29.久しぶり、だね。

「おはよう」


 懐かしい、母校の近くのバス停、から少し離れた場所。

 そこには既に田所の姿があった。

 バスから降りた俺の姿を見つけると、田所は笑顔で手を振ってくれる。


「おはよう、待たせたか?」

「ううん、さっき来たとこ」


 そう言う田所の息は白い。


「待っただろ」

「ふふ、そんなことないよ。ほら、行こ?」


 歩き出した田所のあとを追うように、俺も歩き出す。

 と言っても、歩幅の違いから、すぐに隣に並んでしまったが。


「誕生日、おめでとう」

「ありがとう」


 こちらを見上げた田所が柔らかく微笑む。

 今日、田所は三十歳になった。


 引っ越したあと。

 流石にそれ以前のように直接会う回数こそかなり減ったが、連絡は変わらず取っていた。


 三十歳の誕生日、柳生くんのお墓参りに行くつもりなのだけど、木津くんも一緒にどうかな。


 そんなことを田所から言われたのが一ヶ月以上前。

 もちろん断る理由もない。

 二つ返事で了承した。

 どうせなら、少しだけ高校の周りを歩きたい。

 そんなことを田所が言ったので、一度高校前で待ち合わせてからお墓に行くことになったのだ。


「変わらないね」


 周りを一周するだけ。

 それだけのことだが、思い出話をしながらだと、意外と時間が速く過ぎてゆく。

 三年間の高校生活は、思っていた以上に濃かったのだと思い知らされた。


 校門前まで戻ってきたら、そのままバス停へと向かう。

 ちょうどやってきたバスに乗り、そこからは電車などを使って乗り換えをしつつ、柳生のお墓へ向かった。

 


 お線香をあげおえ、ふっと横を見ると、田所はじっと白い線を追うように、空を見上げていた。


「どうした」

「……三十歳まで、私、生きられたんだなぁって」


 言ってから、お墓でする話ではないね、と自嘲気味に笑う。


「柳生くんと話してたんだ。三十歳になったら、三人でお祝いしようって」

「聞いてないぞ」

「たぶん、ギリギリに言うつもりだったんじゃないかな」

「……あー、想像できるな」


 木津、田所さんの誕生日、一緒に祝おうよ。


 ちょっとしたいたずらっ子の笑みを浮かべて、それこそ一ヶ月前か、それよりあとに言うんだろう。

 俺が、その日を空けているだろうことを見越して。


「あと七十年は生きないと」

「それも約束か?」

「そう、約束。木津くんも、一緒に生きるんだよ」

「おう。……え?」


 田所が、空から俺へと視線を移す。

 その顔には、いたずらっ子のような笑みが浮かんでいた。


「一人に、しないでね」


 風が吹いた。

 冬なのに、春みたいに温かな風が。


 柳生だと思った。

 姿も見えなければ、気配もないけれど。


「一人にするはずないだろ」


 もう一度吹いた温かな風は、俺の頬を撫でると、田所の髪を優しく揺らして消えていった。

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