26.敵わない

「改めて、誕生日おめでとう」


 食事をして、ちょっと歩いて。

 ポツポツと会話しながら過ごして、そろそろ帰ろう、と駅まで歩き出したときだった。

 隣を歩く田所が、小さく笑う。


「ありがとう、でも、突然だね」

「別にいいだろ、減るものでもないし」

「そうだね。それじゃあ、木津くんも、お誕生日おめでとう」

「俺のはもう、九月に終わってるだろ」

「でも、減るものじゃないでしょ?」


 田所が、いたずらっ子のような笑みを浮かべてこちらを見上げてくる。

 羽で触れられるような心地を、必死に無視した。


 田所の二十七歳の誕生日。

 あの日を境に、俺たちはよりいろんなことを話すようになった。


 今までのように雑談をすることもあれば、お互いの深い部分に触れるような話をすることもある。

 話しているとなんというか、今までどれだけ柳生が間を取り持ってくれていたかが、痛いほど身に染みた。


 雑談だけのときは、普通に話せる。

 だけど、深い話になったときに、お互いにどこまで踏み込んでいいのか、どこまで踏み込まれても大丈夫なのかの境界線があいまいだった。

 それで何度かお互いに傷ついてしまったこともある。


 それでも、確実に一歩ずつ、歩み寄ることはできていた。

 だからこそ、今日、言おうと思っていたことがある。


「気づいてたかもしれないけど」

「ん? なに?」


 田所は、小さく首を傾げる。


 正直、まだはやいのではないか、という気持ちもある。

 でも、先延ばしにした結果、言えなくなること、会えなくなることもあるとわかったから。


「……好き、だ」


 他にもいろいろ考えていたのに、結局それしか言えずに、顔ごと視線をそらしてしまう。

 心臓の音がうるさい。


「……ごめん、今は、まだ答えられない」

「そう……か。悪い、変なこと言った」

「あ、違う、その、えっと、違うから。木津くんが嫌だとかそういうのじゃなくて!」


 慌てたような声に思わずそちらを向けば、田所は、なにか言葉を探すように目を動かす。

 柳生がよくやっていた仕草だ。

 一年同じクラスだったとはいえ、そこから間も空いているのに移るのか、とか、一か月も一緒にいたんだもんな、とか。

 そういったことが頭を巡って、胸を刺す。


 柳生が言っていた、好きな人に関する色々が、今ならわかるかもしれない。

 前よりさらに頻繁に思うようになったのだ。

 柳生には敵わない、と。

 それがすごく、悔しかった。

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