目が見えないネコ

あんこ

目が見えないネコ

 ネコの一日は、寝ている道路の表面をイメージすることから始まる。普通の猫にとって、道路は単なる色のついた板であり、温度変化が激しい板は歩きたくもないというのが、普通の猫だが、このネコは違う。光が見えないネコにとってこの色のついた板は、危険な代物に成り上がる。

 ネコは起床するたびに憂鬱な気分になっていく。

 この足の下でざらざらとした感触をしているこの謎の物体は、どこまで続いているのだろうか。前足を5cm前に出した先には、この謎の物体はまだあるのだろうか。今日、歩いていくだろう物体は、どこかで途切れていやしないだろうかと。

道路にたびたび現れる小規模な窪みであっても、ほんの小さな石ころであっても、はたまた、ゴミ捨て場から漏れ出てくるバッタの死骸であっても、ネコにとっては大変危険な代物である。足を出した先に穴がないなんて、このネコにはわからない。目が見えないのだから。

 周辺のマッピングを順調に終わらせたネコは、ゴミ捨て場に向かって歩いていく。ゴミ捨て場では、大きいカラスと小さいスズメが餌を漁りに出没していた。

「カラスくん。カラスくん。今日も食べ物を探しているね」

「おぅよ。ウチのせがれどもがおなかすいたーつって喚くからよ」

 このネコにとっては、カァー、カァーと一秒に一回音を発する物体と、チュン、チュンと一秒に二回音を発する物体が、ゴミ捨て場でガサゴソガサゴソやたら大きな音を発しているだけの描写である。

 ネコがいつものようにゴミ捨て場の段差に躓きながら歩いてくると、カラスとスズメがいつものように鳴き始める。

「おいっ、また躓きながら来たぞ。あいつがよ」

「だめだよ。カラスくん。そんなこと言っちゃ。あの子だって精一杯頑張ってるんだよ?」

「おいおい。それは俺らへの当てつけかい?黄色いサルのおこぼれを漁って生きている俺らに対してのよ」

「そうじゃないさ。あの子は目が見えないというハンデを背負っている。僕らだって同じようなハンデを持っているじゃないか。お互い様だよ」

 カラスとスズメは、ネコが来るといつもこの話題をしている。スズメが言うには、僕たちはネコ君と同じようなハンデを持っていると。お互いさまであると。僕たちも精一杯生きているんだから、ネコ君だけを悪く言っちゃいけないよと。

 ならば、当事者であるネコの本音はどうなのだろうか。一秒に一回音を発する物体と一秒に二回音を発する物体の会話を聞いたネコの本音はこうである。

「おなかすいたー」

 種族の異なる物体の波長を聞き取ったところで、このネコにとってはどちらも腹の足しにはなりゃしないのである。今日も目が見えないネコは、ゴミ捨て場の段差に躓き、サルたちのおこぼれに漁りながら、色のない日々を過ごしている。

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目が見えないネコ あんこ @ancokyf

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