潤い、活力が戻ってくる気がした。

 そして今度は缶入りの乾パンの蓋を開けて、貪るように次々と頬張る。一枚食べるごとに空腹でひもじかった腹が、徐々に満たされていった。


「……生き返った。これで、また……戦えるな」


 実際には万全とは言えないものの、ずいぶん体力と気力を回復させられた。俺は旅行カバンのチャックを閉めて拾い上げると、また洞窟を引き返し始める。

 だが、出口を目指すその道中、生者は誰一人見当たらなかった。先々で足元に転がるのは、鬼や人間の死体ばかりだ。

 鬼神伝承を再現するのに、もうこの洞窟は用済みということだろうか。つまり鬼巌村で繰り広げられている戦いのステージは、とうに次の段階に進んでいるのだ。


「真奈美っ、神代カズマっ……!」


 その二人のことを考えて走りながら、俺は死闘を予感した。更に走り続けて十数分が経過した頃、洞窟の出入り口が見え始め、日が差し込んできている。

 終わりが見えて僅かに安堵するも、油断は禁物だと自戒した。外では、きっと……いや、確実に次なる戦いが待っているはずなのだから。

 その戦いに出遅れたのは、確かに痛い。しかし、遅れを取り戻すために、俺は疲れを押して洞窟から飛び出していく。


「やっと出られたっ……」


 ようやく外の光景を目の当たりにするが、俺は異変にすぐ気付いた。空が赤いのだ。まるで夕焼けであるかのように、太陽が辺りを真っ赤に染めている。

 しかし、腕時計が示す時刻はまだ午前中で、あり得ない光景だった。訳が分からない気分のまま、俺は突き動かされるように前へと歩き始める。

 一体、洞窟で時間を無駄にしていた間、何が起きたというのだろう。


「何だ、なぜなんだっ! どうして外が、こんなに赤いんだっ!」


 不安で焦燥する気持ちに駆られ、やがて俺は走り出した。森を抜け、砂利道を走り抜け、再び一日以上ぶりに鬼巌村まで辿り着く。

 そこでは古びた建物が点在する各所で、鬼達が緩慢な動きで徘徊していた。そして戦いがあった形跡として、地面に鬼の死体が無数に横たわっている。

 腰を屈め、死体の一つを確認すると、鮮やかに首を圧し折られていた。カズマの手口とは違うから、別の誰かの仕業だろう。


「村には、他にも誰かいるのか……?」


 俺が呟くと、背後で誰かが地面を踏む音がした。しかし、聞こえたのは、そのたった一歩だけだった。

 近づかれたにしても、いつの間に後ろを取られていたのだろうか。それがまったく気付けなかったことに、肝が冷えた。額から冷や汗が流れ、口の中が渇いてくる。

 敵が現れたかもしれない緊張に抗い、俺は覚悟を決めて、顔だけ振り返った。目を向けた先、そこにいたのは一人の若い男だった。

 銀色の長髪が印象的な整った顔立ちで、黒いスーツを着ている。優男風の外見とは裏腹に、その身に纏う強者としての風格は異常といえた。

 一目見た瞬間、自分が殺される未来が脳裏を過ぎってしまった程に。


「へえ、驚いた。その年齢で、ずいぶん修羅場を潜り抜けてきたんだねえ」


「誰だ、あんたは?」


 俺はゆっくりと立ち上がると、ただそれだけを訊ねた。目の前で立つ銀髪の男は、僅かな殺気すら出している訳ではない。

 しかし、完成された戦闘能力を醸す、立ち振る舞いすべてに圧倒されていた。何者かだけでも知れたらいいと思った故の質問だったが、男は笑って返してくる。


「名乗る必要もないよ。どうせ、もう会うこともないんだし。死にたくないなら、どこかに身を隠してなよ。僕らが、村での仕事を終えるまでさ」


 銀髪の男は、そう言ってから俺の隣をすり抜けて、立ち去っていく。まだ誰かも分からないが、このまま黙って行かせる気にはなれなかった。

 今の口ぶりから、俺の敵ではないかもしれない。もしも頼れる相手なら、この機をみすみす逃す手はないと、そう思ったからだ。

 時刻外れの夕焼け色に染まった村の中央へ遠ざかっていく彼の後ろ姿に、俺は咄嗟に手を伸ばす。


「ま、待ってくれ! 俺の名前は九条ヨミ、助け出したい恩人がいるんだ!」


 俺がそう呼びかけると、銀髪の男はぴたりと歩くのを止めた。そして頭を掻き、困ったような顔をして、こちらを振り返る。


「参ったねえ、おたくさ。村内に鬼が徘徊してるのを見ておいて、他の誰かを助けたいって? 遊びじゃないんだよ、分かっているのかい?」


「遊びでこんなことを言うと思うのかっ? あんたも、鬼巌村で起きている怪異を止めに来たんじゃないのか? なら、俺も協力させてくれ!」


 俺の懇願に、銀髪の男は少し考え込んだ後、肩を竦めて答えた。


「何やら事情があるみたいだねえ。うーん、まあ……戦力にはなりそうだし、足手まといにならないなら、別にいいかぁ」


 銀髪の男は、黒スーツの内ポケットから名刺を取り出し、俺に手渡す。そこに書かれていた男の肩書きと名前を見て、驚きを隠せなかった。


「警視庁、特殊埋葬課の……神代雪羅? じゃあ、あんたは真奈美の同僚ってことになるのか。だが、それにしても苗字が神代とはな……」


 俺の脳裏に、大蜘蛛一族の首領代行である神代カズマのことが浮かぶ。そんな俺に神代雪羅は、意外そうに笑いながら話しかけてきた。


「あっれ、もしかして真奈美ちゃんと知り合いだった?」


「ああ、警察官の君島真奈美は、俺の店の常連客でな。その縁で鬼巌村には、あいつの車で一緒にやって来たんだ」


 このことは嬉しい意味で、予想外だった。まさか真奈美と同じ課で働く男が、すでに鬼巌村に到着していたとは思いもしなかったからだ。

 それに雪羅という名前は、真奈美がよく自慢してきた同僚の一人でもある。本人の顔を見るのは初めてだが、確かに良い面構えをしていると思う。

 ただ、鬼巌村と外界は地面の割れ目で遮られ、出入りは不可能なはずだ。では、この男は、いつどこから村内部に入り込んでいたのだろうか。

 ――と、そこまで考えてから、俺はふとある一つの結論に辿り着く。その答えを、自分はすでに持っていることに。


「……そうか、そういう巡り合わせか――。なぜ、今まで気付かなかったんだ」


 そう、東京から鬼巌村までの道中、偶然に交通事故を起こしかけた。そしてユカリと同行することになった時から、ヒントはあったのだ。

 彼女の正体は、国のエージェントで、他の仲間達と村で待ち合わせていた。つまりは……そういうことだ。

 ユカリの仲間達こそ、真奈美の同僚でもある特殊埋葬課の面々だったのだ――。


「なあ、神代雪羅。あんたは、秋山ユカリの仲間だったんだな?」


「あれ、知ってたのかい? 飛び入りのユカリちゃんのこともさ」


「ああ、村に来る途中、訳あって真奈美の車に乗せることになってな」


 それを打ち明けるや否や、神代雪羅は無邪気に笑って、俺の両肩に手を置いた。そしてがしっと力強く掴んだまま、顔を近づけてくる。


「なーんだ、ユカリちゃん達が世話になったんなら、僕とも友達だねえ。ただ、その誼で正直に明かすと、今の事態はかなりまずいことになっててさ」


「ああ、嫌でも分かる。真奈美が鬼神伝承を再現すると言って、どこかへ行ってしまったんだ。この不吉なまでに赤い空も、あいつが関わっているんだろうな……」


「理解しているのなら、説明が省けるねえ。この事態を打開したいなら、僕について来なよ。ただ、やばいのは鬼だけじゃない。人間にも厄介なのがいてね。僕ら特殊埋葬課には、ごく稀にだけど、こんな感じの仕事もくるんだ」


 神代雪羅は踵を返し、早足で歩き出す。俺もすぐに彼の後を追い、雑草で荒れ果てた鬼巌村の道を突き進んでいった。

 途中、鬼達が俺達に襲撃を仕掛けてきたが、結果は一方的な勝利に終わる。神代雪羅が鬼の顔をはたくと、それだけで首が反対方向に捩じり折れた。

 何人かかってきても、結果は同じだ。どんなカラクリなのか知らないが、この男の筋力は人間という枠を大きく逸脱していた。


「それじゃ、一気に駆け抜けようか。いちいちこんなの相手にするのも、馬鹿らしいしさ!」


 神代雪羅は躊躇う様子もなく、どこかに向かって全力で走っていく。あまりの走力に俺は、ついて行くだけで精一杯だった。

 夕焼けに染まって、赤く照らされる家々や雑草が生い茂った道なき道。それらを抜けて走り続け、やがて俺達の視線の先に、それは見えてきた。

 小高い丘に建っているのは、年季の入った瓦屋根の屋敷だ。鬼巌村全体を見下ろすように、その大きな平屋が一軒だけ建っている。

 そしてその屋敷の板垣に、鬼達が群がるようにして襲撃をしていた。


「鬼達があんなに集まるとは……っ! あの屋敷に何かあるのかっ?」


「鬼巌村の有力者、北条宗一郎の屋敷さ。ぶっちゃけた話、真奈美ちゃんがどこに向かったかなんて分からなくてねえ。鬼達を引き寄せている何かの気配を嗅ぎ付けて、手分けして虱潰しに捜しているんだ」


「つまり……後手に回るしかないということか」


 真奈美は昔、誰かが成功させたかもしれない鬼神伝承を再現しようとしている。すでにあいつは、黄泉と現世の狭間で鬼神の魂を得てしまった。

 だから、後は残る肉体だけ。もしその肉体の方をも獲得し、あいつが完全なる力を手に入れた時、どんな災いが起きるかは、すべてが未知数だ。

 いや、不完全な力だけで、地面にあれだけの割れ目を作り出したのだ。完全体となってしまえば、疑いようもなく想像を絶する天変地異を引き起こすのだろう。

 俺は、そうなった真奈美と対峙した時を思い描いて、悲しくなる。その時、彼女を救えるだろうかと自問自答しつつ、ポケットの中のナイフの柄を握り締めた。


「俺如きに、どこまでできるかも分からないがな。だが、だったら……っ。尚更、今、自分に出来ることから始めていくだけだっ!」


 俺は神代雪羅よりも先んじて飛び出し、丘の上の屋敷に駆け上がっていった。ナイフの柄から刃に手を握り直し、指先から血が滴り落ちる。

 脳からドーパミンが過剰に分泌され、自身の中の獣が脳を支配していく。片手に持った旅行カバンは、この場に放り捨てた。


「グオロロロァォオオァァっっ!!」


 俺が全身から放つ突き刺さるような殺気に、屋敷を襲う鬼達も反応した。奴らは一斉に振り向くと、一人残らず弾かれるように、こちらへと駆け出してくる。

 そんな俺の後ろで、神代雪羅がびっくりしたように口走った。


「驚いたねえ、そうか、君……ランゴバルド教団の残党かぁっ!」


「ぐ、るっるるぁ……ランゴっ……!?」


 記憶に刻まれた忌々しい名を聞いて、俺は一瞬、足を止めかける。孤児だった俺を拾い、儀式の生贄と称して大勢と極限の殺し合いをさせた。

 それによって、俺に念視や暴獣化といった異能が発現したものの――今もその頃の記憶のために、心の傷痕として悩まされている。

 止めていた足を、闘争本能が突き動かし、俺は襲い来る鬼達に突っ込んだ。鬼の顔面を片手で掴んでもぎ取り、鬼の両足を一蹴りで圧し折っていった。

 その一方で防御を顧みない戦い方のために、奴らの攻撃を無防備で受け続ける。それを飽くなき闘争心で耐え抜き、怯むことなく立ち向かった。


「あぁぁぁっ!! ぐっろろぁぁっ!!」


 俺が鬼の頭部を拳で粉砕する隣で、神代雪羅も参戦して鬼達を平手で屠殺する。彼の筋力は途轍もないが、それでも暴獣状態の俺は更に上回っていた。

 そんな俺達に恐れ戦き、前方に立ちはだかる鬼の群れが縦に割れ始める。どうやら奴らにも、力量差と恐れを感じる知能はあるようだ。

 仲間を増やそうと真奈美に紅茶を飲ませた香山のように、鬼と人間のモードを切り替えられるのかもしれない。


「ランゴバルド教団の生き残りは、やっぱり凄いねえっ! 空木と真奈美ちゃんが壊滅させたあいつら、本当に強かったらしいしさっ!」


「ぐるるうあぁっ、違うっ。俺はあいつらの被害者だっ! 残党なんかじゃない!」


「ああ、そうなんだ。ごめんねえ、そこまで詳しくなくてさっ!」


 神代雪羅の認識に不満を覚えた俺は、全力で叫ぶことで否定した。それに対し、彼はすぐに笑って謝り、発言を撤回してくれる。

 やがてそんな俺達から口数は少なくなり、戦いに没頭した。そうして戦い続けたことで、鬼達は次々と数を減らしていく。


「だぁぁぁああっ――!!」


 最後に残った鬼一人の顔面を、俺はもたれ掛かった屋敷の壁ごと拳で破壊。そして暴獣化を解き、がらがらと砕けた壁から俺と神代雪羅は中へ入っていった。


「なあ、鬼達はなぜこの屋敷に群がっていたんだ?」


「鬼神の肉体の一部が、ある可能性があるからだよ。この村出身のユカリちゃんの話だと、そいつの各部位が村の要所要所に奉じられているらしいから」


 俺達は屋敷の広く長い廊下を歩き、部屋部屋を探し回った。家屋内部はあちこちが傷んでおり、床はどこも抜けそうで、蜘蛛の巣も多かった。

 大きな屋敷だけあり、部屋数は多い。だが、神代雪羅は、さっきから手に持った細長くて、小刻みに揺れ動く棒を確認しながら、行き先を決めているようだ。

 そのオカルトチックな仕草は、まるでダウジングを連想させた。やがてその枯れ木のような細い棒は、ある部屋の前でより一層、激しく揺れ動き始める。

 俺はそれを間近でよく見てみて、やっと正体に気付いた。


「まさか、それは人間の……指なのかっ?」


「いや、ユカリちゃん曰く、村に残されていた鬼神の指先らしいねえ。鬼神の肉体同士は引かれ合い、本体の行方を示す方位磁石のような役割があるらしいよ」


 神代雪羅が持つ鬼神の指先が示したのは、神棚がある居間らしき部屋だった。ボロボロで奥が丸見えの襖を開けると、畳を踏み締めて俺達は中へと踏み入る。

 鬼神の指先は、神棚に向かって引っ張られるように、ぴんと伸びている。鬼神の他の部位が本当にあるとしたら、その場所は一目瞭然だった。


「神棚に目当ての部位が、あるということか?」


「らしいねえ。じゃあ、調べたいから、僕を肩車してくれない?」


「ああ、分かった」


 俺は言われた通りに神代雪羅を肩に担ぎ、神棚を調べる手伝いをした。

 少しの間、肩の上の彼が、神棚をがさごそと手で漁り続けているようだった。そしてやがて何かを見つけたのか、「ドンピシャだよ」と、浮かれた声を出す。


「これは心臓かなぁ? うん、形からして心臓の部位で間違いないねえ、これ」


「心臓か。それは図らずも、いきなり重要な部位が見つかったな」


 俺の肩から下りた神代雪羅は、手に持った心臓を見せてくれた。干からびているが、人間のものとほぼ同サイズの心臓だ。

 俺は鬼神をもっと巨体だと思っていたが、違ったのだろうか。実際、不動鬼宿洞窟の最奥で真奈美の背後に浮かんだ鬼神の幻影は、途轍もない大きさをしていた。

 俺がそう思っていると、どうやら神代雪羅も同じことを考えていたらしい。


「まあ、ユカリちゃんを疑う訳じゃないけど、本当に鬼神の指や心臓かは分からないよねえ。でも、これらが鬼神の本体まで導いてくれるってことは信じたいかな」


「ユカリも、すべてを熟知している訳ではないということか。ただ、それを前提として今は手分けして探しているんだろう? あんた達はユカリを含めて、何人で村に来たんだ?」


「三人だよ。僕とユカリちゃんと、もう一人空木ってのもいる。全員が戦いに長けてるから、それぞれ単独で行動してるんだ」


 神代雪羅はそう言うと、手に持つ心臓を大切そうに眺めて、満足げに笑った。


「でも、あらかじめ決めておいた時間が来たら、深追いをせずに一度落ち合う約束でさ。この心臓を手土産にして一度、戻ろっかな」


「じゃあ、他の二人も鬼神のものかもしれない肉体の部位を集めていれば……。いよいよ鬼神の本体に辿り着けるかもしれない訳か?」


「うん、特に空木の奴は特殊埋葬課のエースで優秀だしねえ。一部位と言わずに、もっと欲張って集めているかもしれないよ」


 神代雪羅は、成果を得られたことに浮かれ気味で居間から出て行く。俺もすぐにその後を追うが、彼には訊きたいことがあった。

 それは俺が、かつて囚われていたランゴバルド教団と、カズマのことだ。もしあの男が俺と同じ境遇なら、確認を取っておくべきだと思った。


「なあ、神代雪羅。大蜘蛛一族の神代カズマは、教団関係者なんだろう? 教団を壊滅させたのは、あんたら特殊埋葬課だ。もし知っているなら、教えて欲しい」


「神代カズマ……確かにあいつは、教団に身を置いていたんだよ。出自が珍しいから、大蜘蛛一族の前首領には気に入られてたよ」


「やはり、か」


 ただの推測だったことに裏付けが取れて、納得がいく。しかし、俺はまだ自分と同じ境遇にいたカズマのことを、更に詳しく聞いておきたかった。

 俺は屋敷を足早に立ち去り、集合場所を目指して移動するその道すがら、神代雪羅からカズマの素性について聞かせてくれと話を持ち掛けた。

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