幕間その二
満月が照らす夜の闇の中を、男が歩いていた。ロングショートの茶色の髪に、糊のきいたシャツと黒いスーツを着た、高校生ぐらいに見える細身の少年だ。
ほとんど聞こえない程の小さな足音を鳴らしているその歩みは、周囲から届く鬼達が吠える声にもまるで動じていない。
加えてそれ以外の音……いや、人の声も、少し前から聞こえてきていた。やけに馴れ馴れしい声だったが、少年はその人物に僅かな不快感を示しているようだ。
「おーい、空木っ! 返事しなよ!」
空木と呼ばれた少年は、ずっと聞こえないふりをしていたが、ついに振り返る。背後から声をかけてきていたのは、お調子者っぽい感じの二十歳前後の男だった。
空木と同じく黒いスーツを着用し、銀色の長髪を無造作に垂らしている。空木に負けず劣らず優男なのだが、彼もただ者ではない雰囲気を纏っていた。
「どうした、神代雪羅。鬼達が集まってきたら、戦いに余計な時間を取られる。黙って歩け。奴らの襲撃でユカリとは逸れてしまったが、きっと村内にいるはずだ」
「うん、ユカリちゃんのことは、心配してないよ。ただ、大蜘蛛一族の連中、やっぱり今回の作戦は、なりふり構ってられなかったんだなって思ってね」
空木と神代雪羅は肩を揃えて歩きながら、雑談を続けた。
辺りは満月の光で比較的明るいとはいえ、街灯もない。そんな暗がりの道を、二人は一切の迷いがない足取りで進んでいく。
「だろうな、もう奴らの構成員は残り少ない。組織の主力が、鬼巌村に集結しているんだ。奴らの再起を賭けて邪魔立てする者は、誰だろうと殺す気だろう」
「うーん、あいつらの首領……あ、首領代行だっけ。あいつも背負い込んでいるんだろうねえ。まあ、僕らだって、負けられないけどさ。鬼神なんて化け物が本当にいるなら、この世に再臨させる訳にはいかないよ」
神代雪羅は更に続けて、何かを言いかけた様子を見せる。しかし、不意に喉に物を詰まらせたような表情になって、黙り込んだ。
「どうした、神代雪羅。まさか昔の顔馴染みとは戦いたくないのか? いいんだぞ、それならそれで正直に言えばいい。手を汚す仕事なら、俺が引き受ける」
「ははは、優しいねー、空木は。でも、そんなんじゃない。きっとあいつは、鬼神伝承の再現に失敗するって思ったのさ。ただ、胸騒ぎがしてね。人が神の領域に触れて、何も災いが起きないはずがない。そうだろ?」
「まあ、な……」
空木と神代雪羅は話を切り上げて、しばらく沈黙が流れた。まるで以前にも今、口にした災いを何度か経験していて、それを思い出しているかのように。
しかし、それでいて二人の顔には、少しの恐れもない。どんな窮地をも切り抜けてきた百戦錬磨の自信と経験値が、その冷静な表情には裏付けられていた。
「ちっ、まずいな。どうやら鬼達に気付かれたらしい。モタモタしていたら、仲間を呼ばれる。引き続きユカリを捜しつつ、大蜘蛛一族の奴らを殲滅するぞ」
「はーい、了解だよ」
複数の鬼が自分達に近づいている足音を察知し、空木達は走り出す。それと同時に雲が満月を覆い隠したことで、彼らが行く道はより薄暗くなっていった。
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