21.間違い

「最近、どうなんだ」


 問いを投げれば、え? と間の抜けた声が返ってくる。

 三人で会ったあの日から、数日が経っていた。


「なんか考え事、してたのか?」

「……思うようにいかないなぁって」


 柔らかく笑う柳生の目には、少しだけ疲れが見えた。


「お前は、なにをしようとしているんだ」


 いつかの言葉を、また柳生に言う。

 

「田所さんに関すること」

「それは聞いた」

「それ以上はちょっと、言えない」

「……どうしてだ?」


 柳生が、困ったように眉尻を下げる。


「えらく食い下がるじゃん、今日」

「残りの日数に、余裕、ないだろ。その上で思うようにいかない、なんて言われたら心配になる」

「心配してくれるんだ」

「俺をなんだと思ってるんだ」

「えー、なんだろ」


 ケラケラと笑うが、その声にもどこか元気がないように感じてしまう。


「木津ってさ、やりたいことある?」

「やりたいこと?」


 唐突になにを訊くんだ、と柳生を見れば、柳生は眉尻を下げたまま微笑んでいた。


「田所さんに言われたんだ、やりたいことあるかって。まぁ、僕は今こんなだから、やれることも限られてるし、なんなら今やりたいことやれているわけだからさ、ないって答えたんだけど」


 一瞬、迷うような間を開けてから、柳生は続けた。


「田所さん、やりたいことが浮かばないみたいでさ」


「まあ、俺も突然言われても浮かばないかもな」

「とりあえず、散歩に出てみようってなって。色々話して、楽しくて……幸せだった」

「いいことじゃないのか、それは」

「木津、たぶん、怒っていいところだと思うよ。僕は君の気持ちを知っているのに、君の好きな人と暮らしているし、こういう話をしているし」

「怒って欲しいのか」


 柳生が大きく目を見開いて固まる。


「柳生だって、本当なら俺のことを怒っていいだろ。お前のそういった、本来なら未来に繋がるはずの幸せを奪ったのは」

「木津じゃない」


 強い口調で柳生が言葉をさえぎった。


「木津じゃ、ない。庇ったのは、僕の意思だから」


 茶色い瞳はまっすぐにこちらを見ていて、下がっていた眉尻は上がっていた。

 一瞬言葉に詰まるが、すぐに口を開いた。


「じゃあ、同じだ」


 命と恋路じゃ、重さなんて全然違う。

 わかってはいるけど、無理やりの言葉だった。


「同じ?」

「俺だって、俺の意思で話を聞いてる」

「……微妙に違うだろ」

「だな」


 二人で顔を見合せて、思わず小さく吹き出した。


「で、幸せならいいことだろ」


 話を戻せば、柳生は首を横に振る。


「よくない。だって、幸せになって、満たされて……。でも、それは、あと数日でなくなる幸せなんだよ」

「なくなる……」

「例えばジェットコースターって、高いところに登れば登るほど、落下したときの勢いはすごいだろ」

「そうだな」


 僕は、と柳生が苦しそうに声を出す。


「田所さんを幸せにしたかった。木津のことだってそうだ。でもこのままじゃ、そうはならない」

「そんなこと……」


 茶色い瞳がじっと、俺を見る。

 確かに俺を見ているはずなのに、俺にはまだ見えていない未来を見ているようにも見えた。


「僕は、選択肢を間違えたんだ」

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