祈ることしか

「中村先生が、今朝、お亡くなりになりました」


 それは、遊園地から数日が経ったある日のことだった。

 帰りのSHRで流れた放送に、ピタッと、話し声が止む。

 聞こえてくる音はスピーカーから流れてくる校長先生の音声だけなのに、ざわついているのを肌で感じていた。

 だって、昨日授業を受けたばかりだ。

 なんで、どうして。


 前から持病があると言っていた。

 入院経験もあると。

 だけど、昨日見た先生は元気そうで。


 悪いことはしていない。

 特に、先生の死に関わるようなことは、なにもしていない。

 それなのに、罪悪感が私の心にさざ波を立てる。


 生きたいと思っていたであろう先生。

 どうしてなのか、神様は先生のような人ばかり選んで連れていく。

 死にたいと思っている私には、触れることさえせずに。 


「黙祷」


 静かな校長先生の言葉に、はっと我に返り、私は目をつむってうつむく。

 ごめんなさい。

 すごく、不謹慎なことを考えてしまった。

 いつも笑顔で、わからないところを訊けばわかるまで根気強く教えてくれる先生が亡くなった。

 すごくかかわったことがある人ではなかった。

 授業のときくらいしか接点はなかった。

 それでも、悪い印象は抱かなかったような先生だった。

 それなのに。

 先生をだしにしてしまうようなことを考えていた自分が、醜くて嫌になる。


 先生が、どうか安らかに眠れますように。



 ベランダに出ると、風がちょうど吹いていて心地良かった。

 先に出ていた柳生くんが、こちらを見る。


「田所さん、鍵、ありがとうね」

「ううん。私もちょっと、整理する時間が欲しかったから」


 小さく微笑めば、微笑みが返ってくる。

 その微笑みが柔らかくて、でもどこか寂しげで、胸がちょっとだけ痛んだ。

 二人並んで、なんとなく空を眺めていた。


「死ってさ」


 ぽつっと呟かれた言葉は小さくて、聞こえても、聞こえなくても構わない、という声量だった。


「案外近くにあるものなんだね」

「そうかも」


 横を盗み見ると、柳生くんはただじっと、遠くを見つめていた。

 その横顔がなんだか儚くて、消えてしまいそうで怖くなる。


「柳生くん」


 だから、意識を引き留めるように、名前を呼んだ。

 柳生くんがこちらを見る。

 茶色い瞳は思った以上に静かで、驚いた。

 

「なに?」

「いや、なにか考えてるのかなって」

「……僕、木津がいなくなったら、耐えられる自信ないなって考えてた」


 ごめん、忘れて。

 そう言った柳生くんは、すぐにまた、空のほうを向いてしまった。

 

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