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ふわふわと心地よく身体が浮いているような感覚があった。
どうせ自分は地獄行きだと思っていたが、なにかの手違いで天国に行けたのかもしれない。
光はそんなことを思いながらゆっくりと目を開けた。
すると、周囲の景色はまるで天国らしくない。ごく普通の住宅街だ。
あれ、おかしいな、と視線をさまよわせること数秒。光は自分の状況を察した。
丘を下りた先の住宅街を、涼に背負われて、駅の方面に向かって通り抜けようとしているのだ。
なんだこの状況は。
光はわけが分からなまま、とっさに涼の背中から飛び降りようとした。しかし、睡眠薬の残る身体はうまく動かず、ただ微妙に体を捻っただけに終わった。
それでも涼は、光が目を覚ましたことに気がついたらしい。肩越しに光を振り向き、おはよー、と気抜けしたような声を出した。
しかし光には、涼が気抜けしたような調子を装っているだけで、内心はかなり緊張していることが分かった。
肩の線は硬いし、声音もいくらか強張っている。
そんな些細な異変で感情が分かるくらいには、側にいた。
「……薬は?」
「飲んだふり。お前のは吐かせといた。」
「ロープは?」
「手で抑えてた。」
「死ぬ気、なかったんだ。」
「さぁ。分からない。」
「分からない?」
「お前がウリを辞めるなら、一緒に死んでもいいと思ってたよ。」
「土壇場で、怖くなったんだ?」
「そうかもな。」
呂律の回っていない光の言葉を、涼はそれでもきちんと拾い上げていく。
そこには確かな安心感があった。
眠い。
呟くと、光は涼の肩に額を預けて目を閉じた。
「寝とけ。」
涼が震えを押し隠した静かな声で言う。
「駅のとこのカラオケででも時間つぶして、始発を待とう。」
「始発?」
ここから家なら歩いて帰れる距離だ。きょとんとする光に、涼は一度頷いた。
「始発で、どこか遠いところに行こう。」
「……どこか遠いところ?」
「金木犀の匂いがする駅がいいな。」
「……金木犀?」
強張りを誤魔化すように、殊更淡々とした涼の声。
「そこで、二人で暮らしてみよう。多分、上手くいくから。」
なにがどう上手くいくのか、光は問わなかった。
始発。金木犀。二人での暮らし。
ただ、悪くないと思った。その単語が持つイメージが。
「始発まで、後どれくらい?」
「知るかよ。朝日は出てるんだから、もうすぐだろ。」
「……そう。」
朝日は出てる。
それを聞くと、余計に安心な感じがした。
光は涼の背なかにすっぽり収まったまま、ゆっくりと両目を閉じた。
観音通りにて・ウリ専 美里 @minori070830
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