幕間
幕間その一
深い闇の奥底で、小さな思念が蠢いていた。ただ、その姿は見えない。
あるのは、実体のない人のものらしき思念だけ。たった一人ぼっちのその思念の周りには、無数の淡い光を伴った歪んだ映像がぐるぐると飛び回っている。
それをしばらく見ていた思念は、鬱陶しそうに吐き捨てた。発された声は、女性とも少年ともつかぬ、高めの声だ――。
「あぁ、あぁ……忌まわしい記憶。消えてなくなれ、私を殺した憎たらしい人間達と一緒に……あぁ、イラつくなぁ」
回転する光の帯に映し出されている映像――それは大勢の大人達が、容姿の酷似した二人の少年少女に刀を向けているものや、暴行を加えているものだった。
それらを苛立たしげに見続けていた思念の前に、やがて新しい別の光が現れる。
その光に映るどこかの光景をじっと見つめていた思念は、新しい玩具を見つけた子供のように心底、嬉しそうな声を発する。
「あぁ……あの役立たずな男に代わって、久しぶりに有望な子がきた。新しい肉、肉の器ぁ……ふふ、ふふふふ……」
歓喜の声を上げている思念は、次第に色を帯びていく。そして輪郭を形成し、身体が透けた少女の姿へと変わっていった。
黒い長髪に丸みを帯びた顔が特徴的で、美人の部類には入るだろうが、幼さが色濃く残っていることからも、可愛らしい女の子といった容姿だ。
しかし、優しげな顔立ちに反して、目だけは冷たさを感じさせる。口を歪ませて笑っているのに、その黒い瞳の奥だけは笑っていないのだ。
「あぁ、夜一ぃ……またそっちの世界で君に会いたい。一人は寂しいよ。どこにいるの? また一緒に私達を迫害した人間達に復讐しよう。……私の愛しい弟……」
少女の姿になった思念は、笑うのをやめて、今度は嗚咽を漏らし始める。いや、言葉を続けようとしたのだろうが、それは声にならなかったようだ。
「あぁぁ……夜一……よる、いちぃ……うあぁぁ……」
唯一、嗚咽に混じって聞き取れるのは、夜一という名前だけ。およそ数分の間、ずっとすすり泣いていた少女の身体は崩れて、また実体のない思念へと戻っていく。
ただ、消える瞬間、その目は恐ろしいまでの妄執と憎しみに満ちていた。
しかし、そのような思念の感情のことなど、まるで海底のように深く暗い、この漆黒の闇の中では誰も気付くことはなかった。
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